ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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3巻

3-2

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 領地に戻った俺は、さっそくルシノアに、検討した案をそのまま伝えた。すると彼女の口が段々開いていき、美人さんが台無しになっていく。

「エ、エスト様、今話された事は本当なのでしょうか? ダンジョンを自作して冒険者学校を作る? 同時に街道も整備する? 一体どれほどの資金が必要になるか見当もつきません。どこから捻出ねんしゅつされるおつもりですか?」

 混乱しながらも金の話を忘れないとは、代官のかがみだな。
 俺は無言で金貨の入った道具袋を取り出し、袋の中身をテーブルの上にばら撒いた。
 次々こぼれ落ちてくる金貨に仰天ぎょうてんするルシノア。こんな大金を目にする機会は、大貴族か商人でもない限り皆無だろう。
 普段から冷静さを失わない女性を納得させるには、理屈ではなくノリと勢いだ。ここでうやむやのうちに承諾させてしまおう。

「金の心配ならしなくていい。この村おこしが上手くいけば、お前を中央に戻す事もリムリック王子に確約させた。だから俺に協力しろルシノア!」

 大きな声で命令されたルシノアは、しばらくボーッとした顔で俺を見ていたが、ハッとして表情を改める。そして若干頬を赤らめながら小さく返事をした。

「は、はい……。エスト様の望まれる通りにいたします」


 ……急に態度が素直になったというか、俺を見る目が当初と違ってきた気がする。もしかして変なフラグが立ったんだろうか?
 まさかこの女、Mっがあって強く出られるのが好きなのか? たまに居るんだよね、Sに見えて実はMだって人が。
 美人とお近づきになれるのは嬉しいが、これ以上余計なトラブルは抱えたくない。俺はそそくさと館を出て、王都の冒険者ギルドを目指した。
 王都のギルドには、ガルシア王国やアルゴス帝国ほど冒険者の数は見られない。
 冒険者にはエルフやドワーフ、獣人といった亜人間の数が多いので、最近まで亜人間の受け入れをしていなかったグリトニル聖王国のギルドはまだ閑散かんさんとしている。
 暇そうにしていた受付嬢に、ギルドマスターと面会したいと告げると、胡散うさん臭そうな目を向けられた。失敬な奴だ。こんな紳士を不審人物扱いか?

「失礼ですが、面会のお約束はされていますか? 無ければ今日のところはお引き取りください」

 なんでこんな不愛想なんだ。顔面が引きつりそうになるのを抑えて、重要な要件だから取り次いでくれと交渉する。

「出来ません。先に面会の予約を取ってください」
「……今から約束を取りつけて、面会できるのはいつになるんですか?」
「最低でも一週間は先になりますね」

 いくらなんでも時間がかかり過ぎだろう。リムリック王子ですら当日に会ってくれたのに、これだけ暇なギルドのマスターが多忙とも思えない。

「そこを何とかしてもらえませんか? 本当に重要な要件なので……」
「規則は規則です。お引き取りを」

 こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって。段々腹が立ってきた。
 よし、そっちがそのつもりなら遠慮はしない。正攻法で無理なら奇策だ。
 大概の奴は賄賂わいろに弱い。ましてこんな閑散としたギルドの職員の給料が良いとも思えない。
 時間も惜しいし、ここは賄賂だ!

「……今取り次いでくれれば、俺が大事にしている野球選手カードをあげるから」
「やきゅう……? 訳のわからない事を言ってないで帰りなさい!」

 俺が苦渋の決断の末に申し出た賄賂は、あっさりと拒絶された。
 すると俺達がカウンターでギャーギャー騒いでいるのが耳に入ったのだろうか、ドアが開く音がして、二階から何者かがゆっくりと降りてきた。

