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3巻
3-1
しおりを挟むグリトニル聖王国での魔族との戦いに勝利し、勲章まで授けられた俺――エストは、王子リムリックの後に続き、仲間と共に城内の一室へ通された。
そこは先日入った諜報機関の本部ではなく、暖かい日差しが入り込み庭園を一望できる、開放感溢れる部屋だった。
王子に促されて椅子に腰かけると、トレーにお茶やお菓子を載せたメイド達が入室して来た。
シャリーはお菓子が気になってしょうがないようで、すました顔のまま、尻尾をパタパタと忙しなく動かしている。
メイド達が一礼して退室すると、ささやかなお茶会が始まった。
「わざわざ足を運んでもらったのは他でもない。この杖の事だ」
王子は偽教皇キルケニーが使っていた杖を、俺に渡してきた。受け取って観察してみても、同じく邪神を封印する装備である剣、グラン・ソラスのような力が感じられない。
封印の力が弱まっているのだろうか? これは竜族のファフニルに聞いてみる必要があるな。
「神官から話を聞いたんだが、以前はもっと神々しい気配を放つ杖だったらしい。エストが話していた封印は、すでに破られている可能性が高い」
おそらく王子の言う通りだ。今回は魔族がかなり早くから動いていたから、先回りされたのだろう。聞き忘れていたけど、封印を解かれたら具体的にどうなるんだろうか?
「それと、杖とは別に君達に褒美がある。エスト以外は奴隷の身分なので、代表してエストに名誉準男爵位が与えられる。一代限りで継がせる事は出来ないが、領地も与えられるぞ。後で足を運んでみるといいだろう」
爵位? まるで期待していなかったから少し驚いた。しかも領地までもらえるのかよ。
楽しそうではあるが、自分で経営するのは面倒だな。今後の旅もしにくくなる。
考えが顔に出ていたのか、俺の気持ちを察したリムリック王子が苦笑しながら補足した。
「心配しなくても、領地の経営は代官に任せればいいよ。もちろん君が直接統治してもいいが、そんな暇は無いんだろう?」
代わりに面倒を引き受けてくれる人材がいるならありがたい。杖や爵位に関する褒美の話はそれでお終いだった。リムリック王子は俺に向き直り、真剣な表情で頭を下げる。
「今回の一件、君達の助力が無ければ、魔族とキルケニーの思惑通りに事が運ぶところだった。感謝してもしきれない」
「頭を上げてください。もう十分見返りはいただきました。それに、困った時はお互い様です」
リムリック王子は俺の言葉に笑みを浮かべると、噛みしめるように繰り返した。
「困った時はお互い様……か。いい言葉だな」
「俺の故郷の言葉です」
「なら、君達に何か困った事があれば力になると約束しよう。いつでも頼ってくれ」
「はい、その時は遠慮なく」
差し出された手を握り返す。この王子とは今後も上手くやっていけそうだ。俺達が辞去する旨を伝えると、それでお茶会はお開きになった。
俺達は王子に礼を言い、部屋から退出する。そして杖の状態を確かめるため、俺達に邪神封印の装備を確認する使命を与えたファフニルの下に転移した。
前回で学習したのか、彼女はビキニ姿ではなく、ゆったりとしたローブを纏い待ち構えていた。
「杖を手に入れたようですね。見せてごらんなさい」
杖を手にしたファフニルは、うんうん唸りながら難しい顔で観察している。
「これだけ力が弱まっているなら、邪神の封印は解かれたと見て間違いないでしょう。ですがこちらはすでに二つの封印解除を阻止しています。まだ望みはあります」
「封印が一つ解かれると、具体的に何が起きるんですか?」
「簡単に言うと邪神の力が強くなり、その眷属の力が増します。五つある封印のうち二つまでなら何とかなりますが、三つ解かれると邪神本体が復活する危険性が高まります」
