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1巻
1-1
しおりを挟む年末で街中が騒がしく浮かれている中、俺だけが沈んだ顔をしていた。
俺こと真田信重は今年で三十ちょうどになる、若くはないが中年と言われるには少し早い年齢だ。
苗字がたまたま真田だったので、歴史好きな親に、字こそ違うが有名戦国武将と同じ名前をつけられた。完全に名前負けしてるが。
そんな俺が勤めているのは体育会系の企業で、頻繁に飲み会をやってるようなところだった。
今年の忘年会も他の社員が飲めや歌えの馬鹿騒ぎをしてるのを横目に見ながら、俺は一人ちびちびと酒を飲み、場になじめずに隅の方で小さくなっていた。
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、部長が「何か一発芸をやれ」と無茶ぶりしてきた。
普段から趣味といえば漫画や小説、アニメやゲームという自他共に認めるオタクな俺に対して、何を言うんだと思った。
しかし、逆らったり断ったりしたら雰囲気を悪くするのが目に見えていたため、何をするか必死で考えた。
結局何も思いつかなかったので、ちょっと前にテレビで見た流行の歌を歌ってやり過ごすことにした。
当然のごとく面白くも何とも無い。そもそも芸ですらないので、周囲は残念な奴を見る目を俺に向け、白けきった。
こうなるのがわかっていてやらせたんだろうな、と思いつつ部長の顔を見てみると、人をさらし者にした事で気が晴れたのか、ムカつく笑みを浮かべてこっちを見ていた。
糞が! なんで俺がこんな目に遭うんだ。
忘年会がお開きになり、仲の良い者同士で帰路につく連中を横目で見ながら、俺は足早にその場を離れた。
あいつらの幸せそうな顔を見ていると、訳のわからない敗北感が湧いてくる。叫び出したくなるのをこらえながら、俺は歩き続けた。
気分転換にヤケ酒でも飲もうとコンビニでビールとつまみを買って、我が家である安アパートを目指す。
缶ビールを開けてグビグビやりながら、宝くじでも当たらないかなと、くだらない妄想をしていた。
その時、妙な浮遊感があり足元の地面が消えた。
酒が入っていたから気がつかなかったのか、いつも歩いていた道にあるマンホールの蓋が無かったのだ。
「え」
吸い込まれるように穴に落ち、そこで意識が途絶えた。
……気がつくと、俺は六畳ほどの広さの部屋にいた。扉も窓も蛍光灯も無いが明るい。
生活感が無く、まるで宇宙船のような部屋だった。
状況が理解できなかったので、とりあえず出口は無いのか調べようとしたら、突然女性の声が聞こえてきた。
「ようこそ。ここは転生の部屋です」
「は?」
何を言ってるんだ? 転生? ラノベでよくあるアレの事か。てことは俺は死んだのか?
「疑問に思うのは当然ですが、まず、以前のあなたは死んだと思ってください。そして転生するチャンスを得たという事実を受け止めてください」
マジか。まさか自分がこんな目に遭うとは。たまにそんな妄想をしたことはあるが、現実化するとは思わなかった。
それにしても、マンホールに落ちて死ぬとか間抜け過ぎる死に方だな。
「あなたが落ちたのはただのマンホールではありません。世界には何ヶ所か、下位世界に繋がる穴が存在します。あなたはその内のひとつに落ちたのです」
「下位世界?」
よくわからない単語が出てきたな。
「簡単に説明します。世界とはいくつかの階層に分かれているのです。あなたの住んでいる世界にも稀に世界的な天才が生まれるでしょう? ああいった人間は上位世界から落ちてきた転生者なのです」
てことは、歴史を変えた発明家や政治家、軍人や芸術家などの人間は転生者だったって事なのか。あいつらチートだったのかよ。ズルイな。
「もちろん全員ではありません。その一部がです。彼ら上位世界の人間が下位世界に転生する時、望む環境やスキルを与えられます。あなたの場合も下位世界に落ちたので、それらの能力を得ることが出来ます。何を望みますか?」
いきなり言われて戸惑ったが、行きたい世界なら決まっている。
「当然、剣と魔法のファンタジー世界だ」
そこで無双できたら最高だろう。
「検索中……少々お待ちください。……一件該当あり。あなたの希望に合致した世界に、アーカディアという世界があります。人間、亜人、魔族から魔物と呼ばれる存在までが活動しています。文明レベルは現代の地球から千年ほど後れています。政情は安定している国と不安定な国が半々といったところです。ここにしますか?」
「そこでいい」
