ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第396話 戦う理由

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「勇者よ、お前に我等魔族の苦しさがわかるか? 数千年前に先祖が負けたと言うだけで、ろくに作物も育たない大陸の隅に追いやられ、生きるために仲間を間引く事すらあったんだ。そんな我らが豊かな土地を求める事は、不自然ではあるまい?」

振り下ろされる斬撃を辛うじて剣で受け止めたが、即座に蹴りを入れられて吹き飛ばされる。地面を転がりながら何とか体勢を整え、反撃の機会をうかがう。そこに迫るネメシスの大剣から放たれる衝撃波。剣で切り裂こうとしたが、衝撃波は二つに分かれて俺の体にぶち当たっただけだった。

「我等魔族は何度も救いを求めたのだぞ。子供が飢えないために、恥を忍んで友好的な取引を持ち掛けても、魔族と言うだけで門前払いだ。それどころか魔族は地上から消さねばならないと言う輩まで多数存在する。そんな人族に恨みを抱くのは、そんなに悪い事か?」

横薙ぎの一撃を躱しそこなって脇腹に直撃し、鎧ごと肉を抉られた。苦痛の叫びを歯を食いしばる事でなんとか堪え、ネメシスの首を狙って剣を突き出す。しかし俺の一撃はあっさりと受け止められ、腹部に猛烈な蹴りを受けて吹き飛ばされた。

「がはっ! ごほっ……!」

無様に地面を転がり口から血と涎を撒き散らす。内臓のダメージが酷いのか、さっきから吐き気が酷い。そんな俺の様子など気にもしていないのか、ネメシスは一方的に話を続けながら攻撃を続けてくる。こいつは俺の返事なんか最初から聞く気が無いのだ。

「だから我等は力ずくで奪う事にしたのだ。邪神を復活させずに邪神から溢れ出る力だけを利用し、長い時間をかけて戦力を整えた。今回こそ我等の悲願が達成できる……豊かな大地を得て何不自由なく暮らせる事が出来る……そう思っていた。それを、貴様のつまらん企みで全てが水の泡だ!」
「ぐあっ!」

首を狩りとるような勢いで放たれる蹴りを咄嗟に左腕でガードしたが、腕から鈍い音がして激痛が広がる。ネメシスの蹴りは俺の腕を蹴り折った後も振り抜かれ、俺の側頭部へと叩き込まれた。一瞬意識が飛んだ後、気がつくと地面にうつぶせで倒れていた。すぐ近くにはクレア達が倒れたままだ。その姿を目にした俺は、諦めて脱力してしまいたい誘惑に必死に抗い、痛む体に鞭打ってその場に立ちあがる。

「……勇者よ。死ぬ前に、我等魔族に詫びる気はあるか?」
「……か」
「なに?」

痛みに顔をしかめながら、俺の言葉を聞き取れずに怪訝な顔をするネメシスを気合を入れて睨み付ける。さっきから好き放題やりやがって。こいつの一方的な言い分にもいい加減腹が立って限界だ。

「そんな事俺が知るか! 謝る事なんか何一つない! 俺は自分と仲間の平穏の為に戦ってるんだよ! お前等の歴史だの昔の戦争だの知った事か! 関係ないんだよ! お前等が俺の生活圏にちょっかいを出して来た、だから戦う! 俺が戦う理由なんてそれだけだ馬鹿野郎!!」
「ふ、ふさげてるのか……?」
「大まじめだ! 世界の平和とか御大層な事は一度も考えた事無いんだ俺は! 俺の目的は俺と仲間の障害になる奴を排除する、ただそれだけだ! 世界を救うってのは、あくまでもついでだ! お前等は人族の未来の為に倒されるんじゃない! 俺の生活の為に倒されるんだ!」

あまりと言えばあまりな理由を耳にして、ネメシスは武器を構えるのも忘れ呆然としていた。奴は奴なりに苦労してきたのはわかる。貧しい土地に徘徊する魔物。力こそ正義と言う考えに凝り固まった魔族達。必死で知恵を絞った打開策が南下だったと言うのも理解できる。だが、だから何だと言うのだ? 魔族が前の戦争の結果厳しい状況に立たされたことなど、今生きている人々には何の関係も無い。ただ平和に暮らして来た人々にとって、こいつ等は突然襲い掛かって来た侵略者でしかないのだ。そんな奴等に謝る理由などこれっぽっちもない。

