ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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2巻

2-3

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 さて、戦闘も終わったので食事休憩にしよう。

「疲れたな。キリも良いし、そろそろ飯にしようか」
「お手伝いします」
「そう言えば腹が減っていたな」
「ごはんごはん~♪」

 今回はクロノワールからもらった比較的豪華な携帯食料があるので、おいしい料理が作れそうだ。
 まずは強化した土魔法で簡易式のかまどを作り、加熱しておく。十分熱が通ったら、小麦粉を練って作ったパン生地の上に、オリーブオイルと蜂蜜を垂らして焼く。それと同時にもらったテーブルロールも加熱する。
 日本で生活していた頃、コンビニで売っているパンでも、オーブントースターで少し焼き色が付くぐらい焼くと、かなりおいしくなった記憶がある。色んなパンで試した時期があったっけ。
 ピザとパンを焼いている間に飲み物の準備だ。クロノワールからもらった飲み物を道具袋から取り出して、皆のコップに注いでいく。レモンの果汁を水に溶かした飲み物で、保存袋に入れておいたおかげでよく冷えている。
 焼きあがったピザとパンを皆に切り分けた。さあ、食べよう。

「ん! 凄くおいしいです!」
「主殿の料理には毎回驚かされるな」
「おいしーい! シャリーこれ好き!」

 クレア達にも好評なようで良かった。ピザという割には具が何も載っていないが、これはこれでシンプルでおいしい。オリーブオイルと蜂蜜って意外と合うんだな。
 焼き色の付いたテーブルロールは、まるで焼き立てみたいに生地がふんわりして外はパリパリになった。この方法はこの世界でも通用するみたいだ。
 最後にレモン水で喉を潤し、全員満腹になった。
 ここでレベルを確認しておこう。


 ●エスト:レベル44
 『フロアマスター討伐』『不死殺し』
  HP 891/891
  MP 829/829
  筋力:レベル5(+4)
  知力:レベル4(+5)
  幸運:レベル1(+2)

 ▼所持スキル
 『経験値アップ:レベル3』『剣術:レベル4』
 ※隠蔽中のスキルがあります。

 新たなスキルを獲得できます。次の中から選んでください。

 『幸運アップ』
 『電撃魔法:レベル2』

 ●クレア:レベル43
 『フロアマスター討伐』
  HP 622/622
  MP 230/230
  筋力:レベル4(+1)
  知力:レベル2(+1)
  幸運:レベル4(+1)

 ▼所持スキル
 『弓術:レベル4』『みかわし:レベル3』
 『剣術スキル:レベル3』『扇撃ち:レベル4』
 『強弓:レベル3』

 ●ディアベル:レベル40
 『フロアマスター討伐』
  HP 405/405
  MP 636/636
  筋力:レベル3(+1)
  知力:レベル4(+1)
  幸運:レベル3(+1)
 
▼所持スキル
 『精霊召喚(炎)(土)(風):レベル4』『精霊召喚(水):レベル1』
 『剣術:レベル3』

 ●シャリー:レベル36
 『フロアマスター討伐』
  HP 401/401
  MP 139/139
  筋力:レベル4(+1)
  知力:レベル1(+1)
  幸運:レベル3(+1)

 ▼所持スキル
 『嗅ぎ分け:レベル2』『剣術:レベル4』
 『大跳躍:レベル1』『みかわし:レベル3』

 まずクレアの『強弓』がレベル3に上がっている。最近使ってばかりいたから、熟練度が上がったのかもしれない。これでより貫通力のある矢を放てるはずだ。
 ディアベルは召喚魔法のレベルが上がり、新たに水の精霊を召喚できるようになっていた。
 なんでも種族的な特徴で、ダークエルフと水の精霊は相性が良くないんだとか。
 それが出来るようになったという事は、ディアベルの力が増している証拠だろう。
 だがレベルが上がったからと言って、一気に召喚出来る精霊が増える訳では無く、単に威力や持続力が増す場合もあるんだとか。いろいろ難しいな。
 シャリーは『剣術』がとうとう俺と同じレベル4に到達した。この歳で達人クラスの腕前とか、歴史に名を残す天才なんだろうな。将来が楽しみだ。
 そして俺は今回、『電撃魔法』のレベルを2に上げておく。まだ数回しか使っていないが、この魔法は色々と便利すぎる。威力を上げておいて損は無いだろう。