ひとつしかないなら決めるしかないだろう。
「話が早くて助かります。次に希望のスキルを設定します。ステータスには基本である『筋力』『知力』『幸運』の項目があり、それぞれ攻撃力や防御力、魔力といった値に影響があります。今のあなたのステータスはこれです」
その言葉と同時に、目の前の何も無い空間にステータス画面が表示される。
まるでエロゲーのメッセージウインドウみたいだなと思いつつ、ちょっとワクワクしながら確認してみた。
●名前未定:レベル1
HP 18/18
MP 8/8
筋力:レベル1
知力:レベル1
幸運:レベル1
▼所持スキル
なし
うん、低いな。それにしてもまんま某国民的RPGじゃないか。
あのゲームを作った人はひょっとして……いや、やめておこう。
「次に希望するスキルを選んでください。最初に選べるのは以下のどれかです」
『HPアップ』『MPアップ』『筋力アップ』『知力アップ』『幸運アップ』『経験値アップ』と出た。
「少ないな」
「最初ですから。熟練度が上がると派生スキルを獲得できる事があります。また、レベルが上がると獲得できるようになるスキルもあります。最初に選べるのはひとつだけです。どれにしますか?」
どうするべきか?
身の安全を考えるなら攻撃や防御を上げるべきだろうが、ひとつだけ毛色の違う『経験値アップ』というのが気になった。
「レベルに上限とかあるのか?」
「ありません。やり方次第でいくらでも強くなることが可能です」
なら決まりだな。最初は厳しいだろうが、時間が経つにつれ有利になるだろう。
「経験値アップにする」
「わかりました。スキルを付与します」
●名前未定:レベル1
HP 18/18
MP 8/8
筋力:レベル1
知力:レベル1
幸運:レベル1
▼所持スキル
『経験値アップ:レベル1』
てことは、スキルにもレベルが存在するのか。
「次に、転生する環境を選んでください。貴族か平民か、裕福か貧乏か。生まれたての状態からスタートするか、あらかじめ成長した状態でスタートするか。ちなみに種族は人間以外に選べません」
ちょっとがっかり。エルフとかの美形になってみたかったんだけど。
「環境によって何か違いがあるのか?」
「不利な環境を選ぶと特典がつきます」
何ソレ。すごい気になる。
「どんな特典なんだ?」
「秘密です」
何でもかんでも教えてくれる訳じゃないらしい。
「じゃあ家族は必要ない。歳は十五歳で。レベルの上げやすい環境にしてくれ」
今更見ず知らずの人間をお父さんお母さんと呼ぶのも気が引けるし、子供からやり直すのも面倒くさい。
「名前は何にしますか?」
日本人の名前だと違和感ありそうだしな。下手に目立つのもなんだし……。
「エストで」
愛車だったバイクから取ってやった。何かあれば偽名を名乗ればいいだろう。
「わかりました。以上で終了です。最後に何か質問はありますか?」
色々とあっさりしすぎだと思ったが、どうしても気になることがひとつあった。
「なあ、あんたは神様なのか?」
「いいえ、私は世界間に組み込まれたシステムです。各世界には神と呼ばれる管理者が存在しますが、私は違います。それでは新たな人生を楽しんでください」
その言葉を最後に視界は光に溢れ、何も見えなくなった。
‡
視界を埋め尽くす真っ白い光が次第に収まっていく。恐る恐る目を開けた俺は、濃密な自然の空気で溢れる森の中に居た。
慌てて自分の体を確認してみると、少し身長が低くなってるのか目線がいつもより低い。
服装もさっきまでとは違い、革で出来た服と厚手のローブをまとっていて、腰には短剣を装備している。
顔を撫でてみると凹凸は普段と変わらない気がするので、顔の形は変わってないようだ。鏡がないので今は見れないが、水辺でもあれば確認してみよう。
次に、本当にステータスが表示されるのか試してみる。
口に出さずに「ステータス」と念じてみると、ステータスが眼前に表示された。
●エスト:レベル1
HP 18/18
MP 8/8
筋力:レベル1
知力:レベル1
幸運:レベル1
▼所持スキル
『経験値アップ:レベル1』
よし。お次は所持品の確認だ。
腰には麻袋のような物がぶら提げられていて、その中には銅や銀の貨幣が何枚か入っていた。
まだこの世界の物価がわからないので、大金なのか小銭なのかの判断もつかない。
後は干し肉と水の入った袋。飢え死にする心配はしばらく無さそうだった。
袋に石を詰めて何処まで入るか試したが、見た目通りの袋のようで、無限に入るアイテムボックス的なものではないらしい。
このへんは別のスキルやアイテムでカバーするのかな?
