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第381話 トート対ブレイド

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魔王城へと辿り着くためには、要所の一つである魔族領第二の街ドゥーロを落とす必要があった。トートに率いられた兵や魔物は初陣に猛り、思わぬ形で攻撃を受けて慌てるドゥーロ守備兵達を果敢に攻撃していった。魔族の悲願でもある南下作戦に全てを注力している今、ドゥーロの街にはろくな防衛戦力など残されておらず、守備兵は必死の抗戦を試みるもあえなく玉砕したのだった。

「トート様。ドゥーロの制圧、完了いたしました」
「ご苦労。そろそろ調子に乗ってる馬鹿共を引き返させろ。今頃四天王の内の誰かが、俺達の後背を突くために接近しているぞ」
「ははっ!直ちに!」

去って行く部下の背中を見送りながら、トートはさっきの戦いを振り返っていた。突然現れたズーマーとその部下達の戦いぶり、配下の兵が手こずっていた開門を何でも無い事のように簡単に済ませ、霧の様に姿を消した。その驚くべき戦闘力と行動力に、警戒心を抱かずにはいられなかったのだ。

「排除する時が少々厄介かも知れんな。それでも俺の敵ではないが」

トートの見た限り、ズーマーとその一行はまだ実力を隠している。だがそれはこちらも同じ事。今や邪神の影響で魔王の力をも超えていると自負するトートにとって、ズーマーなど後でどうとでも出来る存在でしかなかった。

------

軍を纏めたトートは少しばかりの兵を残し、ドゥーロの街を後にした。次の目標は自分達を討つべく北上してくる魔王軍だ。現在の状況からして魔王城から敵の援軍が来る事は考えられない。そのためトートは背後を気にする事無く魔王軍に全勢力を傾けられるのだった。

特に大きな被害も無く街を落としたトート軍は血気に逸り、行軍速度が普通より速くなっていた。そのため半日はかかるかと思っていた敵との会敵が、僅か数時間後には現実になってしまった。精強を誇る魔王軍との正面からのぶつかり合い。そんな場面を想像していたトート軍が見たものは、傷病兵の群れにしか見えない敵の軍勢だった。敵は多くの兵が体のどこかしらに傷を負っていて、まともに戦える人数など数えるほどしか居ない。未だに元気なのは前線で使い潰される魔物共ぐらいなものだ。トート軍にとって、目の前に居るのはまるでどこかの戦場から落ち延びて来た敗残兵にしか見えなかった。

「ズーマーの主とやらの仕業か?何者の仕業かは知らんが、この機を逃す手はないな」

トートの合図によって戦いの火ぶたは切られた。まずはお互いが従えている魔物同士がぶつかり合う。ゴブリンやオークと言った数だけは多い魔物が、お互いに手に持った武器を相手の体に打ち付ける。技術も無く本能のまま生きる知能の低い魔物に防御と言った概念は無く、相打ちする光景がそこかしこで繰り広げられていた。

そんな中、大型の魔物がまるで蟻でも踏み潰すかのように暴れ回り、小型の魔物を蹴散らしていく。そうやって両軍の先頭まで躍り出た大型の魔物は、互いに威嚇の声を上げながら互いの体に牙を立てた。

魔物共が争っている間、魔族同士の戦いも始まっていた。当初は敵が負傷していることもあり、勢いに任せて突き進んだトートの軍だったが、いざ剣を交えて見ると思いの外敵の抵抗が根強く苦戦を強いられる事になる。敵は負傷しているとは言え正規兵、楽に勝てるとは思わなかったが、ここまでの抵抗は予想外だ。

「裏切者め!」
「魔族を裏切ったトートを殺せ!」
「トートの首を魔王様の前に晒すのだ!」

口々に怨嗟の声を上げながら頑強に抵抗していた魔王軍だったが、体に蓄積するダメージと度重なる戦いで精神力の消耗は激しく、次第にその数を減らしつつあった。だがそれは練度の低いトートの軍も同様で、戦場にはおびただしいほどの両軍の死体が量産されていた。

その時、最前線で爆発が起きたかと思ったらトート軍の兵が軒並み吹き飛ばされた。何事かと思えば、爆発の中心地点で一人の男が大剣を振り抜いた姿勢で動きを止めている。ブレイドだ。このままでは壊滅すると判断したブレイドは、自ら前線で戦う事によってそれを防ごうとしたのだ。そんなブレイドを遠目から見ていたトートの顔に笑みが浮かぶ。