 さて、腹もいっぱいになったし、今日は早めに夜営するとしましょうか。
 ただし夜営の前に、新たに得たスキルの検証だけはしておきたい。今回はちゃんと皆には距離を取ってもらった。また失敗して怒られたくないからね。
 簡単な検証の結果、使える魔法の種類自体に変化は無かった。だが威力は大きく上がっている。
 まっすぐに雷光を放つタイプは太さも射程も倍になっていた。数も一本から二本に増えていたので、かなりの攻撃力アップだろう。
 自分を中心として何本か雷を落とすタイプは、一本あたりの雷は細くなっていたが、落ちる雷の数が倍に増えていた。複数の敵に囲まれた時に重宝ちょうほうしそうだ。
 全体での攻撃力が上がったと理解しておこう。
 体に雷を纏わせる魔法は雷自体の威力が上がったのか、見た目が少々派手に放電するようになった。使い勝手は以前と同じで、体の至るところで自由自在に纏わせられる。
 これで複数の敵との接近戦も問題なくなった。数の不利をカバーできるならありがたい。
 ついでにディアベルに言って、水の精霊召喚も試してもらった。ここは水気が無いので、召喚しやすいように俺が魔法で水を用意する。
 水がふわふわと空中に浮かび上がり、形状を変化させた。
 何が出来るのかと思ったら、薄い水の膜を張って火炎攻撃を和らげたり、ウォーターカッターのように鋭く水を飛ばして相手を攻撃したり、相手が生物なら顔全体を水で閉じ込めて窒息死ちっそくしさせたり出来るようだ。これは、ウンディーネと呼ばれる水の乙女の力を借りて使う魔法だという。
 ちなみに、レベル1で姿を見せることは無く、ただその力だけが振るわれるだけ。レベル2になるとウンディーネが姿を現して魔法の攻撃力も増すらしい。
 しかし敵を窒息させるってのが何気に怖いな。地味だけど威力絶大じゃないのか? 魔法の使えない人間相手なら確実に仕留められそうな気がする。
 ついでに前から気になっていた新たな炎の精霊と、風と土の精霊も見たいと言ったが断られた。

「主殿、用も無いのに精霊を召喚していると、肝心な時に精霊が応えてくれなくなるのだ」

 どうやら精霊魔法は他の召喚魔法と違い、術者が精霊を力ずくで従わせている訳ではなく、呼びかけて力を貸してもらう理屈らしい。
 ついさっきの水の精霊召喚は良いのかと思ったが、最低ランクの力の行使くらいなら問題ないんだそうだ。
 ディアベルは召喚しない代わりに、今の時点でどんな精霊を喚び出せるのか教えてくれた。
 まず炎の召喚魔法。一番下位の精霊が、今も灯りに使っているウィルオーウィスプだ。
 俺のゲーム知識では光の精霊なんだが、この世界では炎の精霊として扱われるらしい。
 それと、たびたび召喚しているサラマンダーと呼ばれる火蜥蜴。口から火炎をく優秀な奴だ。
 召喚魔法がレベル3になるとサラマンダーの力が増して体格も大きくなり、吐く火炎の威力が上がるそうだ。レベル4になると、イフリートと呼ばれる炎の巨人を召喚出来るようになる。
 よく勘違いされがちだが、このイフリートは炎の精霊の最上位ではない。まだ先があって、フェニックスという全身炎で包まれた不死鳥が最上位なのだとか。
 この精霊を喚び出せる者は滅多におらず、ディアベルの出身地にも居なかったらしい。
 次に風の召喚魔法。レベル1では、まだ姿を見せないシルフと呼ばれる風の乙女の力を借りて、そよ風を起こしたり遠くに声を届けたりできる。遠くと言ってもせいぜい百メートル程だから、携帯電話の代わりにはならないだろうな。
 レベル2になるとシルフが姿を現す。彼女は風の刃で敵を切り裂いたり、軽い物なら上空に巻き上げたりできるそうだ。
 レベル3になるとシルフの力が増し、魔法の威力が増加する。
 最後に土の召喚魔法。レベル1ではノームと呼ばれるモグラに似た精霊の力を借りて、土を鞭のようにしならせて敵の動きを阻害したり、地形に作用して地面を隆起や陥没させられるそうだ。
 このへんは俺の土魔法と一緒だな。
 そしてレベル2になるとノームが実体化して攻撃する。鋭い爪を振るったり噛み付いたり、地面を変化させて敵を攻撃できるようになる。
 そしてレベル3では土で出来たゴーレムを使役できるようになる。
 土が無い場所では使えないのが欠点だが、このゴーレムの強さはシルバーランクの冒険者に匹敵するそうだ。数で不利な時に助かる魔法だな。
 色々と勉強になった。俺のゲーム知識と若干のズレはあったが、大体は合っていた。