「……おのれ……おのれ!! ふざけおって! その耳障りな減らず口が二度と叩けんように、仲間もろとも地上から消し去ってやろう!」

激怒したネメシスの全身から膨大な魔力が溢れる。赤い燐光を体から発しながら、奴はゆっくりと武器を持たない左腕を俺達が居る方向へと向ける。初めて見る魔法だが、初見でもあれがとんでもない威力を持っているのは簡単に想像できた。正に絶体絶命。この状況から逆転出来る要素は皆無に思えたが、俺はある一つの方法を思いついていた。体のダメージは激しく、まともに武器を振るっても通用しそうにない。幸い魔力はほんの少しだけ回復してきているので転移一回分ぐらいにはなるだろう。正直言って無茶な方法だったが、他に上手い手が思いつかないのだからしょうがない。覚悟を決めてやるだけだ。

「死ぬがいい」

冷たく死刑宣告してくるネメシスの眼前から消えた俺は、倒れ込んだままのディアベルのすぐ真横に転移した。

「むっ!?」

この期に及んで悪あがきをする俺を警戒するネメシス。だが俺にはその一瞬で十分だった。ディアベルの腰にささったままのケルケイオンを素早く抜き取り、ネメシスに対して全力で照射する。光を浴びせた対象の魔力の循環を阻害する魔法の杖、ケルケイオン。これが俺の切り札だ。杖の効果を知らないネメシスが咄嗟に身を守ろうとしたが、光は奴の全身を容赦なく包み込む。すると放たれる直前だった奴の魔力が暴走し、直後奴の体が内側から大爆発を起こした。

奴の左腕が吹き飛んで壁に張り付き、奇妙なオブジェを作りだす。左の肩から先が吹き飛んだネメシスは、傷口から大量の血液を溢れさせ今にも倒れる寸前だ。だが魔王としての矜持がそうさせるのだろうか、奴は唇を牙で破り流血しながらも、立ったまま俺を睨みつけていた。

「き……さ……ま……」

俺は走った。体に残された力を全て使い果たしながら走った。今の状態で武器は振るえない。だが俺には残された武器がたった一つだけある。それを使うためにネメシスの懐に飛び込む必要があった。後の事など考えず、俺は残された魔力を全てバリエの鎧に注ぎ込む。俺の魔力に反応した鎧が赤く発光し、俺に力を与えてくれる。

「……!」

急激に走る速度を上げた俺は、あっという間にネメシスのすぐ目の前に辿り着く。そんな俺に対して、立っているのも辛いはずのネメシスが歯を食いしばって剣を振り下ろして来た。だが今これを避ければ後がない。覚悟を決め、まだ動く右手でその一撃を受け止めた。籠手を砕き肉を裂いたネメシスの剣は、俺の骨も断ち切ろうと力を加えてくる。だが俺は痛みを無視して、腕の中ほどまで食い込んだ剣を強引に払い除けてネメシスの懐に飛び込むと、その喉笛に食らいついた。

そう、喰らいついたのだ。武器を持たない俺が唯一武器として使える部位、歯だ。歯も折れよとばかりに全力で噛みつくと、ネメシスの喉から溢れた血液が俺の口の中いっぱいに広がっていく。だが俺はそれを無視して地面を蹴り上げ、噛みついた場所を起点に体を回転させた。所謂デスロールだ。鰐は獲物に食らいついた後体を回転させ、獲物の体を食いちぎると言う。俺が咄嗟に取った方法もそれだった。

肉に食い込んだ歯がブチブチと音を立てて抜けていく感覚がある。鰐と違い人間の歯はそこまで便利に出来ていないので、こんな事をすれば当然歯や顎の方が耐えられなくなるだろう。だがそれでも俺には他に方法が無かった。何本かの歯を喉に食い込ませたままネメシスの喉笛を食いちぎった俺は、一回転した勢いで地面に投げ出される。

「かっ……ぐうっ……!」

それと同時に凄まじい激痛が襲いかかって来た。腕や口から出血が止まらない。叫び出したくなるのを我慢しながらネメシスを見ると、奴は喉から大量に出血させ、俺の方に一歩、また一歩と近寄ってこようとしていた。だがそれにも限界が来たのだろう。出血多量か、それとも酸欠なのか、理由はわからないが、ネメシスは恨みがましい目つきで俺を睨みながらその場に崩れ落ちた。

荒い息を吐きながらしばらくネメシスを見ていたが、何も反応が無い。恐る恐る近づいて奴の顔を覗き込んで見ると、両目から生気が失われ、完全に死んでいるのが確認できた。

……俺の勝ちだ。
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