「出るぞ。あいつの始末は俺がつける。どの程度力が増したか確かめるのにちょうどいい実験台だ」

そう言うとトートは剣を片手に前線へと飛び出した。未だ抵抗を諦めない魔王軍のおかげで乱戦の最中だが、トートは無造作にそれらを斬り捨てながら先を急ぐ。そして間合いに入ったブレイド目がけて、挨拶代わりの一撃を放ったのだった。

「むっ!?ぐううっ!!」

並の兵なら気がつかない内に斬り捨てられていたであろう一撃は、ブレイドによって受け止められる。ブレイドは不利な体勢にも関わらず、剣ごと体を預けていたトートを大剣を振り回す事で弾き飛ばした。間合いが空いた事によって初めてトートを認識したブレイドの顔が憤怒に歪み、視線だけでも殺せそうな眼でトートを睨み付ける。

「トート!貴様…!よくもおめおめ顔を出せたものだな…!」
「久しぶりじゃないか四天王筆頭のブレイド殿。お元気そうで何よりだ」

対峙する両者の態度は対照的だ。今にも飛び掛かりそうなブレイドと、余裕の笑みを浮かべるトート。両者の立場を考えればトートの方が分が悪いのだが、彼に焦りや怯えなどは皆無だった。

「自らの欲の為に魔王様や我等を裏切り、数千年に及ぶ魔族の悲願達成まであと少しと言うところで邪魔をしおって…!あげくに魔族の怨敵である勇者と手を結ぶとは!八つ裂きにしても飽き足らん!貴様等一人残らず皆殺しにしてくれる!」
「勇者だと…?何を言ってるんだお前は?」
「問答無用!」

もはや会話は不要とばかりに、ブレイドが勢いよく飛び出してトートに斬撃を浴びせる。それを剣で流し反撃しようとしたトートだったが、ブレイドは大剣とは思えないような速度で剣を振り回し、トートに反撃する機会を与えようとしない。

「貴様だけは!この俺が殺す!」
「ちっ!調子に乗るな!」

急にその場に足を止めたトートに向けて、ブレイドが全力で振りかぶった一撃を振り下ろしてくる。その場に居た兵達は誰もが両断されるトートの姿を思い浮かべたが、現実にはそうはならなかった。なんとトートは剣を持つ片手だけでブレイドの攻撃を軽々受け止めただけでなく、ブレイドの大剣をそのまま大きく跳ね上げて、素早く彼の胴を薙いだのだった。

「ぐっ…!」

慌てて後方に跳んだブレイドだったが、トートは容赦の無い追撃を仕掛ける。あらゆる方向から変幻自在の剣の雨を降らせるトートに、ブレイドは劣勢に立たされていた。ブレイド全力の一撃を片手で受け止めた事から、今やトートの腕力はブレイドでは歯が立たない程になっているのがわかる。その上扱っている武器の差も加わって、ブレイドの身体はあっと言う間に全身血塗れになっていった。

「き、貴様…!こんな力をどこで!」
「お前が知る必要は無い!大人しく死んでろ!」

鋭いトートの一撃がブレイドの胸を貫く。苦痛の呻きの代わりに口から鮮血を溢れさせ顔を歪めるブレイド。力なく武器を取り落としたブレイドはそのまま崩れ落ちそうになり、剣を引き抜いたトートは止めを刺すべく再度剣を振り上げた。

「とどめ!」

だがその時、瀕死のブレイドの瞳に強い光が宿った。彼は振り下ろされてくるトートの剣には見向きもせず、一気に距離を詰めてトートに密着すると、自身の全生命力を籠めた抜き手でトートの胴を貫いたのだ。

「がはっ!」

思いがけぬ一撃で大ダメージを負ったトートだったが、それでも武器を振り抜く事は止めず、そのままブレイドの首を刎ね飛ばした。くるくると宙を舞うブレイドの首は地面に落ちる。死してなお、その表情は恨めしそうにトートを睨み付けたままだった。

「ブ、ブレイド様が!」
「そんな!」
「に、逃げろ!」

ブレイドの活躍もあり、なんとか気力で抗戦していた魔王軍も精神的支柱を失えば脆いものだ。更に勢いを増したトートの軍になす術もなく飲み込まれ、次々と骸を晒す羽目になった。

「がはっ!…チッ…悪あがきしやがって…!」

口の中に溢れてきた血を吐き出したトートは、自らの魔法で傷を塞いでいく。完全に手玉に取ったと確信した隙を突かれてこのザマだ。不機嫌ではあったが、ブレイドが四天王筆頭としての意地を見せたと思えば、悪い気はしなかった。

「まぁいい。これで邪魔者は居なくなった。後はゆっくり魔王城に攻め入って、魔王の首を取るだけだ」

殲滅されつつある魔王軍を眺めながら、トートは静かに笑みを浮かべた。
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