「ありがとなディアベル」
「主殿が知りたい事があるなら、何でも聞いてくれて良い。私の知識全てを話そう。何なら……私の体にある黒子ほくろの数を実地で教えてもいいのだぞ?」
「何を言っているんですか?」

 わざとらしくしなを作って誘惑してくるディアベルに一瞬俺の頬が緩みかけたが、横で聞いていたクレアの冷たい視線が突き刺さって瞬時に正気に戻される。
 誘ったのはディアベルなのに、なぜ俺が睨まれなければならないんだ。ちょっといやらしい気持ちが芽生めばえただけじゃないか。
 俺はまるで、自慰行為を母親に見られたような気まずさでクレアから目を逸らした。
 気を取り直して夜営の準備だ。敵の侵入を防ぐため周囲を土壁で覆って、食事と風呂の準備をした。
 ペアでの見張りの順番は俺とクレア、俺とディアベル、クレアとディアベル。シャリーはまだお子様なので徹夜は無理だろうから、寝かせておいてあげよう。子供は寝るのも仕事の内だ。
 持続時間を最大にした火炎魔法をき火代わりにして体を温める。
 見張りに付いた俺とクレアは寝ている二人を起こさないように、小声で話をした。
 このダンジョンの感想や戦闘で気がついた事、そして日々の笑い話。話の種は尽きない。

「ご主人様と出会ってから、色んな事があり過ぎて毎日退屈しません」

 そう言って彼女は微笑んだ。その表情には一点のくもりも無くて、心からの言葉に思えた。
 出会ってから色々あったが、これだけ穏やかな笑顔を見たのは初めてかもしれない。

「俺についてくるって決めて、後悔してない?」
「まさか。私、本当ご主人様に感謝しているんですよ? 命を助けてもらった上に大事にしてもらって、シャリーちゃんのような妹も出来たし、たまに喧嘩もするけどディアベルさんとは友達になれたし。私なんかがゴールドランクの冒険者になれるなんて、夢にも思っていませんでした」

 クレアは本当にいい娘だ。常に自分より他人のことを心配する優しい心の持ち主だ。俺みたいにひねくれた人間にとって、一服の清涼剤になる。
 彼女は俺に救われたと言ってくれるが、俺の方こそ彼女に救われている。誰も知り合いの居ないこの世界で、右も左もわからない俺をクレアは一生懸命支えてくれる。
 日頃の感謝を改めて口にしようとしたものの、うまく言葉が出てこず、思わず横に座るクレアの肩を抱き寄せた。

「ありがとうクレア。そう言ってもらえると頑張った甲斐かいがあるよ。これからも俺を支えてくれ」

 突然肩を抱かれて顔を真っ赤にしたクレアは、俺を見てニッコリ笑った。

「はい、もちろんです。私は一生ご主人様にお仕えしますから」

 そんな俺達を、優しい炎がいつまでも照らしていた……。


 夜営中に襲撃を受ける事は無く、十分な睡眠によって、翌朝には皆気力体力ともに充実していた。
 朝食として、固焼きパンとレモン水を全員で分け、腹ごなしもしておく。冒険者は食べられる時に食べておかないと駄目なのだ。
 探索を再開すると、いくつも回らない内に像が一体飾られている部屋に辿り着いた。
 少し豪華な台座の上に目を向けると、女性型の像が白銀色の立派な鎧を装備していた。長い時間放置されていたわりには少しも汚れていない。
 ミミックの二の舞はごめんだったので、俺は全身に電撃の魔法を帯びてから調べることにした。こうしておけば、たとえ奇襲を受けても相手に電撃を浴びせられる。
 だが俺が触ったところで像は何の反応も無く、いきなり動き出す事も無かった。安全を確認すると、像の装備を取り外して一つずつ確認していく。
 両腕を自在に動かすために肩当ての無い、胸部と背中を守る防具と、股間の正面と後ろ、そして両横を守る形の防具があった。下半身の防具の下には、赤い色のスカートがついている。
 像の背中には防具と同じ色の矢筒があり、一本の矢が収められていた。
 いきなり装備すると何が起きるかわからないので、入念に調べる。鎧の内側に毒針などが隠されていないかチェックした。
 お宝を見つけてテンションが上がっていた俺の頭に、ふと一つの疑問が浮かぶ。
 この鎧、一体誰がいつどのような目的で置いたのだろう。気にはなるが、疑問に答えられる者などこの場に居るはずもない。
 とはいえ、せっかくの装備を有効活用しないのはもったい無いので、誰かに装備させてみよう。
 この鎧のサイズからして、体格的にはディアベルかクレアのどちらかしか装備できない。シャリーだと身動き取れなくなるしね。
 二人で相談して決めてもらおうと思ったが、その必要は無かった。