つまり俺達は、最低でもあと一つ魔族達の悪巧みを阻止しないと駄目なのか。
今回のように、先に魔族が動いている場合もあるから急いだ方が良いかもしれない。
「力の弱くなったその杖は、もう使えないんですか?」
「いいえ。近くに同じ力を宿した装備があれば、次第に力を回復するはずです。この杖の名はケルケイオン。杖から放たれる光は敵の魔力の流れを狂わせ、状態異常を引き起こします」
杖の力が回復すれば、今後の戦闘でも役に立つな。
そういえば、まだ腕輪の名前も聞いていなかった。
それを尋ねると、ファフニルはハッとした表情を浮かべた。
きっと忘れていたのだろう。ビキニの件といい、色々とおっちょこちょいなドラゴン様だ。
「その腕輪はドラプニルと言います。効果はもう知ってますよね?」
頷きながらジト目で見てやると、奴は目を逸らしやがった。まあいいけど。
「それで、俺達は次にどこに行けばいいんです?」
「次に向かって欲しいのはグリトニル聖王国の東、獣人達の国リオグランドです。かつて、勇者と共に戦った獣人が建国した国であり、その王城には封印の装備が大切に保管されていると聞きます。あなた達にはそれを確認してきてもらいます」
獣人の国か。亜人間を差別をしていたグリトニル聖王国とは仲が悪そうだな。
だが個人的には非常に興味をそそられる。ケモミミ娘がいっぱい居そうだし。
やる気が顔に出ていたのだろうか、皆が俺を白い目で見ていた。
リオグランドに向かう前に、一度下賜された自分の領地に顔を出す事にした。
その領地はグリトニル聖王国の南西、ガルシア王国とアルゴス帝国に接した位置にある。
小さな領地とは言え交通の要所であり、立地条件は悪くない。
初めて向かう場所なので転移は使えず、馬を借りるか購入するかして行くしかない。一度王都に戻って馬屋を探す。
宿屋で問題を起こした以前とは違い、顔も隠さず堂々と街中を歩けたし、俺達以外にも獣人やエルフがいた。国王の宣言通り、さっそく亜人間達との交流が始まったようだ。
商談や観光を行う彼らは、やはり態度がぎこちないというかよそよそしい。まだ他の国のように自然に溶け込むには時間がかかりそうだが、お互い嫌々ではなさそうなので、感触は悪くない。
到着した馬屋では、店主が出てきて応対してくれた。国王が演説した時に広場に居たらしく、俺達の顔を知っていた。
「これはこれは! グリトニル聖勲章を授けられた勇者様ではありませんか。馬がご入用ですか? 当店の馬はどれも品質がよく、お買い得ですよ」
予想外の歓迎を受けてしまった。
「グリトニル聖勲章って、この国の人々にとってそんなに名誉あるものなんですか?」
「ご存じないのですか? グリトニル聖勲章とは、かつて世界を救った勇者様の仲間であり、この国を建国した王が制定した勲章なのです。それを授けられた人物は、長い歴史の中でも数えるほどしか存在せず、百年に一人現れるかどうかですよ。彼ら数少ない受勲者は、いずれも国の危機を救った英雄なのです」
なるほどね。歴史に名を遺す英雄達と同列に扱ってもらえるなんて、名誉な事だ。
店主はその後も過去の英雄達の話をしていたが、俺は馬を吟味するのに忙しくて半分も頭に入らなかった。
俺達が選んだ馬は二頭。どちらも黒毛のしっかりした体格で、足は速くなさそうだが長旅は問題なくこなせるだろう。これに馬車を引かせて旅の足にする。
「さすが勇者様はお目が高い! この二頭はどちらも気性が穏やかな上に頑丈で、長旅には持ってこいですよ」
店主はテンション高く薦めてきた。なんか段々と、引退した某通販番組の社長に見えてくる。
すぐに出発するので馬に馬車をつないでもらい、俺達は食料品などの買い出しに街へ繰り出した。
訪れた店舗では概ね好意的な対応をされ、馬屋に戻る途中である人物にばったりと遭遇した。
