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8.新学期

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今日から新学期が始まる。


私とルーエン様といえば、あの日『ファータ・マレッサ』に行っただけで、結局、研究の日々…だったけれど、とっても有意義だったし、ファータ・マレッサではその……とっても、ふわふわな気持ちを味わえた。


オーナーご夫妻の思い出をベースに作られた、『春の宵』と名付けられたお菓子は、練切が薄桜色から濃い紫色にグラデーションになっていて、とても美しくて美味しかった。春の宵の意味もロマンチックで、そんなヒロインとは程遠い私でも、羨ましくなってしまうほど。


「素敵ですね。私には一生起こらなそうなお話だわ」

と、つい本音を口に出してしまったら、「私にとって、ダリシア嬢といる時は『春の宵』ですよ」と、麗しい笑顔でさらりと言われた。


一瞬浮かれてしまったけれど、きっとあれよね、共同研究の時間のことよね。確かに貴重で、有意義な時間。やらかし妹との私とは、そういうことだろうと思い至る。

それはそれで、とても光栄なことだ。


だけど。


やっぱり寂しく感じてしまうということは、初恋……のせいだけではないのかもしれない。



「何、新学期早々にボーッとしてるんだ?ダリシア」

「アンドレイ……殿下。おはようございます。少し、考え事を。五年生のクラスにまでいらして、どうされたのですか?」


教室の席に座り、ぼんやりと考えていた私は、アンドレイに慌てて言葉を返す。それにしても珍しい。わざわざここに来るとか。しかも。


「おはよー、ダリシア姉。今日はお誘いとお願いがあって」


笑顔が可愛い、サージュまでお出ましだ。


「おはようございます、サージュ殿下。本当に、お二人で、何を?」


「えっ、寂しいなあ、幼馴染みの姉さんに会いに来たらダメ?」

「い、いえ、そんなことはありませんが」


何かしら、あざとい何かを感じる。そして、クラスメートも私達が幼馴染みなのは知っているけれど、学園に入ってからはあまり一緒にいたりしなかったので、興味津々に見られている。


慣れない空気感だわ。


「それで、私にお願い?ですか?何でしょう?」


このままでいても仕方がないので、二人に話を振る。


「……っ、あの、だな」

「はい」


何故か詰まりながら話し出すアンドレイ。珍しいわね、完璧王子が。私はじっと顔を見ながら次の言葉を待つ。


「ーーー!あんまり、見るな!」

「……はい?」


何だ、この坊っちゃんは。話をしているのだから、顔を見るのは当然だ。しかも用事があってきたのはそっちじゃないのか。


「……兄上…」

サージュの視線が冷たい。

「い、いや、違う、そうじゃなくて、…………今日の放課後、私達と『ファータ・マレッサ』に付き合ってくれないか?」

「…………はい??私が、ですか?」


どこからか黄色い声が上がったり、「いよいよ決まるのか」とかいう声が上がったりしたようだが、想定外の頼み事をされて驚いている私には届かなかった。


「うん、いいでしょ?」

「え、ええ、まあ…でも、幼馴染みの私より、その、意中の方とかいらっしゃいませんの?そちらの方をお誘いした方が、」

「そんな者はいない」


私の言葉に、強めの否定的な言葉を被せるアンドレイ。気のせいか、周りの空気もピシッとした緊張感を感じる。なぜかしら。


「うん、だからさ、エスコートさせて?姉さんを練習台のようにして申し訳ないけどさ」

「あら、そういうことでしたの!でしたら、喜んで」


弟たちのお手伝いなら、やぶさかではございませんわ。

私にも婚約話が来るくらいですもの。王族の二人に話が出てもおかしくないでしょうし。寧ろ遅く感じるくらいよね。

本当は研究を進めたかったけど、仕方ないですわね。


「三人でお出かけなんて、久しぶりですわね?私では役者不足でしょうが、楽しみにしておりますわ」


ふふふ、少し先輩の気分。


「ありがとう。宜しくね、姉さん」

「…放課後、迎えに来る」

「はい、お待ちしております」


笑顔のサージュにつつかれて、ようやっとのように言葉を発するアンドレイ。この様子は……やっぱり、他に誘いたいお嬢様がいるのでは?


サージュが思慮深いから、私を使って、エスコートの練習をしたらとアドバイスでもしたのかもしれない。うん、きっと姉を頼ってくれたのね。お、お見合いも経験してるし?


「お任せくださいね、お二人共」


私は笑顔で二人を見送る。


「うわあ、嫌な予感しかしない…」と、ぼやいたサージュの言葉も、複雑な顔をしたアンドレイにも気づかずに、私は弟分の為に頑張ろうと気合いを入れたのであった。

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