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第391話 正体

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長くて暗い階段を慎重に下へ下へと降りている途中、俺達は城全体が鳴動している様な揺れを感知した。不安定な場所での事だったで咄嗟に全員しゃがみ込み、揺れが収まるのを待つ。地震かと思って身構えたものの揺れは一瞬で収まったため、俺達は探索を再開した。

「何だったんだ今の?」
「何かの爆発とか?上の方ではまだ戦闘が続いてるみたいですし、その影響だと思いますよ」

俺の漏らしたつぶやきにクレアが反応する。恐らく彼女の言う通り、今の衝撃はトート達が戦っている影響だろう。奴等かなり派手にやりあってるようだ。再び階段を降り始めた俺達の歩みは遅い。暗くて足場が不安定だと言うのもあるが、ダンジョンの中で出てきたゴーレムの様な敵や罠がどこに仕掛けられているかもわからないため、慎重に進むしかないのだ。

それでも長い時間をかけて俺達は最下層へと辿り着いた。そこは何も無いだだっ広い空間で、明かりさえあればサッカー場か野球場のように思えたかも知れないような場所だ。しかし、ただ広いだけの場所でない事は肌で感じる事が出来る。なにせこの場所には、この城に入って以来最も濃い瘴気が辺り一帯に充満し、背中に氷柱でも突っ込まれたかのような気分になってくるのだ。間違いなくこの空間には黒の指輪があるのだろう。

周囲を観察する為いくつもの光源を辺りに設置し、指輪の在処を探す。俺もクレア達もキョロキョロと辺りを見回し地面に何か仕掛けが無いか、周囲に何か目印になる物は無いのか注意深く観察してみたが、やはりがらんとした空間が広がるばかりで何も見つけられない。どうしたものかと頭を捻っている時、何者かが階段を降りてくる音が響いてきた。

「主殿」
「ああ、わかってる。みんなこっちに集まれ。戦闘準備だ」

俺の指示に、散らばって探索していた仲間達が集まってくる。階段を駆け降りてくる音は一人の物ではない。最低でも三人は居るはずだし、この状況でここに降りてくる奴等が俺達の味方な訳がない。敵と判断して準備しておくのは当然だろう。

やがて慌ただしい足音は間近まで迫り、若干緊張しながら降りてくる連中を見ていると、それが見覚えのある顔なのがわかった。トートだ。奴め、何があったのか知らないが随分余裕をなくし、額には汗が滲んでいる。背後に居るトートの仲間と思われる連中も同様で、その体は煤と汗で汚れていた。むこうも俺達に気がついたのだろう、驚いた表情を浮かべると急いで走り寄ってくる。

「ズーマー!貴様、消えたと思ったらこんな所に居やがったか!今までどこに…いや、今はそれどころでは無い。協力しろ!」

今の俺達は魔王城に潜入する為偽りの指輪で姿を変えているので、誰が見ても魔族でしかない。トートの奴が俺を味方だと思っている内に不意打ちを仕掛けると言う手もあるが、それは状況を確認してからでも遅くはないだろう。ここは少し情報を引き出すべきだ。

「トート様、随分と慌てているようですが…何かありましたか?」
「何かあったかじゃない!魔王の奴、俺の想像以上に力を持っていた!俺は今から黒の指輪を身に着けて力を増幅させるから、お前達はその間時間稼ぎをしろ!お前等がいくら弱かろうと、数分粘る程度はできるだろう!?」

そう言うと、トートはこちらの返事も待たず小走りに俺達から離れ、地面に手をついて意識を集中し始める。…なるほど、どうやらあそこに黒の指輪が埋まっているようだな。こいつがアホなおかげで探す手間が省けた。トートの魔法が発動し、地面がごっそりと抉られて大穴が開いた。そしてまた魔法を発動させたかと思ったら、今度は地響きと共に穴の部分がせり上がり、地上数メートルの位置にまで台座を作りだしたのだ。この位置からだと見えないが、その台座の上からは禍々しい気配が色濃く感じられる。どうやら指輪はあそこにあるらしい。

