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第361話 昔話

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恋人であるリーベにも自分の話をしていなかったなんて、昔の勇者はどういう心境だったのだろうか。口に出してしまうと望郷の念にかられると思ったのか、それともただ忘れたかっただけなのか。彼の心情を考えると一瞬話すべきかどうか迷ったが、リーベの頼みだ。ここは出来る限り話すべきだろう。

「何から話したもんかな…その勇者がいつ何処からこっちに来たのかわかりませんから、とりあえず俺の居た所の話しでいいですか?」
「ええ。お願い」
「そうですね。じゃあまず…俺が住んでいたのは日本と言う名前の国で…」

それから、リーベに聞かれるがまま俺は自身の知る限りの知識を語っていった。国名から始まり、日本の気候、食べ物、住んでいる人達の生活様式、交通手段や通信手段に至るまで全てだ。決して上手いとは言えない語り口だが、リーベは時には驚き、時には首をひねりながらも、楽しそうに俺の話に耳を傾けていた。どうやら彼女を満足させる事が出来たようだ。だが俺が一安心していると、話を聞き終わったリーベは何かが引っかかったのか首をかしげている。

「どうしたんですか?」
「いえね、エスト君の話を聞いていると、日本と言う国は随分豊かで争いごとの少ない国のように聞こえるんだけど、あの人から聞いた話と全然違うなと思って…」

全然違う?確かに同じ日本だとしても、地域によっては暑かったり寒かったりはするが、国全体としてはそれほど大差は無いはずだ。違うとはどう言う意味だろうか。

「はっきりと明言した事は無かったんだけど、あの人、自分の国は戦争中だったって言ってた事があったから。聞き返すと何でもないって誤魔化されたのだけど」

戦争中?一体いつの時代の事なんだ?日本が行った対外的な戦争と言えば、元寇や戦国時代を除けば、日清、日露か、太平洋戦争ぐらいしかないと思うんだが…それだと計算が合わないような気がする。少なく見積もっても勇者が出現したのは千年以上前の事だし、元寇ですら1274年だ。千年前で日本がそんな戦争した事なんてなかったよな?それともどこか違う国の東洋人なのだろうか?だが…ここで俺はある仮説を思いついた。俺の考えが正しいなら、この世界に現れた時代に差があるのも不自然ではなくなる。

「その勇者が別の国の人間だったって事も考えられますけど、ひょっとしたら…この世界と俺の元居た世界の時間とはズレがあるのかも知れませんね」
「と言うと?」
「時間の流れが違うと言うか…あちらにとっては数十年、数百年でも、こちらの世界では数千年経っているのかも。時計の秒針と短針をイメージするとわかりやすいかな?俺達が今居る世界の時間の流れが秒針、元居た世界の時間の流れが短針…と考えれば、むこうの世界の数十年の差でも、こっちじゃ何千年も経っている…と考えるのが今のところ自然だと思いますよ…自信はないけど」

もちろんこれは仮説であって絶対に正しいとは言い切れない。さっき言ったように別の国の人間である可能性もあるし、勇者が出鱈目を言ってる可能性だってある。仮説ならいくらでも立てられそうだが、本人が死んでしまっている以上真相は藪の中だ。

「そうね…あの人が嘘を言ってるとは考えにくいから、きっとエスト君の仮説が正しいのだと思うわ。色々面白い話を聞かせてくれてありがとう。少しあの人の事が知れて嬉しかったわ」
「どういたしまして。今みたいな話なら、またいつでも話しますよ。…ちょうどレヴィアも到着したみたいですね」

見れば、西の空から黄金の鱗に日の光を反射させているレヴィアが近寄って来ていた。彼女の接近と共に踏みしめている地面が細かく揺れ始め、轟音を伴って大量の海水が水堀を突き進んでくる。どうやら問題なくここまで来たようだ。

「兄様ー!母様ー!」

龍の姿のまま大きな声で呼びかけてくるレヴィアに手を振って彼女を出迎えるのと同時に、水堀を突き進んだ海水はとうとう海に繋がった。周囲の土を削りながら進んできたために少し海が茶色く濁るが、時間が経てば元に戻るだろう。次第に穏やかな流れになりつつある水堀…いや、今や運河と言っていいだろう。その運河を俺とリーベは感慨深げに眺めていた。

「これで完成ね」
「ええ。二人のおかげです。この水堀、魔族の脅威がなくなった後は船の行き来に使えるでしょう。その時は防壁の一部を門にでも改造して人の往来を増やしたいですね」

何となく思いついた事を口にすると、横に居るリーベがいつもと変わらぬ穏やかな笑みで俺を見つめていた。

「…なんです?」
「いえ、もう発想が為政者のそれになって来てるから。エスト君は良い王様になれそうね」
「からかわないで下さいよ…」
「あら、ごめんなさい」

くすくすと笑うリーベから思わず顔を逸らしてしまう。この人にかかれば、何年生きていようが俺など子供でしかないのだろうな。いつかは彼女に頼られるぐらいの立派な人物になりたいものだ。裸で駆けてくるレヴィアに慌てて服を持って走るリーベを見ながら、俺はそんな事を思わずにいられなかった。
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