「「あ」」
俺ともう一人の声がハモる。誰かと思えば、見たことのある宿屋の親父だった。
あの時はクレア達を侮辱されたので反射的に殴ってしまったが、リムリック王子の計らいで示談金を渡して解決したはずだ。
俺達に近づいてくる親父。また何か言ってくるかと思って少し身構えたがそんな事は無く、俺達の前で立ち止まると突然深々と頭を下げた。
「知らなかったとは言え、国を救ってくれた英雄達に大変失礼な事を言った。許してくれ」
予想外の行動に一瞬目が点になってしまった。親父の表情からして、心からの発言だろう。
俺も殴った手前、親父を非難する事などできない。ここは互いに頭を下げるのが良策だ。
「頭を上げてくれ。こっちこそいきなり殴って悪かった」
「しかし……」
「あんたを含めて、この国の人達は偽教皇と魔族に騙されていたんだ。責任は奴等にある。これから亜人間と仲良くやってくれれば、俺から言う事は無いよ」
俺が笑顔で言うと、親父は感激したのか抱きついてこようとした――が、素早くそれをかわす。
目標を失った親父の両腕は空を切り、行き場の無くなった両腕をわきわきさせたまま、親父は少しショックを受けたような顔をしていた。しかしすぐに気を取り直し、また宿を訪ねてくれと言い残して去っていった。
「主殿、今の場面では固く抱擁を交わすのが一般的だと思うのだが……」
「ご主人様は同じ事をしようとしたアミルさんも殴っていましたから……」
「ごしゅじんさまは女の人が好きなんだよね~」
仲間達の俺への評価が日増しに低くなっている気がする。シャリーにまで女好きと思われているとか、さすがにショックだよ。この世界に来てから、女遊びなど一切してない綺麗な体なのに。
「クワッ」
落ち込んだ俺を励ますつもりか、ドランが顔を擦りつけてくる。
おお、ドランよ。俺の味方はお前だけかもしれないな……と思ったら、荷物袋に首を突っ込んで干し肉をかじり始めた。腹が減ってただけか。
ここは一つ、何か領地発展のアイデアを提案して、皆の見る目を変えてやろうじゃないか。
密かに決意した俺は、馬車を受け取りに馬屋に急いだのだった。
‡
王都から領地までは馬車で一週間ほどの行程だった。
道中ゴブリンやコボルトなどの低レベルな魔物は見られたが、今の俺達にとってこの程度は脅威じゃない。馬車から降りる事も無く魔法と弓だけで始末できた。
何度か野営しながら先に進むと、山々の間に集落が見えてきた。あれが目的地の村だろう。
俺達に与えられた領地は、少し大きい村でしかない。
これといった産業も名物も特産品もなく、良く言えば自然溢れる、悪く言えば周りに山しかない土地だ。そんな土地だからか行商人が訪れる事も稀だし、外部との交流自体が滅多に無い。
村の中を馬車で進んでいると、珍しいのか、村の子供たちが走り寄って並走し始めた。まるで「ギブミーチョコレート!」と連呼しそうな勢いだ。
俺は道具袋の中にあったシャリーのお菓子を取り出し、子供達に分けてやる。すると彼らは礼を言って馬車から離れて行った。
まず俺達は領主館を目指す。そこには国から派遣された代官がすでに到着しているはずだ。
領主館――と言えば聞こえはいいが、どう見てもただの一軒家の前に馬車を停めると、一人の女性が出てきた。
年は二十代半ば。さらさらの黒髪を背中の中ほどで切り揃え、視力が悪いのか大きな黒縁のメガネをかけている美人さんだ。地味な印象だがスタイル抜群で、出るところと引っ込むべきところのバランスが完璧だ。
その美人さんは俺に目を留めると、張りのある美声で挨拶をした。
「ようこそいらっしゃいました、エスト様。私は貴方様の補佐をすべく派遣されたルシノアと申します。お気付きの点がございましたら何なりとお申し付けください。よろしくお願いいたします」