「何の騒ぎですか、騒々そうぞうしい。ケイト、お客様なの?」
「リリエラ様! いえ、この冒険者がリリエラ様に会わせろと絡んでくるものですから……」

 二階から降りてきたのがギルドマスターらしい。
 目を見張るような美少女で、綺麗な茶髪をクレアのようにポニーテールにしている。身に着けている物はゆったりとしたローブで、魔法使いが好みそうな装備だ。
 年齢は俺と大差ないように見える。そんな若さでギルドマスターってあり得るんだろうか?
 まじまじ見ていると、そんな視線には慣れっこなのか、リリエラは気にも留めずに逆に俺を観察してきた。そして、何かに納得したのか一つ頷く。

「そのレベルと称号、君が例の、救国の英雄様だね。いいよ、話を聞こう。ついて来るといい」

 すると受付嬢が渋々といった感じで、ついて行くように促してくる。やはりリリエラの若さが気になるが、今は黙っておこう。


 そのまま俺達はリリエラの執務室に通された。
 以前別の街でもギルドマスターの部屋に入ったが、それよりも片付いている。机の上の書類の束の高さが低いので、やはり暇なんだろう。
 リリエラは俺の向かい側に腰かけた。その仕草はやはりどこか年寄り臭い。

「それで? 私に用件があるみたいだけど何かな?」
「実は――」

 俺はリムリック王子と計画した案を説明した。
 自作のダンジョンと冒険者学校の設立、それに伴う各種商業施設の建設と街道の整備。その上で、資金は俺が出すので、ギルドには職員だけ派遣して欲しいと頼んだ。
 リリエラは俺の話を静かに聞いていたが、やがて大きくため息をつく。

「無茶な事を考える奴だな。君はダンジョンを作ると言うが、ダンジョンがどうやって出来上がるか考えた事があるのかい?」

 ダンジョンの成り立ち? 深く考えた事は無いが、昔からある洞窟どうくつとかに魔物がみ着いたんじゃないのか? 俺の答えを聞いたリリエラは呆れたような表情を浮かべ、出来の悪い生徒に教えるように丁寧に説明してくれた。

「全然違うよ。現在ダンジョンと呼ばれているところには、ダンジョンマスターが存在するのは知っているね? ダンジョンマスターは倒される。なのに中の魔物は全滅しないし、ダンジョンそのものも崩壊しない。なぜだと思う?」

 言われてみれば不思議だ。アルゴス帝国のダンジョンマスターも、継承の儀式のたびに復活していたし、他のダンジョンでも魔物がえ死ぬ事は無いようだ。特別な理由があるんだろうか。

「答えは簡単。各ダンジョンには、ダンジョンコアが隠されているからだよ。ダンジョンコアには性能差があって、異世界と呼んでもおかしくないくらいの大規模ダンジョンを作り出すコアもあれば、小規模の洞窟しか作れない物もある。共通しているのは一定数の魔物を無限に生み出すという事だ。それらの魔物には最低限の生命維持能力があり、飢え死ぬ事は無い」

 という事は、俺がその辺で捕まえてきた魔物をダンジョンに放しても、食べ物が無く飢え死に確定か? だとしたらいきなりつまずいたな。ダンジョンの成り立ちまでは考えが及ばなかった。
 それにしても妙に詳しいな。異様に若い外見といい、何か秘密があると見た。

「随分詳しいようですが、上手くいく方法をご存じなんですか?」
「私も若い頃は冒険者として活躍したし、現役を引退してからも研究にのめり込んだからね。君の案を成功させるには、どこかで強力な魔物を狩り、その魔石をダンジョンコアとして持ってくるしかない」

 魔石? ダンジョンコアは魔石なのか? だとしたら思ったより簡単かもしれない。
 にしても若い頃って……。

「魔石を持ってきたとして、ダンジョンコアにするには何か特別な儀式が必要なんですか?」
「いや、そのダンジョン最深部の地中深くに埋めれば、後は時間と共に勝手にダンジョン化が始まる。性能の悪いダンジョンコアなら低い階層で成長が止まるけど、高性能なダンジョンコアなら、長い時間をかけてガルシア王国のダンジョン並みに成長する可能性がある」

