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第356話 実験

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エスト達が加わった事で、連合軍は戦場から魔者の群れを駆逐しつつあった。押され気味だった兵士達は暴れ回るフェンリルの姿を見て息を吹き返し、エストの広範囲魔法の威力で弱った魔物達に向けて、さっきのお返しとばかりに猛然と襲い掛かっていく。もはや勝負は決した。魔物の群れが全滅するのは時間の問題だろう。

だがそんな彼等を遠目に見る一つの影がある。魔王が放った監視役だ。そいつは黒い霧を出す短剣を手にエスト達の戦いの経過を黙って観察した後、事の子細を報告するため静かにその場から姿を消した。

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「シャヴォールが死んだそうだな」
「ああ。報告があった。奴め、勇者とまともに戦う事も無く不意打ちで殺されたそうだ。私の魔物も勇者の仲間に蹴散らされたそうだし…あの役立たずめ!」

魔物の調教から戻ってきたフューリに、兵の訓練に明け暮れていたランスが声をかける。最弱の魔物とは言え黒の指輪の力で強化した上、千もの数を派遣し、尚且つ目に見えた成果を何一つ上げられないどころか指揮官の死亡…もたらされた最悪の結末に、ランスとフューリの二人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

彼等は把握していなかったのだが、シャヴォールは出撃した時から監視されていたのだ。魔王は彼が提案していた作戦が成功するとはまるで考えずに、シャヴォールと言う強化された魔族と魔物の戦闘力が、現時点でどの程度戦闘力を持っているのか確かめるために彼等を人間の領域まで出撃させただけであった。それを知らぬ彼等はただ悔しがるのみ。四天王でさえ重要な情報を知らされない…いかに魔族領が魔王の独裁で動いているのかがわかる事実だった。

「現時点で強化が万全でないから無理もないが、まさか召喚された精霊一つに魔物どもが蹴散らされるとはな。フューリ、お前には可能か?」
「正直言って難しいな…現時点で私に同じ真似ができるとも思えん。だが我等魔族は日々強化されている。必ず奴等を上回るはずだ」

彼等にとって衝撃的だったのはシャヴォールがあっさり倒された事ではなく、エストの仲間一人に魔物の群れが敵わなかった事だ。しかも相手は滅多にお目にかかれないフェンリルと言う氷結系最高位の精霊を使役したと思ったら、逃げ惑う魔物をこれまた火炎系最高位の精霊、フェニックスを召喚して焼き払ってしまった。個人の戦闘力は間違いなくエストの方が上だが、軍を率いる立場の場合、今や勇者よりも厄介なのがディアベルの存在だった。

「それにしても勇者め…正面から戦っても確実に勝てるであろうシャヴォールを後ろから刺しただと?あの男には誇りと言うものが無いのか?」
「そこが奴の恐ろしい所だ。奴と実際に戦った事のある俺には嫌と言う程わかるが、あいつは勝つためならどんな手段でも取る。奴と対峙する時は一瞬でも目を離すなよ。何をしてくるかわからんぞ」

散々な言われようだが、彼等の評価は魔族全体としての共通認識となりつつあった。今や勇者エストの名は魔族の間で自分達を滅ぼす邪悪の象徴、魔族の怨敵なのだ。二人はすぐさま頭を切り替えて自分達の仕事に戻る。それが最終的な自分達の勝利に繋がると信じて。

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シャヴォールが倒された事はもう一人の転生者…トートの耳にも入っており、彼は自室で込み上げる笑いを抑えきれずに大笑いしていた。

「あの馬鹿が死んだが!流石だよエスト、よくやってくれた!これで俺は第二級魔族の中で頭一つ分抜けた事になる。四天王の地位になど興味はないが、権限が与えられるなら話は別だ。後は転がり込むのを待つだけだな!」

魔王が治める魔族領には、人間の領域の様に貴族階級が存在しない。その代り、それぞれの持つ力によって階級を割り振られ、それに伴った待遇が与えられているのだ。頂点である魔王は別にして、一級から五級までが存在する。ブレイド達四天王は第一級魔族。トートの属しているのは第二級だ。現在十名居る第二級の内、トップを競っていたのがトートとシャヴォールの二人だった。二人は互いに反目し合い、常に相手を蹴落とす手段を探していたのだが、競争相手のシャヴォールは戦死。トートは今回エストのおかげで労せずして四天王の地位が転がり込む事となったのだ。

「それにしても、不意を突いたとはいえあのシャヴォールをあっさり殺すとは、エストも随分力をつけているようだな…俺の方も更に力をつけねば…な」

そう言うと、トートは人目を避けて魔王城最下層を目指す。そこは以前魔王自らが邪神の復活を促すため、黒の指輪を地中深く埋めた場所だ。地の底から漏れ出す邪悪な力は魔族の力を強化し、近くに居るだけでも無限の力が湧き出て来るような錯覚に陥る場所でもある。トートは自らの配下を地下の見回りに潜り込ませ、隙を見ては自身の能力強化に励んでいた。

「待ってろよ…エスト、それに魔王よ。そのうち俺がお前等二人をぶっ倒して、この世の全てを支配してやる…」

誰も居ない地の底で、トートは一人暗い笑みを浮かべていた。
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