馬鹿丁寧な挨拶と共に、深々と頭を下げる。だが、なぜか冷たい印象を受けた。
どこか嫌々やっている感じがするんだよな。こういう時の俺の勘はなぜか当たるんだ。前世では人の悪意に敏感だったからな。
ルシノアに案内されながら領主館の中を観察してみるが、やはり普通の一軒家にしか見えない。
お茶の用意をするためにルシノアが席を外したので、窓から村の様子を眺めてみた。
見えるのは農作業をする村人と作物ばかりで、娯楽施設などは何もない。
この館に来るまでに商店らしき建物が一つも見当たらなかったし、村人達が現金収入をどうやって得ているのか疑問だ。
そうしているうちにルシノアが戻って来て、俺達一人一人にお茶を淹れてくれた。その間緊張しているのか誰も口を開こうとしないので、少し気まずい空気が流れる。
だがルシノアは欠片も気にせず、最後に自分のお茶を淹れると俺の向かいに腰かけた。
「では、エスト様に今の村の財政状況などをご説明いたします」
そう言って帳簿を取り出したルシノアは、一切の感情を交えずに淡々と説明していく。
その説明は理路整然としていて、非常にわかりやすい。経営に関して素人の俺やディアベルにはどこにも突っ込む余地がなかった。
長かったルシノアの説明を簡単に纏めてしまえば、この村は貧乏だった。借金が無いのは救いだが、特に儲ける手段も無いので貧乏のまま世代を重ねているらしい。
「こうした状況ですので、特にエスト様のお手を煩わせる事もございません。私にお任せいただければ、滞りなく村の管理をさせていただきます」
「……」
確かにルシノアは優秀そうだし、任せておけば何の問題も無く代官の仕事を全うしてくれるだろう。だがそれでは面白くないんだよな。
せっかく領地をもらったのだから、俺としてはこの何もない村を、せめて町と呼ばれるぐらいにまで発展させたい。
そんな希望を口にした途端、ルシノアの目が鋭く光った。俺の方針がお気に召さないようだ。
「エスト様のおっしゃる事はわかりますが、この何の特徴も無い村をどうやって発展させるおつもりですか? そもそも開発に必要な資金がありません。領民達は日々の生活の糧を得るだけで精一杯です。経済的にも人的にも、この村は手詰まりです」
確かに村の資金や人材のみなら無理があるだろう。だが俺には、アルゴス帝国でもらった大量の金貨と魔法の力がある。この村を発展させるぐらいは問題なく出来るはずだ。
「……この村の領主はエスト様です。エスト様が望まれるのであれば、私はそれに従うのみです」
ルシノアは消極的ながらも賛成してくれたが、誰が見ても不満たらたらな態度だよな。やはりひっかかる。
何か問題があるなら早めに対処したいし、村の様子を見に行くついでに、村人にルシノアの事を聞いてみるとしますか。
「おめえ様が新しい領主様でごぜえますか。随分とお若い方なんだなや~」
話しかけた村人のおっさんは、かなり訛りが酷い人だった。
前世で親の故郷である田舎に行った事があるが、そこの言葉は日本語かどうかも理解できなかった。なので、これから彼の言葉は俺の脳内で補正しておく。
「ルシノアの事を聞きたいんだけど、彼女がどんな人か知ってる?」
「お代官様の事でしょうか? あの方は元々貴族だったのですが、家が没落してしまい、今は平民の身分に落とされてしまったようです」
元貴族ときたか。ならあの教養の高さも事務処理の速さも頷けるな。
少し冷たく感じるプライドの高さも、生まれつき平民を下に見ているのが理由なのかもしれない。
「彼女は、ここに来て長いの?」
「いえ、以前は別の土地で代官を務めていたようですが、国の上役に嫌われているらしく、中央に戻るチャンスもふいにされ、再びこのような田舎に飛ばされたようです」
上役ねえ。上役と言っても色々居るしな。所謂中間管理職の覚えが良くないんだろうか?