 複雑な儀式は必要ないとわかって良かった。後はどんな魔物から魔石を取ってくるかだ。

「高性能なダンジョンコアを生み出す魔物を見分けることは?」
「ドラゴンほど強力な魔物なら確実だけどね。でも野良のらのドラゴンがゴロゴロしてる訳がない。別のダンジョンのフロアマスタークラスでいいと思うよ。それならあまり深い階層まで成長しないだろうし」

 フロアマスターの存在するダンジョン――心当たりが一つあるな。
 よし、次の目的地は決まった。皆に声をかけて久しぶりにダンジョンに潜るとしよう。
 だがその前にリリエラの秘密を聞く事にした。女性に年齢を聞くのは失礼だとわかっているが、気になるものは気になる。

「私の歳ねえ……。まあ、聞かれるのは慣れてるよ。強力な魔力を持つ者は、普通の人より老化が遅くなる。自分で言うのもなんだけど、私は若い頃有名な魔法使いだったんだ。他の者がうらやむほどにね。だからこんな少女のような姿のままって訳さ。これでも五十近いんだけどね」

 五十!? どう見ても十代半ばから後半ぐらいだぞ。
 俺も魔力には自信があるが、この人は俺よりも魔力が大きいのかもしれない。ダンジョンの話も収穫だったが、今後の人生設計に関わる重大な話を聞けたのが一番の収穫だな。
 魔石を獲得できたら再び協力を求めに来る約束をして、礼を言ってギルドを出た。
 俺の村おこしは思ったより時間がかかるかもしれないな。


 ダンジョンへ出発する前に、やっておかなければならない事がある。
 俺達が潜っている間にギルドや宿屋などの施設を作るべく、建築のプロに仕事を頼んでおこう。
 とりあえず街道の整備は後回しにして、先に村を、人を集められる状態にしたい。
 この世界における建設業者がどんな名称かわからなかったが、意外とあっさり見つかった。
 工事現場で穴を掘っている人の姿が描かれた大きな看板が、入口に立てかけてある。そこに出入りする人間も、いかにも肉体労働者ですといった風情ふぜいだった。
 あの外見で社長秘書って事は無いだろうから、ここで間違いない。
 入口をくぐると、意外と静かなオフィスがあった。受付に並んだ労働者が順番に仕事を割り振られたり、給料をもらったりしているようだ。あれは日雇いなんだろうか?
 俺はいているカウンターに近づいて、応対に出てきた女性に仕事を頼みたい旨を告げる。

「どういったご用件でしょうか?」
「ええと、先日新しくもらった領地がありまして……」

 俺の下手くそな説明に丁寧に耳を傾けてくれた女性は、聞きながら要点をメモに取る。
 いい仕事ぶりだな。どこかの受付嬢とはえらい違いだ。
 あのギルドの女にはこの女性の爪のあかせんじたお茶を、ガロン単位で飲ませてやりたい。
 俺の話を聞き終えた受付嬢は、少々お待ちくださいと断って奥に消え、再び現れた時には後ろに熊のような大男を連れていた。
 あれが上司なんだろうか? とても事務仕事に向いているとは思えない。その熊は外見にふさわしい大声で話しかけてきた。

「話は聞いたぜ。今ちょうど手の空いてる職人集団が居るから、手付てつけさえもらえればすぐに仕事に取り掛からせよう」

 見た目通り砕けた話し方をする親父だった。領地を持つのは基本貴族だけだろうから、普段から貴族相手にもこんな話し方なんだろう。
 普通の貴族なら無礼者と怒り出すかもしれないが、態度が一貫している分、俺の目には好意的に映る。まさに職人といった感じだからな。
 とりあえず手付として金貨二十枚をこの場で支払う。俺が言うまでもなく、その場で領収書ならぬ契約書を頑丈な羊皮紙で二通用意してくれた。この会社と俺の分だ。
 費用は俺の資産でギリギリ足りるか足りないかといった範囲だが、そこは借金するか、ダンジョンに潜って素材を集めるかして対処しよう。
 とりあえず建てるだけ建てて、人を集めるのが先決だ。