ま、いいか。とにかく新しい人生が始まったんだ。色んな事を試して楽しんでやろう。
まずは拠点となるべき場所を探さないとな。
このまま森を突っ切って行けば道くらいあるだろうと、俺は気楽に歩き始めた。
‡
最初の拠点ぐらい簡単に見つかる……と思っていた時期もありました。が、行けども行けども道なんて見えてこないし動物もいない。
魔物の姿も見えない。レベルの上げやすい場所を希望したのにどうなってるんだ。
ゲームの序盤では大概目の前に街なり村なりあるんだが、そんな物は影も形も見えてこない。
最初のワクワクした気持ちなどとっくに無くなり、次第に疲労が溜まってきた。
「腹……減ったな」
いい加減疲れたので,木に寄りかかって休憩にする事にした。袋から干し肉を取り出し、噛み千切りながら水を飲む。
味は良くないけど文句を言っても仕方が無い。次にいつ食料と水が手に入るかわからないから、なるべく節約しないと。
出発しようと思って腰を上げかけたその時、ふいに背後の茂みからガサガサという音が聞こえてきた。警戒して俺は姿勢を低くする。
音が段々近づいてきて間近まで迫った瞬間、茂みの中から突如として、人の頭ほどの大きさの粘液の塊がこっち目掛けて飛んできた。
「うわっと!」
顔面に当たりそうになるのを慌ててかわして距離を取る。
明確な殺意をもって攻撃された。敵だ。
初めての実戦に体が震え出す。前世では小学生の時に喧嘩したことがあるくらいで、格闘技の練習はおろか実戦など全く経験が無い。
震える手で短剣を腰の鞘から抜き放ち、襲い掛かってきた粘液の塊に向けて構える。剣の使い方なんか知らないけど、ぶっつけ本番でやるしかない。
「うわー……なにコレ」
これがスライムってやつかな? 緑色で可愛さの欠片も無い。
中心には核と思われる、赤い石みたいなのがある。たぶんアレを破壊すれば死ぬんだろう。そして恐らく周りの緑色の部分に触れると、服が溶けてしまうんだろうな。
でも俺は女騎士でも何でもないし、そんな場面になっても誰得なんだって感じだが。
気合を入れてじっと見ると、相手のステータスが表示された。
『スライム:レベル1』
おいおい、名前とレベルしかわからないのか!
でも俺とレベルが同じなら何とかなるかもしれない。怖くはあったが、俺は覚悟を決めて力任せに切りかかった。
特に回避行動もとらないスライムの体に、吸い込まれるように剣の切っ先がめり込む。
核の部分を狙ったのだが、思うように振ることができず、粘液の部分に当たっただけだ。
俺の攻撃に驚いたスライムは跳び上がって反撃してきた。避けようとしたが肩の辺りに直撃を受けて吹っ飛ばされる。
「ぐぁっ!」
甘く見ていた。よくよく考えてみると、こいつと同じぐらいの大きさのバケツに水を入れて人にぶつければ、その人は大怪我してしまうだろう。
幸い当たったのは左肩で、剣を持つ利き腕ではない。多少痺れているがまだ戦える。
急いで体を起こして立ち上がろうとするも、その間にスライムが再び突撃してきた。
慌てた俺は冷静さを完全に無くして滅茶苦茶に剣を振るった。もう狙いも何もあったもんじゃない。
目を閉じて剣を振り回すと、ガキッという音がして、硬い手ごたえと共に何かが砕ける感触があった。
急に力を無くして足元にぼとりと落ちたスライムを確認すると、どうやら俺の剣が偶然にも核を砕いたようだった。
「はぁ~……危なかった……」
何とか生き残った事に安心したら、腰から力が抜けてその場に座り込んでしまった。すると突然目の前にステータスが表示された。
●エスト:レベル2
HP 24/24
MP 12/12
筋力:レベル1
知力:レベル1
幸運:レベル1
▼所持スキル
『経験値アップ:レベル1』『剣術:レベル1』
スライム一匹倒しただけでレベルアップしたのか。しかも剣術スキルってのが新たに付与されている。
これがどんな剣にも通用する汎用性のあるスキルならいいんだが、それは別の武器を手に入れてから確認しよう。
HPとMPが増えているので少しは身体能力が上がったみたいだけど、まるで実感が無い。
筋力と知力のレベルには変化が無いので、微々たる変化なんだろうか?