リムリック王子ならそんなつまらない嫌がらせをするとは思えないし、他の大貴族だって末端の役人のことなんかいちいち気にしないだろう。
「なんで嫌われたのかわかる?」
「わかりません。ですがお代官様は、手柄を立てて中央に返り咲きたいと考えているようです」
なるほどね。前の任地で努力した結果、中央に戻れるかと思ったらまた田舎に赴任させられて、モチベーションがゼロになったのだろう。目の前にご褒美をちらつかされて直前で取り上げられたら、誰だってやる気が無くなる。
俺に対する冷たい態度は、手の打ちようのない現状に対する怒りから来ているのかもしれない。
となれば、その上役が文句のつけようのない手柄を挙げて、その上で嫌がらせが出来ないように手を打てばいい。幸い国のトップとは面識があるし、嫌がらせの類は止めてもらえるだろう。
なんだか虎の威を借る狐みたいだが、使えるものは何でも使わなければ。
さて、この村で産業を興すとしたら何が良いだろうか?
土地は開拓されていないし、農作物を育てるには年単位の時間がかかる。山を掘っても、都合よく鉱石が見つかるとは思えない。そもそも俺達にそんな悠長にしている時間は無い。
だったらどうするか? 改めて自分達が何者か考えてみる。
金勘定も得意じゃないし、作物を育てるほどの根気も無い。冒険者に出来る事なんて魔物の討伐ぐらいだろう。
そこでふと思いつく。魔物を利用したアトラクションというのはどうだろう?
ガルシア王国のダンジョンの周りには、冒険者目当ての宿や飲食店が立ち並んで賑わっていた。
あれをこの地でも再現できないだろうか? もちろんここにはダンジョンが無いから、人工で作り出す事が前提になる。だが成功すれば村おこしは成功したも同然だ。
ただ穴を掘るだけなら俺の魔法ですぐに出来るし、後は繁殖力が高く力は弱い、適当な魔物を捕まえてくればいけるんじゃないだろうか?
俺は皆を領主館に帰し、適当な土地が無いか、さっそく領内を見て回った。
なるべく民家から遠くて、人の出入りがあまりなさそうな場所を探していると、大きな山のすそ野に辿り着いた。周辺に人が踏み固めた道や小屋の類は発見できない。マップに表示されるのは野生動物ぐらいだ。ここなら穴を掘っても大丈夫だろう。
善は急げと、さっそく魔法で掘り始める。レベルの上がった土魔法は非常に便利で、掘削すると同時に土を鉄並みの強度に変化させて補強できる。
普通、鉱山で掘り進む際には木で補強しながら行うが、土魔法であれば落盤の心配は無い。しかも、今の俺の魔力量と回復スキルなら一日中掘っていられる。
掘り続ける事約半日。さすがに飽きてきたが、地下五階相当まで掘ることが出来た。適当な分岐や小部屋を作るのに頭を使うため、予想以上に時間がかかってしまったようだ。
掘っている時から疑問だったんだが、掘削した土はどこに消えているんだろう。
さて、一応ダンジョンの形は整えられたし、後は周囲に魔物が出て行かないよう対策を施して、中に放つ魔物を捕獲してこよう。なんか楽しくなってきたぞ。
新しく造ったダンジョン(仮)の入口に、土魔法でバリケードと櫓を作り上げる。今は必要ないだろうが、後々役に立つはずだ。
次に向かったのは、グリトニル聖王国の王城だ。転移で移動するのは街中までで、王城には徒歩で向かう。少し日が空いたせいか、前回来た時よりも亜人間の数が増えた気がするし、人々の顔にも活気が戻ったように感じる。
王城の詰め所で取り次いでもらおうとしたら、俺の顔を見た兵士が跳び上がり、直立不動で硬直してしまった。俺も有名人になったもんだなと苦笑しながらリムリック王子への取り次ぎを頼むと、駆け足で城内に向かってくれた。
城内から現れた兵士の先導で、来賓用の一室に案内される。いきなり押し掛けた形だが、どうやらすんなりと会ってもらえるようだ。
