腹黒王子の初恋

渡 幸美

文字の大きさ
上 下
3 / 16

3.初めてのエスコート

しおりを挟む
翌日。神殿に報告と練習に行ってくると出掛けた三人が、予定より早く城へと戻ってきた。

少し前に父上も向かったようだったから、急な話し合いにでもなったのかと思っていたが。


「ラインハルト様。昼食が済みましたら、王妃様の自室にいらっしゃるようにと、ジークフリート殿下からお話がございました」

サムが兄上からの伝言を伝えに来た。

今日の俺は自室で公務中。今後を考えて、面倒な仕事は前倒ししておくことにしたのだ。

「分かった」

やはり、何かあったようだな。



昼食後、人払いされた母上の自室で聞かさせれた話は、想像を越えていた。

「女神様って、本当にいたんだ」

自分の口から出た第一声は、そんな間の抜けたようなものだった。

「って、怒られちゃうか」

「いや、気持ちは解る。女神の間の枯れない花や水を考えると、いらっしゃるのだろうとは思っていたが、実際にお会いできるとなると……」

「だよねぇ。凄いな」

そんな兄上との会話中、母上はずっと泣き通しだ。


「母上、泣きすぎだよ~、気持ちは解るけど」

「い、今だけよ!いいでしょ、貴方たちしかいないし、う、嬉しいのだもの!!」

声を掛けると開き直ったように言われる。いつもの王妃然とした姿からは想像できない姿だ。きっと、父上はこれにやられている。


「お披露目の時期等は、晩餐の時に父上が詳しく話すと言われていました。今頃は、大神官様と話し合われている最中かと」

母上と共に頷く。

「ジーク。二人はどうしてるの?」

少し落ち着いた母上が聞く。

「いろいろありましたので、各々部屋で自由に休んでもらっています。彼女たちも落ち着きたいでしょうから」

「そうね、それがいいわ。ちょっともどかしいけれど、晩餐までのお楽しみにしましょう」


兄上と俺も、母上の部屋を後にする。


「兄上。今夜もエマ嬢は城に泊まるの?」

各々の自室に戻る道すがら、兄上に話かける。

「そうだな」

「……いろいろ入り用なこともあるだろうから、俺の侍女を付かせてもいい?」

「ふむ。今は用があるなら、城の侍女に言付けするように言ってあるが、お前が困らないのか?」

「大丈夫!大事な客人でしょ?信頼できる者を付けたい。…城付きがダメな訳じゃないけど!」


「そうか。……それもそうだな。ローズにはニーナがいるし……俺から回そうか」

「いいよ!こっちからで!兄上も忙しいでしょ?俺は今日の分の仕事も終わったし!」

兄上が虚を突かれたような顔をする。ちょっと前のめり過ぎたか。

「……そうか。では、ハルトの方で頼む。ローズと俺の大事な友人だからな。頼んだぞ」

兄上が表情を緩めて言う。良かった。

「うん、任せて」


そうしてリサを送り出して、晩餐時。

たまたま食堂の入り口前でエマ嬢に会う。

何?今日はドレスアップ?!…だよな!学園がある日じゃないし!しくった~!俺としたことが。

ひとまず、明るく誤魔化してしまう。

でも、本気で可愛い。令嬢のドレスアップなんて見慣れているのに……本当に何だこれ。


「……美しいレディ、エスコートの栄誉をいただいても?」

「……喜んで」

エマ嬢がおずおずと手を重ねる。手の甲にキスを落とすと、物凄く恥ずかしそうにエスコートを受けるエマ嬢。思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。サムとリサの温かくも厳しい視線を感じて、踏みとどまれたけど。

……理性って、こう飛びそうになるのか。とか、変な事を考えて、自分の気を逸らす。


「おお、ハルトがエマをエスコートしてきたか」

「入り口で会いまして……申し付けてくだされば……」

「ラインハルト殿下。お気遣いなく……」

謙虚……じゃなくて、嫌がられたりとか……してないよな?そういえば……。……決めた、帰りは送る!!


晩餐が始まる。

「お披露目はひと月半後に決まったよ」

父上も母上も、相好が崩れっぱなしだ。無理もないけれど。母上なんて、ドレスに向けてすごい気合いの入れ様だし。でも、エマ嬢とローズ義姉さんのお揃いか。確かにきっと可愛……って、今の俺、本当に俺?

まあ、それにしても、だ。



「二人の聖女かあ、疑っていた訳ではないけれど、真実となると重みが違うよねぇ」

喜ばしいことだと理解しているけれど。

「そうだな」

父上が答える。

「は~、ますます婚約者になるの難しそうだなあ」

「お前はまだ言うのか」

「えっ、ほんとにひどい、兄上。昨日、頑張るって言ったじゃん、俺」

伝わってないの?

「……お前の本気は判りづらい」

「えー」

と言いつつ、ちょっと反省。王位継承騒ぎを避けることが大前提で目的だったけれど、このスタイルが楽すぎて自由にし過ぎたのも事実だ。婚約者なんて心から誰でも良かったし、最後に父や兄から言われた人と、国のためにすればいいかと思っていた。

……どこかの本で読んだか、誰かの話だったか。には、本当に急に落ちるらしい。そして、いろいろな気持ちに気づくもの、なんだな。


「……まあ、エマ次第だな」

俺がぐるぐると考えていると、兄上が穏やかな笑顔でそう言ってきた。これは、伝わった、かな?……かなり照れ臭いけど、嬉しいものだな。ローズ義姉さんも、何だか楽しそうだし。


「いやはや、これから益々楽しみだな!」

父上。


そうだね。俺もきっと、まだまだ知らなかった自分に会える予感がするよ。

まずは俺を意識してもらわないとな。


と、思っていたのに、エマ嬢を送ると言った後の笑顔に、こちらがまたやられる。……手強い。


「ラインハルト殿下?」

「……っつっ、いや、じゃあ行こうか」


まずは落ち着いてエスコートだ。実は面倒がって、女性のエスコートは避けていた。ほぼ初めてのエスコートだ。……人生で初めて緊張しているかもしれない。


初めての感情を噛みしめながら、でも、エマ嬢を不安にさせないように。


まずは人生初のエスコートを楽しもう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

騎士団の世話役

haru.
恋愛
家族と領地のピンチでお兄様に助けを求めに行ったら、酔っぱらいにゃんこに絡まれたーーーー! 気づいたら何だかんだで、騎士団に就職する事になるし、酔っぱらいにゃんこは騎士団長!? ※公爵家の名前をアスベル家に変更しました。 よろしくお願いしますヾ(ΦωΦ)/ 本編は完結済みです。 番外編の更新を始めました! のんびり更新の予定ですが、よろしくお願いします♪

百度目は相打ちで

豆狸
恋愛
「エスポージト公爵家のアンドレア嬢だな。……なにがあった? あんたの目は死線を潜り抜けたものだけが持つ光を放ってる。王太子殿下の婚約者ってのは、そんなに危険な生活を送ってるのか? 十年前、聖殿で会ったあんたはもっと幸せそうな顔をしていたぞ」 九十九回繰り返して、今が百度目でも今日は今日だ。 私は明日を知らない。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

処理中です...