それより気になったのはHPとMPが全快した事だ。どうやらレベルが上がると回復するらしい。
これなら多少無茶な戦い方をしても死ぬ確率は下がりそうだ。
ギリギリで強敵を倒しても生きて帰れなくなる……という状況は、レベルアップさえすれば回避できる可能性が高い。
自分の状態を色々確かめた後改めてスライムの残骸を見てみると、核だけを残して粘液は地面に染み込んでしまったようだった。
この現象が全ての魔物に共通するのか気になるところだ。
価値があるかどうかわからないが、核だけを拾って道具袋に入れておく。ひょっとしたら取引に使えるかもしれないしな。
「よし、行くか」
さっきのはかなり情けない戦いだったと自分でも思うが、とりあえず初戦闘はこなした。この調子でレベルアップを目指そう。
とりあえずは森を抜けないといけない。俺は革袋を背負い直し、再び歩き始めた。
戦闘のゴタゴタでどっちから歩いてきたのかわからなくなってしまったので、とりあえず真っ直ぐ進む事にした。
その途中さっきと同じタイプのスライムに二度ほど遭遇して、何とか撃破に成功したら、またレベルが上がった。ステータスが表示される。
●エスト:レベル3
HP 31/31
MP 18/18
筋力:レベル1
知力:レベル1
幸運:レベル1
▼所持スキル
『経験値アップ:レベル1』『剣術:レベル1』
新たなスキルを獲得できます。次の中から選んでください。
『HPアップ』
『MPアップ』
『筋力アップ』
『知力アップ』
『幸運アップ』
新しいスキルは覚えられるが、今所持しているスキルを次の段階に上げるには、まだレベルが足りないのかもしれない。
ここは利便性を高めたいから知力アップかな? 道具作りもできるようになるかもしれないし。
てことで『知力アップ』を獲得することにすると、メッセージが追加で表示された。
『「知力アップ:レベル1」を獲得しました。特典として「マッピング:レベル1」のスキルを獲得しました』
「おぉ!?」
マジか! やっぱり知力を上げて正解だった。
しかし特典というのは転生時に説明されたアレか? それとも単純に知力アップの影響なのか、いまいち獲得条件がわからないが、今回は素直に喜んでおこう。
さっそく頭の中で「マップ」と念じると、眼前に周辺の地図が表示された。
あまり範囲は広くない。この縮尺だと半径二百メートルほどだろうか。
中心にある青い丸が自分らしく、少し離れた所に赤く点滅する丸がいくつかある。たぶん敵だろう。
そしてもっとも気になったのが、地図の端っこのほうで点滅する黄色の丸だ。これ、ひょっとして建物じゃないのか?
建物があればそこを拠点に出来るかもしれない。今のままだと外でローブに包まって寝るしかないしな。
そうと決まれば黄色の丸を目指そう。マップを見て直進すればいいだけだ。
草をかき分け、行く手を遮る木や岩をよじ登り意地でも直進して行く。
迂回すればいいのかもしれないが、一度見失うと消えてしまうような恐怖に襲われ、遠回りなどする気になれなかった。
そんな努力の甲斐あって、しばらくすると汚らしい小屋が見えてきた。
崩れてはいないものの、かなりボロい。屋根があるだけましか。
それ以上に助かったのが裏手に川があったことだ。これで飲料水の心配をしなくてすむ。
鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、小屋の中には囲炉裏と鉄製の鍋、後は火打石らしきものがあった。
これで食べ物を煮たり焼いたり出来るようになる。
小屋の広さも二~三人なら寝泊りできそうなスペースがあるので、窮屈な思いはしなくてすみそうだ。
「これで一安心だな」
0
書籍第1~4巻が発売中です。
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杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
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