案内された部屋でお茶を飲んで寛いでいると、笑みを浮かべたリムリック王子が入室して来た。
「やあエスト。予想以上に早い再会で驚いたよ。何かあったのかい?」
そりゃ前に会ってから一週間ほどしか経ってないから、驚かれるのも無理はない。
今から話す事はおそらく前代未聞の試みだろう。国の危機を救った英雄という評価がどこまで通用するのか。俺は席に着いた王子に一礼し、話し始めた。
「実は、いただいた領地についてご相談したいのです」
王子に――グリトニル聖王国に協力して欲しいのは次の三つ。
まずダンジョン(仮)のある村に、冒険者ギルドを新設してもらう事。次に、ダンジョンを監視する兵の常駐と街道を整備する許可。そして最後に、この試みが上手くいった後に、現在代官を務めているルシノアを中央で取り立ててもらうことだ。
ダンジョンを人工的に造り出すという俺の提案に、王子は度肝を抜かれていた。しかしすぐに立ち直り、真剣な顔で検討する。
今彼の頭の中では、俺の提案が国益になるか、目まぐるしく計算されているに違いない。
「話はわかったが……まず、モンスターをどう維持するのか。繁殖力の強いモンスターは基本弱いし、力のある冒険者がダンジョンに入れば簡単に狩り尽くされるのではないか?」
「その点は入口を分けて、レベル毎に制限をかければいいと思います。ダンジョン内の階層移動用にはしごを設置し、人間以外は移動できなくするのはどうでしょうか?」
「ふむ……。ギルドを誘致したとして、依頼を複数出せるほど魔物の数に余裕があるだろうか? ギルドとしても、利益の出ない場所に出張所は作れないと思うが」
むむ……。言われてみれば、冒険者の数が増えるとダンジョンとして成り立たなくなるな。やはり思い付きには穴があったか。
難しい顔で黙り込んだ俺に対し、王子はニヤリと笑うと面白い提案をしてきた。
「アイデアは悪くない。だからこの際、その新しいダンジョンを別の方法で役立ててみよう」
「と、言いますと?」
「駆け出し冒険者専用の学校にしてしまえばいいんだ」
王子の考えた方法は、ダンジョンに魔物を放すところまで俺と変わらない。だがそこに入れるのはレベル10までの初心者に限定して、魔物が全滅しないように一度に入れる人数を制限する。
そして村には冒険者ギルドが経営する剣術や魔法などの各種訓練所、装備屋を作る。
この世界の冒険者は基本独学ばかりなので、駆け出しの冒険者の死亡率が極端に高い。少しの授業料で戦い方を教える学校があれば、入学希望者はたくさん居るに違いなかった。
この新しい試みを大々的に宣伝すれば、噂を聞いた他国の冒険者の入学も見込める。街道を整備すれば経済も活性化するだろう。
王国としても、亜人間差別の国から誰でも歓迎するおおらかな国に生まれ変わったというイメージを広める事ができる。この試みが成功すれば、これ以上ない村おこしのはずだ。
「非常に面白いアイデアですね。ぜひ実行させてください」
「こちらとしても、国庫が潤うなら願ったり叶ったりだ。だが街道の整備は簡単にはいかないぞ」
「そこは任せてください。半日あればダンジョンを掘れる土魔法がありますから、どんな険しい山でも簡単に整備してみせますよ」
「相変わらず凄まじいな……。専門の人材を派遣するので、詳しい打ち合わせはその者としてもらいたい。この規模の領地経営を上手く軌道に乗せられたら、ルシノア女史を王都へ栄転させると約束するよ」
よし、これで国からの確約をもらった。当初予定していた方針とは違うが、村おこしになるなら方法は何でもいい。一度領地に帰って、ルシノアと話をしてみよう。
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書籍第1~4巻が発売中です。
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