「ちっ…力加減を間違えたか!だがすぐに…!」

焦りのあまり魔法の威力を強くし過ぎたトートが指輪を回収しようと台座に手をかけた瞬間、何者かが凄まじい勢いで広場まで落ちてきた。いや、落ちたのではない、自分の意思で飛び降りたのだろう。その証拠に飛び降りてきた男はピンピンしており、鋭い目つきでトートを睨み付けている。何者だろうか?男から感じる力はトートの比ではなく、男と対峙する俺の身体は自然と力が入ってくる。この男には一瞬の油断が命取りになる。直感でそう理解できる相手だ。

「ま、魔王!」
「ネメシス!」
「くそ!思ったより速い!」

悪態をつくトートと、あからさまに怯えるトートの配下。…今魔王って言ったのか?面倒な事になったな…トートを後ろから攻撃して指輪を回収したら、さっさと帰るつもりだったのに、こいつが居たらそれも難しくなってきた。

「トート。こそこそ逃げ出したかと思ったら、こんな所まで来ていたのか。往生際の悪い奴…ん?」

ネメシスと言う名の魔王はそこで初めて俺達の存在に気がついたらしく、まじまじと観察してくる。そして驚いた様に目を見開いたかと思ったらにんまりとした笑顔を浮かべ、今まで殺気を向けていたトートに楽しそうに話し始めた。

「…おいトート。こいつらは何だ?お前の仲間か?」
「ああ!?そいつらは俺の配下みたいなもんだ!今までそいつらに金と物資を提供させてたんだよ!」

その言葉を聞いた途端、ネメシスは腹を抱えて大爆笑し始める。さっきまで視線だけで人を殺せそうな程威圧感を放っていた男の言動とは思えないその行動に、俺達やトートは呆気に取られて固まっていた。

「こ、これは傑作だ!俺は今まで生きてきた中で、これほど笑ったのは初めてだ!トート!お前ほど面白い道化は見た事が無いぞ!」

目に涙を浮かべて笑い続けるネメシス。そんな彼を呆然と見ていたトートだったが、次第と怒りに顔を歪め、ネメシスに向けて怒鳴りつけた。

「何がおかしい!何を笑ってやがるんだ!笑うのを止めろ!!」
「ハハハ………はぁ~。何がおかしいって、こんなに面白い事は無いだろう?お前、まだそいつらの正体に気がつかないのか?」
「正体?…何を言ってるんだ?」

俺達を見て笑みを浮かべるネメシスに釣られるように、トートは俺達を観察する。だがいくら観察しようが無駄だ。そう簡単に正体がバレる程偽りの指輪の効果はちゃちじゃない。だがそんな俺の淡い期待を打ち砕くように、ネメシスの全身から魔力の波動が浮かび上がったかと思ったら、広間全てに向けて波のような衝撃波が打ち出された。咄嗟に盾を構えて防御するも、衝撃波は盾や鎧だけでなく、俺達の身体もすり抜けていく。何をされたのかと咄嗟に体を調べてみるが、痛みや傷が無いので今のが何だったのかわからない。しかし、俺達を見るトートとその側近達の表情が驚愕に歪められ、信じられないものを見る目で俺達を見ている事に気がついた。

「き、きさ…貴様!貴様はエスト!おまえ!お前が何でここに居る!!」
「なに!?」

正体がバレた?咄嗟に後ろを振り向いてクレア達を見て見ると、全員魔族の姿ではなくいつもの姿に戻っていた。どうやら今のネメシスの魔法は、擬態を解く魔法だったようだ。そんなやり取りを面白そうに眺めていたネメシスだったが、先ほど同様鋭い目つきでトートを睨み付ける。

「間抜けめトート。どうやらお前、今まで勇者の手のひらの上で踊らされていたようだな。それにしてもまったく…勇者から金や物資を援助してもらった?それで俺に勝てる気になって勝負を挑んでくるとは、救いようのない愚か者だ。道化としては一流だが、将としては三流どころの話ではないな」

ネメシスから罵倒されていると言うのに、あまりに強いショックを受けたせいか、トートはよろよろとした足取りで後ろに下がるだけだ。やれやれ、トートに手を貸してネメシスを潰そうと思ったのに、これじゃその手は使えないようだ。こうなったら実力で全員叩き潰すしかないだろうな。

俺達はネメシスやトートに鋭い視線を向けながら、いつでも飛び掛かれるように武器を構えた。
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