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第397話 決着 そして

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スキルの影響で、体の負傷は徐々に回復しつつある。右腕やわき腹の傷口はまだ開いたままだが、既に血は止まっているので完治も時間の問題だろう。俺は痛む体を引きずりながら、倒れたドランの近くにある白と黒の指輪の回収に向かった。

「もう……大丈夫そうだな」

黒の指輪からは、さっきまで気持ち悪いほど溢れていた瘴気が全く感じられない。それは白の指輪も同様で、二つとも何の変哲もない指輪にしか見えなかった。二つの指輪を指にはめ、気絶したままのドランを拾い上げた後クレア達の下へ歩み寄る。そして回復したばかりの魔力を使って範囲指定の回復魔法を全開で使用した。

「ん……」
「主殿……?」
「あいたたた……」
「ごしゅじんさま?」
「グア?」

分身体との戦いで負ったダメージが回復すると、クレア達が次々と目を覚ます。それを見た俺はホッと一息ついてしまった。今回は本当にギリギリの戦いだった。無限に再生する相手に、よく諦めずに攻撃を続けてくれたと思う。彼女達が分身体を止めてくれなければ本体を封印する事など不可能だったろう。中でもドランの活躍には驚かされた。彼の決死の行動が無ければ、今頃全員死体になっていてもおかしくなかったからだ。帰ったら美味い肉をたらふく食わせてやるとしよう。

「魔王……死んだんですね」
「ああ。何とか勝てたよ。奴にも言い分はあったんだろうが、負けてやるわけにはいかなかったしな」
「そうですか……」

物言わぬ屍となったネメシスを横目でチラリと見て、俺の言葉に心底安堵するクレア達。彼女達にとってはお伽話の中の存在である魔王と直接戦うと言うのは、異世界出身の俺に想像も出来ないプレッシャーを与えていたに違いない。子供の頃から植え付けられた魔王=恐怖の対象と図式は、そう簡単には変わらないはずだ。

「とりあえずみんなお疲れ。みんなのおかげで勝てたよ。傷が癒えたらさっさと帰ろうか」
『はい!』

元気いっぱい返事をする彼女達に笑いかけ、俺達は帰る準備に取り掛かった。

------

その頃、世界各地では邪神の力の影響下にある魔族や魔物、ドラゴン達に異変が起きていた。人間との戦いでは多くの魔物が本来持っている能力以上の力を発揮して連合軍を大いに苦しめていたのだが、それらの存在は急に薬が切れたように弱体化して動きが緩慢になっていった。リムリック率いる連合軍は何度目かになる魔王軍との戦いの最中、急に敵が脆くなり雪崩を打つように潰走し始めた事に驚いていた。突然の変化に戸惑う側近が、馬上のリムリック王子に問いかける。

「王子!これはいったい……?」
「理由はわからんが……恐らくエストが何かやってくれたんだろう。そうとしか考えられん! 皆の者!勇者が邪神を仕留めてくれたぞ! もはや我等の勝利は揺るぎない! ここで魔族共を一気に打ち破るぞ!」
『おおー!』

本当に邪神が倒れているかどうかなど、リムリックにわかる訳がない。ただのハッタリだ。だがこの場合、兵の士気を上げて敵を打ち破るには、このハッタリは一番効果的な方法だった。リムリックの言葉に乗せられて、疲労の色を浮かべていた兵士達の顔に生気が戻る。それどころか傷ついた自らの体に鞭を入れ、武器を片手に我先にと駆け出したのだ。

少なくとも互角の戦いを演じていた魔王軍が急激に弱体化し、総崩れとなった状態に指揮官のランスは歯をむき出しにして悔しがる。そのランス自身も、自らにみなぎっていた力が少しずつ抜けていくのを感じていたのだ。

「なぜだ! なぜ急にこんな事になる!? あと一息、あと一息で押し切れたものを!」

前線で面白いように狩られて行く魔物の群れ。勢いに乗る連合軍の攻撃は熾烈を極め。もはや状況は覆せそうにない。そうこうしている内に後方に居る魔族にまで被害が出始めて、このまま戦えば絶滅は免れないような状態になっていた。もはやこれまで。これ以上踏み留まると再起する力も無くなる。そう即座に判断し、ランスは全軍に撤退命令を下した。

「引けー! 引くのだ! ここは引いて次の機会をうかがうのだ! 我らが魔族の悲願の為に、ここは生き長らえろ!」

その言葉に反応し、一斉に身を翻す魔族達。魔物共には死ぬまでその場で戦うように指示して、彼等は戦場から退却を開始した。そんな状況はランスの率いる軍だけには留まらなかった。ブレイドが率いる予定だった一軍を束ねる指揮官達は、絶対的に強権を発動できるブレイドが居ない事が仇となり撤退か抗戦かを議論している間に逃げる機会を失うと、リオグランドを中心としたフォルザ率いる連合軍に撃破されてしまった。

もう一人居た四天王の生き残り、フューリの率いる軍も厳しい状況に立たされていた。彼女の率いる一軍は、彼女を中心とした魔導兵団の攻撃によりバックス王リギンを大いに苦しめ、バックスの王都に攻撃を仕掛けている最中に突然の異変に襲われていたのだ。

城壁へと取りついていた小型の魔物が、敵の攻撃を受けた訳でもないのに地面へと落ちていく。城門に炎を浴びせていたキメラが突然動きを止め、ドワーフ達の放ったバリスタの餌食になる。投石途中のゴーレムは突然力を失い、味方である魔物の群れの頭上に大岩を投げ捨てる有り様だ。その突然の変化に目を剥いたフューリは、四天王随一のその頭脳で邪神が倒れた事を素早く理解していた。

「この力の喪失感は……我等の力の源である邪神が倒れたか封印されたかのどちらかと考えるのが自然だろうな。場合によっては魔王様も無事では無いかも知れん。ならば我等の取るべき方法はただ一つ、一人でも多くの魔族を本国に帰還させ、再起の時を待つのみだ。魔物共! 命果てるまで戦い続けろ! 魔族はこれより撤退を開始する! 命が惜しければ駆け続けよ!」

彼女の指示によって、捨て石にされた魔物共は不満を抱く事すら許されずに攻撃を続行する。魔物の統率に関しては開戦前から専門的に行っていた彼女だからこそ出来る、死を強要する絶対的な命令だった。

「むう!? 敵が引いていきよる! さてはエストが何かやったのか!?」

城門の上で他のドワーフと共に斧を振り回していたリギンは急に引いて行く魔族の姿を目にすると、咄嗟に後方に居る味方を振り返った。そこには連日の戦いで疲弊し、傷つき倒れた多くの味方が疲れた目でこちらを見ていた。

「……追撃は無理か。出来ればここで叩いておきたかったが、今はその余力がない。街が落ちなかっただけマシと思うべきだな」

千載一遇のチャンスを逃し、悔し気に唇を噛みしめるリギン。しかしすぐに気持ちを切り替えた彼は、再び手近な場所に居た魔物に襲いかかるのだった。
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