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第370話 トートとの会見

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魔族領の街の中には当然ながら魔族しか居ないようだ。人間の国のように多種多様な人種でごった返す事に慣れている俺からすれば、少し寂しさすら感じさせる。通りに並ぶ商店や露店を眺めてみても、どれも貧相な物ばかりを売っている。若い娘が飛びつく様なアクセサリーも無ければ、甘いお菓子の店も無い。なんとも退屈そうな街だった。

「ここでいい。しばらく待てば迎えの馬車が来る」

リベリに連れられた俺は、大通りから少し外れた路地で迎えを待つ。貧民街に住んでいたような住民を仲間に加えてもここまでする事は無く、いわば俺だけの高待遇と言う奴だ。今後の協力関係もある為、丁重な扱いになるのだろう。

しばらく待つと、ゴロゴロと言う音を立てながら石畳の上を馬車がゆっくりと走ってきた。馬車に余計な装飾はされていない。その代りかどうかは知らないが、至る所に鉄の板が張り付けてあり、よく見れば馬の身体にも鎧らしきものが着けられていた。簡単な装甲車ってところだろうか。

「乗ってくれ。さっさと行こう」

あまり人目に付きたくないのか、リベリは馬車に乗るよう俺を急かす。リベリの取り巻きは馬車の周囲を固めて警戒していた。あれだけ気を遣うって事は、魔王側に動きが漏れてるんじゃないだろうな?出発した馬車の中で揺られながら、俺は向かいに腰かけたリベリに問いかける。

「これからどこに向かうんだ?」
「トート様の屋敷だ。今からお前に会ってもらうトート様は、既に四天王への昇格が決定している。第一級魔族ともなると与えられる屋敷も豪華でな。先日亡くなられた元四天王、アルク殿が使っていたものをそのまま使う事になった。屋敷と言ってもちょっとした砦並だがな」

リベリの言う通り、段々近くなってきたトートの屋敷は高い防壁に見張り台、入口に騎馬の動きを阻害する障害物や警戒する兵士など、物々しい雰囲気だった。入口で止められた馬車の中を、兵士が首を突っ込んで観察してくる。リベリはともかく、見慣れぬ俺だけ随分注視していたようだった。

馬車を降り、周りを兵士で固められた俺とリベリは屋敷の中の一室に案内された。兵士達はそのまま部屋の外に留まり、護衛か監禁かわからない状態になっている。

「客人相手にお茶の一杯も出ないのか」
「まあそう言うな。…いらっしゃったぞ」

リベリの言葉通り、展開したマップの端から何者かが接近してくる様子がわかった。これがトートだろう。護衛を何人か引きつれたままやって来たトートは、ノックも無しに部屋に入って来たかと思うとズカズカとテーブルまで歩き、そのまま偉そうに腰かけた。

「貴様が報告にあった魔族か。何者だ?どこの手の者だ?」

ふんぞり返った姿勢でこちらを一瞥したトートは、こちらが名を明かせないと言った条件を無視して問いかけてきた。挨拶も出来ないのかこの糞野郎は。その時点でキレそうになった俺だが、深呼吸して気持ちを落ち着ける。落ち着け…こいつを殺すのはいつでも出来る。

「申し訳ありませんが、それは申せません。名を明かさない事が協力する条件だと言う、我が主の方針ですので」
「…俺に向かってそんな口を利くとは大した度胸だな。なんなら今お前を捕らえて、無理矢理口を割らせてもいいのだぞ?」

トートの言葉に反応したのか、部屋の外に居た兵士達がなだれ込み、一斉に武器を突きつけて来た。部屋の中が一気に緊迫した雰囲気になるが、俺は微動だにせず正面のトートを睨み付けた。…今気がついたが、こいつ以前に比べて随分レベルアップしているな。確か闘技会で戦った時はレベル59だったはずだが、今は83にもなっている。邪神が魔族に力を与えている影響なのだろうけど、なかなかの強さだ。もっとも、俺の敵じゃないがね。

この程度今の俺なら余裕で勝てる。仮に周りの兵士達から一斉に武器で突かれたところで、転移で逃げればいいだけだし、そこから反撃して皆殺しにするのは簡単だろう。そんな事情を知らないトートは、ビビった様子もなく正面から見返す俺を感心した様に見ると、手を上げて兵達を下がらせた。

「これだけ威嚇されても動じた様子は無しか…大した実力者じゃないか。気に入った。協力する事を許そう」
「…ありがとうございます」

一瞬ぶちのめして身の程をわからせてやりたい衝動に駆られたが、何とか踏み止まる。ここで我慢した方が後で裏切る時絶対楽しい。それまで我慢だ。

「それで、お前の主とやらは何が出来る?」
「資金と武器防具なら融通しましょう。兵は出せませんが、そこはトート様にお願いします。お互い得意分野で力を合わせれば、必ず魔王を打倒する事が出来ましょう」
「ふむ…」

絵に描いた様に増長してるからあっさりのって来ると思ったが、即断は避けたか。どうやらそこまで頭は悪くないらしい。訝し気な視線で俺を見ていたトートが再び口を開く。

「…それで、お前の主は何を望む?俺が魔王の地位に着いた時、何を見返りに望むのだ?」

俺は協力するとは言ったが、トートが魔王の座に着くのを認めた訳では無いんだが…いつの間にかこいつの頭の中で俺の扱いが『打倒魔王の協力者』ではなく『将来魔王になる自分に対する協力者』に変化していたようだ。そのあまりに都合のいい脳味噌にため息をつきたくなったが、ここは話に乗っかっておこう。

「…では四天王の頂点の位。そして魔族領の一角にある領土の自治権を認める事。以降は相互不可侵と言った条件ではどうでしょうか?」

褒美を多く請求して俗物に見せておけば、この手の人間は信じやすいと思ってのハッタリだ。だがそれが功を奏したのか、トートは鼻を鳴らしながらも同意してきた。

「ふん!随分大きく出たな。だが、それでいい。その条件を飲もうじゃないか」
「ありがとうございます。我が主も喜びましょう」

ニヤついたその表情が約束を守る気が無いと語っていた。しかし俺にとってはどうでもいい。こいつが魔族領で暴れてくれれば、その分俺達は有利になるのだ。裏切る気なのはお互い様だしな。

「武器と金はいつ持って来れる?」
「明日の朝にでも。直接この屋敷に持って来ればよろしいですか?」
「…転移が使えるんだったな。ここでいい。屋敷の入口に運べば後は兵共が処理するよう手はずを整えておく」
「承知しました。では明日の朝、再びお伺いします。それでは今日はこの辺で…」

これ以上こいつの面を見ていたくなかった俺は、さっさと席を立って帰ろうとする。だがトートはそれを引き留める様に声をかけて来た。

「おい、お前の主とやらに伝えておけ。絶対に裏切るなと。俺を裏切れば必ず殺す」
「…もちろんです。それでは、失礼します」

よく言うぜ。それはこっちのセリフだ。不愉快な会見だったが、トートの野郎と繋ぎを作る事には成功した。後はこいつにせっせと貢いで、魔王の力を削いでもらうとしよう。俺は作り笑顔を顔に張り付けたまま、転移でその場を後にした。
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