「私は遠慮しておこう。今装備している鎧はまだ買ってもらったばかりだしな。それにそのサイズだと少し……その、胸部が圧迫されそうなのだ」

 申し訳無さそうにディアベルが言う。なるほど、巨乳だとこういう時に困るのか。
 ならこれはクレアが装備してっ……て、あれ? なんか凄く落ち込んでる!? ディアベルの辞退する理由を耳にしたクレアの顔から感情が抜け落ち、まるで作り物のように無表情になっていた。

「ソウデスネ。このサイズだと、ワタシにピッタリですネ」
「お、落ち込むなクレア! 君のはディアベル程ではないが、標準の大きさはあるはずだ。それに俺は大きいのも好きだが、小さいのも好きだ。要は形なんだよ。形が重要なの!」

 片言になったクレアを必死で励ましていたつもりが、なぜか白い目で見られてしまった。
 アレアレおかしいな? 期待してた反応と違うよ?
 だがめげない俺の説得が心に響いたらしく、クレアは渋々鎧を身に着けてくれた。
 やれやれ……戦闘より精神力を消耗した気がする。
 新しい鎧はクレアの体格より少し大きかったが、装備すると少し縮んでピッタリなサイズに変化した。この不思議な金属を、ディアベルは知っているようだった。

「これはミスリルだな。私が生まれる遥か前の時代には、こういった鎧が数多くあったそうだ」

 へえ~、これがミスリルか。言葉はやたら耳にするが、見るのは当然初めてだ。
 しかし……ディアベルが生まれる前ね。そう言えばディアベルの年齢って聞いてなかったな。

「ディアベルは今何歳なの?」
「私か? 私は今年で二百歳になる。ダークエルフとしてはまだまだ若輩者じゃくはいものだ」

 二百歳で若輩者ですか。まあ長命種だからそれぐらいかもと思っていたが、やはり俺より遥かに年上な訳だな。
 ディアベルねえさんと呼んだ方が良いだろうか……いや、それより今はクレアの装備だ。
 白銀色に輝く鎧を装備したクレアは、まるで騎士のように凛々りりしかった。太ももまで覆う赤いスカートがヒラヒラして女の子らしさも強調され、可愛さも兼ね揃えている。

「お姉ちゃんかっこいい~」
「うむ、よく似合っているなクレア」
「あ、ありがとうございます」

 シャリーやディアベルに褒められて照れているクレアは可愛かった。
 次に武器を試してみる。矢筒を背中に装備して、試しに一本だけある矢を抜いてみた。
 クレアが弓をつがえている間に、既に別の矢が矢筒に現れていた。どうやら魔法のアイテムらしい。
 クレアに聞いてみると、少し魔力を消耗した感覚があったそうだ。つまりこれは、魔力が続く限り無限に矢を放てる魔法の矢筒という訳だ。凄いアイテムを手に入れたかもしれない。
 弓兵最大の弱点である弾数制限が解消されるのだ。クレアにとってこれほどありがたい装備は無いだろう。
 矢自体にも特殊な能力があるらしく、四つの攻撃パターンが確認された。
 まず普通に飛んで突き刺さる、通常の矢と同じ攻撃。
 違う方向に矢を射ても軌道が変化して目標に突き刺さる攻撃。まるで誘導ミサイルみたいだな。
 少し多めに魔力を消費して、着弾時に小爆発を起こす攻撃。俺の爆発魔法ほどではないが、敵の体勢を崩したりするには十分な威力だろう。
 最後に、矢を番えるときにより多くの魔力を消耗して、矢の本数を増やす攻撃だ。矢の軌道は通常どおりで変化もしなければ爆発も無かった。
 これで後衛の攻撃力が大幅に向上したな。シャリーの腕輪といいクレアの装備といい、今回のダンジョンは大当たりかもしれない。


