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第366話 ゴロツキ

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初めて見る魔族の街は、外壁からして物々しい雰囲気だった。城壁の高さは人間側の物と大差ない。だが城壁の至る所に錆びた槍や剣が突き刺さっており、昔あった激しい戦いの名残がそのまま残っているかのようだった。街の入口に兵士詰め所があるのは同じだ。しかし、出入りする人間は一人一人入念に調べられているようだ。持ち物や馬車の中はもちろん、服の中まで調べられている。男も女もお構いなしのようだし、検査する方もされる方も平然としていた。どうやら魔族領ではこれが一般的な方法らしい。

「さて、どうするかな」
「このまま身体検査されたらバレちゃいますね」
「えー、私知らない人に触られたくない」

偽りの指輪の変身は触られるとバレる。なので絶対兵士達の検査を受ける訳にはいかなかった。となれば、街の壁をよじ登って中に入るしかない。俺達は街に入るための列から離れ、そのまま街道を逸れるようにして街の外壁に沿って動く。そして周囲に人の気配がない場所をマップで確認した後、行動に移す事にした。

「ドラン、城壁から飛び降りて着地できそうな所を探してくれ。そこによじ登る」
「グワッ」

シャリーの頭に止まっていたドランは、一声鳴くと城壁の上へパタパタと羽ばたいて行った。しばらく右往左往していたドランだったが、ちょうど俺の指示通りの場所が見つかったのか、見つけたとばかりに声を上げる。

「グワーッ!」
「よし、よくやったドラン」

ドランの居る城壁の真下に移動し、俺は少しの出っ張りに手や足をかけて少しずつ登っていく。気分はちょっとしたロッククライミングだが、こちらの方が遥かに危険だ。なにせ途中で落ちると錆びた剣や槍が体に突き刺さる危険があるのだから。

「よっ…と」

それでも高レベルならではの身体能力を活かし難なく城壁を昇りきった俺は、下を見下ろして飛び降りれそうな場所を確認する。ちらりと街の景色を眺めてみたが、どうやらここはスラムと言っていいほど貧相な建物が立ち並ぶ地区のようで、人の気配はあるものの出歩いている姿が見えない。兵士達もこんな場所を巡回するつもりがないのだろう。下までは十五メートルと言ったところだが、マルバスとの戦いの時、百メートルぐらいを自由落下して生きていた俺達からすれば何てことはない高さだ。見つからない内に素早く飛び降りた俺は、転移を使ってクレア達の下に戻り、再び転移を使って飛び降りた地点に戻ってきた。

「さて、ちょっと調べてみるとしますか」
「ごしゅじんさま、ここ臭い」
「確かに少し臭うな。汚水の様な臭いだ」

鼻の良いシャリーとクレアの二人が顔をしかめている。貧民街だからだろうか、周囲は公衆便所のような臭いが漂っていた。衛生面も良くないみたいだし、こんな場所はさっさと抜けるに限る。俺達は足早に街の中央目指して歩き始めた。

だが、いくらもたたない内に何者かが俺達の良く手を遮る。数は十人程だろうか、どいつもこいつも濁った眼でこちらを睨み付け、敵意を隠そうとしていない。貧民街定番のゴロツキと言う奴だろう。こんな場面で出て来る連中は大抵強面と相場が決まっているのだが、目の前に居る連中は全員痩せ細っていて見た目にも強そうではない。ろくに食べていないのだろう。叩きのめすのは簡単だと思うが、ここはしばらく様子を見てみよう。

「お前等…どっから入った?仲間の警戒を掻い潜って壁側から来るなんて…いや、そんな事は良い。金か食い物、持ってるだけ出せ。そうすりゃ命だけは助けてやる」

リーダー格の男が一人前に出たと思ったら、定番のセリフを吐いてきた。もう少し捻った事を言えばいいのに…期待外れもいいとこだ。やはり叩きのめすか…と思った時、俺はある事を閃いた。こいつらを利用して何かできないだろうか?こいつはさっき仲間の警戒と言った。それはつまり、複数の人間によるネットワークが構築されている事を意味している。それを利用すれば、破壊工作は無理としても情報収集ぐらいは出来そうだ。

「聞いてるのか?言われた通りさっさと…」

威嚇する為なのだろうが、無造作にこちらの胸ぐらを掴もうとした男の体に、瞬時に発動させた電撃魔法を流し込む。加減してあるとは言え弱っている体には十分な威力だったらしく、男は声も上げずにその場に崩れ落ちた。

「てめえ!」
「くそが!」

口々に罵声を浴びせながら仲間の敵を取ろうとする取り巻きも、同じように電撃を流して全員昏倒させる。ざっと周囲の気配を探ってみると、他の住民はこちらを観察しているものの手を出そうとはしてこない。怯えているのか他人に関心が無いのかはわからないが、後からぞろぞろ増えなくていいのは助かる。俺は呻いている男達に回復魔法をかけてやると、その目の前に道具袋から取り出した携帯食料と金貨を数枚放ってやった。見た事も無い硬貨の輝きに驚いた男達は、悪態をつくのも忘れて呆然としている。自分達をあっさり倒した側が金を投げてよこすのだ。混乱するのも無理はない。

「お前達、仕事をする気はないか?俺の頼みを聞いてくれるなら、もっと金をやろう。それに食料も融通してやる。それは手付け替わりに取っておくといい。どうだ、話だけでも聞いてみないか?」

見慣れない連中に突然仕事の勧誘を受けると言う不測の事態に、不審がる男達は顔を見合わせてひそひそと話していたが、やがて決心がついたのだろう。さっき倒したリーダー格の男が口を開いた。

「いいぜ。何をさせる気か知らないが、あんたに逆らっても勝ち目が無さそうだしな。話してみようじゃないか。ついて来な」

そう言うと、男達はこちらに背を向けて歩き出す。思い付きで妙な流れになったな…でも、失敗したら暴れて逃げ出せばいいだけだ。まずはこいつらを手なずけてみるとしよう。
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