「それにしても、こんな大掛かりな仕事にかかる費用を個人でまかなえるたぁ、あんた何者……って、あんた勇者様じゃないか!」

 今頃気が付いたのか。親父の大声で周囲の人も気が付いたらしく、歓声を上げながら続々と俺に握手を求めてくる。正直面倒だが一人ひとりに笑顔で応対するのを忘れない。
 これから仕事をしてもらうんだから、少しでも良い印象を持ってもらわないとな。
 それにしても勇者様ってのは恥ずかしいからやめてくれないかな。最近この呼ばれ方が定着してきて表を歩きにくくなってるってのに。

「それじゃ、準備が出来次第、現地に向かわせるぜ。国を救った英雄からの依頼だ、完璧な仕事をしてやるから期待しててくれ」
「よろしくお願いします」

 礼を言って店を出ると、すっかり日が傾いていた。今日のところは村に戻って休もう。
 転移で領主館に帰ると、ルシノアとクレア達が仲良く食事の準備をしていた。どうやら彼女達は打ち解けたらしく、最初のぎこちなさは消え去っていた。

「ごしゅじんさまだ! お帰りなさ~い!」

 帰宅した俺に真っ先に気が付いたシャリーが、尻尾を振って飛び込んできた。レベルが高いため結構な勢いだが、上手く受け止めてやる。
 クレア、ディアベル、ルシノアもシャリーの後に続いて出迎えてくれた。

「お帰りなさい、ご主人様」
「お帰り。主殿」
「お帰りなさいませ、エスト様」

 笑顔で迎えてくれる皆を見ていると、なぜだか胸が熱くなった。
 前世の俺は両親が早くに他界したから一人暮らしが長く、出迎えてくれる家族なんて居なかったからな。お帰りと言ってもらえるのがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。
 今まで冒険に夢中になっていたけど、こんな生活もいいかもしれないな。
 だけど、まだ魔族の暗躍は続いている。俺達が静かに暮らすためには、彼等の野望をくじく必要があるだろう。
 でも今だけは、それを忘れてゆっくり休もう。明日からまた忙しくなるのだから。

「ただいま」

 そんな事を考えながら、俺も笑顔でこたえたのだった。


 翌日、俺がまず手をつけたのは、建設業者が大人数でも寝泊まり出来るような小屋の建設だ。
 先に大体の区画整理を行ってから、土魔法で小屋だけを造ってしまう。材質はあくまでも土だが、強度は限界まで上げておいた。鉄だと保温効果が低いからだ。

「ふう……こんなもんかな」

 時間にしたらわずかなものだが、集中して作業していたので精神的に疲れた。
 横で見ていたクレアとディアベルが、不思議に思ったのか疑問をぶつけてきた。

「ご主人様、魔法でこんな建物を建てられるのでしたら、わざわざ建設業者に依頼する必要は無かったのでは?」
「そうだな。その方が資金も浮いて得だと思うのだが」
「ああ、それについては理由があるんだ」

 なぜわざわざ業者に頼んだのか? まず第一の目的としては、この領地に人を集めて、経済活動を活発にするためからだ。自分で全てを造ってしまうのは駄目だ。それをやると自分の資金は節約できるが、経済を活性化させられない。
 その点、各種施設を建設するために業者を雇うとどうなるだろう? 
 自分の資金は大きく減ってしまうが、業者がやって来る事で村には人が増える。
 人が増えればそれだけ必要な物資も増えてくる。日々の食事や寝具、衣服や娯楽のための酒など、その品々は多岐たきにわたる。
 物資を運んで一儲けしようとする商人も当然現れるし、村人の中には食料に余裕のある者も居るだろうから、取引も増える。
 魔法に比べて工事は長期間になるだろうから、当然取引の回数も多くなるはずだ。
 領地で商売をするなら当然税金が発生する。もちろん、他の地域に比べて低い税率にしておく。
 この調子で人の行き来が増えれば、最初に投入した資金も、やがて回収できるはずだ。
 それに、冒険者学校という新しい施設についても、商人を通して自然と噂が広がるだろう。
 といった理由があって、全て魔法で片付けてしまう訳にはいかない。人を使って雇用を生み出した方が領主としてはお得なのだ。