 探索を再開しよう。クレアがこれまで使っていた鎧は持ち運びに手間がかかるため、この場に捨てて行くしかなかった。
 クレアの汗や体臭が染み込んだ鎧だ。写真はないが、似顔絵付きで装備屋に買い取らせたら高く売れたかもしれないな。
 当然そんな事を言えば、絶対零度より冷たい目で見られるのがオチなので口にしない。
 大通りの右側に残された部屋はあと十程だろうか。このまま戦闘も無くお宝だけ見つけられれば最高だったんだが、世の中そんなに甘くなかった。
 最後の部屋に敵の反応が出現した。しかも大きさがおかしい。敵を示す赤い光点が部屋いっぱいに広がっているのだ。
 今まで探索してきた部屋は、平均して十畳ぐらいの広さがあった。そこを全部使うぐらい大きな魔物って、どんな奴だ?
 そもそも唯一の出入口であるドアは人間が出入りできるサイズでしかない。仮にドアを開けたとしても外に出られないだろう。
 出来れば無視して行きたいが、この部屋にもアイテムが隠されている可能性は十分にある。覚悟を決めてドアを開ける事にした。
 万が一の奇襲に備え、皆には距離を取らせておく。一気に全滅という事態は避けたいからな。
 ドアに耳をくっつけて中の様子を窺う。唸り声も足音も聞こえないし、何かが動いているようには思えなかった。
 こうしていてもらちが明かないので、よし! と気合きあいを入れてドアを開けた瞬間、中から粘り気のある水がドッと大量に噴出してきた。
 水はドアに手をかけていた俺の手足に絡みつく。これは……水じゃない! スライムだ!
 スライムはあっという間に俺の全身を呑み込み、俺を部屋の中に引きずり込んだ。
 口と鼻を塞がれて息ができない!

「ガボッ!」

 全身に焼きつくような痛みが走り、目を開けていられなくなる。これは獲物を溶かそうとしているのか!?
 手足をバタバタと動かしてもがいてみるが、完全に体内に取り込まれてしまったらしく、手足を引っ掛ける場所も無い。
 激痛と酸素不足で意識が朦朧もうろうとするなか、最後の気力を振り絞って魔法のイメージを固めていく。これが駄目なら、もう俺に抵抗する手段は無い。
 意識が途切れる直前、体中の魔力をかき集めて全力で電撃の魔法を放った。
 強力な電撃を喰らったスライムは瞬時に絶命、蒸発し、投げ出された俺は地面を転がった。

「がはっ! げえぇっ! げほっ!」

 激しく咳き込んで喉の奥のスライムを吐き出す。
 鼻の穴までスライムが入って気持ち悪いなんてものじゃない。耳や目も痛みが引かないし、回復魔法とスキルの恩恵が無ければこれで戦闘不能になってたところだ。
 本当に危なかった。危うくダンジョンの奥地で溺死できしするところだった。
 デュラハンと戦った時よりヤバかったかもしれない。ディアベルの水の精霊を見せてもらった時、相手を窒息させる攻撃は危ないと認識していたのに、完全に油断していた。

「ご主人様!」
「主殿!」
「ごしゅじんさま~!」

 一部が蒸発し、残りが部屋の外に流出したスライムの代わりに、皆が駆けつけてきた。
 スライムまみれの俺を抱き上げようとするクレア達を手で制し、回復魔法で自ら傷を癒していく。
 かなり心配かけてしまった……もっと慎重に行動しなくては。
 俺だからどうにか対処できたが、他の誰かが呑み込まれていたらと思うとゾッとする。
 スライムが居なくなった部屋には、輝く大きな魔石が落ちていた。その奥にはボロボロの宝箱があり、中から一振りの短剣を発見した。これは、死にかけた甲斐があったのか?
 短剣はなかなか立派な作りだった。派手ではないが実用性のあるデザインで、あまり武器に詳しくない俺でも、特別な力を感じられる。
 鞘から取り出してみると、刀身には傷一つない。誰にも使われず長い年月ここにあったのだろう。
 軽く振ってみると、驚いた事に意図した剣速より速い。本気で振ると、普段の倍ぐらいの速さが出た。どうやらこの短剣には、剣速を増加させる付与魔法がついているようだ。
 俺にはやや短いので、これはディアベルに持たせる事にした。

「良いのか主殿? 私は今の剣でも問題ないが」
「ディアベルも、接近された時の備えをしておくべきだ。ゴールドランクの敵に接近されたら、今のままでは恐らく数合も持たないだろうから」

 俺の説明に納得してくれたのか、ディアベルは新しい剣を受け取った。
 あとは、今倒したスライムでレベルアップしたので、ステータスを確認しよう。


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