「なるほど……」
「そのような理由があったのか」

 全て理解できたのかはわからないが、ひとまず納得してくれる二人。とりあえずこの村での仕事は一旦終了だ。後はルシノアに任せて、俺達パーティーはダンジョンコアの確保に向かうとしよう。
 俺からダンジョンに潜ると告げられた面々は、当初どこに向かうのかわからなかったようだ。だが俺達が出会った国だと教えると、全員が思い至った。

「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」

 見送ってくれるルシノアに別れを告げて、俺達は転移する。
 向かった先はもちろんガルシア王国だ。俺達四人が集まり、アミルやレレーナと別れた国。
 王都のダンジョンに潜った時はフロアマスターを倒してすぐに引き返したから、その先の階層までは手を出していない。
 あれだけ巨大なダンジョンなら、下の階層にフロアマスターが居ても不思議ではないだろう。


         ‡


 久しぶりのガルシア王国の王都は相変わらず人でごった返していた。グリトニル聖王国と違い、まさしく人種の坩堝るつぼと言った感じだ。
 とりあえずの拠点として宿でも取ろうかと思っていたら、見覚えのある子供の客引きが声をかけてきた。

「お兄さん達冒険者かい? 宿が決まってないならウチの宿においでよ。ご飯は美味おいしいしベッドは柔らかい。冒険者には人気の宿なんだ」

 以前と一語一句同じセリフを吐くと、ついて来るように促す。向こうに見えたのは、前にも泊まった三階建てのログハウス風の宿だ。他の宿を探すのも手間だし、ここでいいだろう。俺達が中に入ると、子供は宿の主人から駄賃をもらって出て行った。主人は俺達に向き直り、笑顔を向けて話しかけてきた。

「いらっしゃい。二人部屋なら一日銀貨一枚。大部屋なら一日銀貨三枚で空いてる。食事は別料金だ。腹が減ったら一階の食堂で頼んでくれ」

 以前と違って今の俺達にはお金がある。わざわざ別の部屋に泊まるのもなんだし、ここは大部屋でみんな一緒に泊まった方が良いだろう。
 いくら王都とは言え、女性だけで寝泊まりするのは危険だからな。うんそれがいい。そうしよう。

「……ご主人様? 何か変な事を考えてませんか?」
「……主殿、顔がニヤけてるんだが」
「ごしゅじんさま、だらしない顔してる~」
「グワッ」

 失敬な。着替えが目の前で見られるとか、風呂上がりの姿を見られるとか誰も考えてないぞ。
 この大部屋を取ったのは、ダンジョンと直接転移で行き来するのに便利だからに過ぎない。やましい気持ちなんて少ししか無いんだ。
 俺の説明に納得がいかないのか、若干二名ほどがジト目を向けてきた。
 君達、最近俺に冷たくないかな? こうなったら明日からのダンジョン探索で、俺のカッコイイところを見せるしかないな。


 以前ダンジョンに潜った時とは違い、今は転移が使えるので、食料などの消耗品をそれほど持ち歩く必要が無い。宿の部屋とダンジョン内を行き来すればいいからだ。
 なのでダンジョン入口での登録や救助依頼もする必要が無い。もちろん、脱出不能な状況になった時に全滅する危険性はあるが。

「みんな準備できたか?」

 俺の問いかけに全員が頷く。転移先は以前デュラハンと戦った地下十二階だ。
 当時アンデッドの大群に囲まれた事があったので、今回も転移直後から戦闘になる危険性が高い。すでに全員武器を構えて臨戦態勢だ。

「いくぞ」

 転移した瞬間、猛烈な臭気しゅうきに見舞われた。忘れていたが、この階は大量にいるアンデッドのせいで酷く臭いんだった。
 相変わらず色んな物が腐った臭いがして、思わず顔をしかめてしまう。ハッとしてシャリーを見ると、鼻を押さえて涙目になっていた。

「くさい~」

 慌ててタオルを取り出し、少し水で湿らせてから簡易マスクを作ってやる。シャリーの嗅覚の良さを完全に忘れていた。おびに今日の夕飯は、宿屋で豪勢な物を食べさせてあげよう。
 地下十二階は、以前フロアマスターと戦闘した時に大多数のアンデッドも同時に始末したおかげか、マップ上で確認できる敵は数えるほどしか居ない。
 ここに居ても意味が無いので、さっさと下の階層に移動してしまおう。
 地下十三階への階段はすんなり見つかった。最近倒されたと思われる真新しい敵の残骸ざんがいを辿って行くと、階段があったのだ。
 おそらく他の冒険者が下の階層に移動するために、邪魔な敵を排除しながら進んだのだろう。
 そう長くも無い階段を降りて地下十三階に到着する。
 そこは上の階層のような広大なフロアではなく、少し広めの何の変哲もないダンジョンだった。マップ上に他の冒険者の反応は無いが、代わりに魔物の反応があった。
 長い一本道の先から、数珠じゅずつなぎになって押し寄せてくる敵集団が確認できる。
 遠目に見える姿は色黒のスライムだ。ただのスライムなら大した脅威ではないが、この階層に弱い魔物が居るとも思えない。距離があるうちに先手を打った方がいいだろう。

「仕掛けますね」

 まずクレアが弓を引き絞り、矢を放つ準備をする。射るのはもちろん強弓だ。
 放たれた矢は鋭く空気を切り裂きながら敵目がけて一直線に飛び、狙いたがわず命中した。
 しかし矢が爆発した瞬間、スライムは衝撃を逃がすように通路いっぱいに広がり、再び元の姿に戻って何事も無かったかのように前進を始めた。
 クレアの強弓で射られて無傷? にわかには信じられない光景だった。
 めげずに再び矢を放つクレア。今度は数を増やしたが、これも同じように無効化されてしまった。
 なら次は魔法だ。俺の爆発魔法とディアベルの召喚したサラマンダーのブレスで同時に攻撃する。形状が変わりはするが、やはりダメージを受けているようには見えない。
 そうこうしているうちに、スライムの大群は俺達の目の前まで迫って来た。
 ここは一旦退却して様子を見た方が良いだろうか? さすがにグラン・ソラスで斬りつければ倒せると思うが、一匹二匹ならともかく、通路を埋め尽くすほどの数だと対処しきれない。
 最後にいくつか魔法を試しておく。
 範囲指定の電撃を降らせてみるが、スライム達は体に流れる電撃を無視して進んでくる。
 しかし、続いて氷結魔法を試した時に変化が起こった。
 氷の矢はクレアが攻撃した時と同様に効果は無かったが、吹雪ふぶき状にして周囲の温度を一気に下げると、急に動きが鈍くなったのだ。どうやらこいつらの弱点は氷系統の魔法らしい。
 俺はそのまま全てのスライムに吹雪ふぶきを浴びせ続ける。少しずつ近寄ってこようとするスライム達だったが、最終的には俺達の目前一メートルほどのところで動きを止めた。
 動かなくなったスライムに剣を抜いて鋭く突きを入れる。すると剣が刺さった部分から全身にヒビが広がっていき、あっさりと砕け散った。
 こうなったらこっちのものだ。俺達はそれぞれ剣を抜き、片っ端からスライムを砕いていく。
 通路を埋め尽くすほどのスライムを砕き終えるのに、それほど時間はかからなかった。
 ここで無事、全員がレベルアップだ。


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