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第354話 遭遇戦

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「魔物の数が増えている?」
「はい。上空で偵察任務を行っていたドラゴンライダーの一騎から連絡がありました。まだ少数の集団がいくつかこちらに向かっているだけの様ですが、警戒する必要があると」
「ふーむ…よしわかった。こちらも準備をしよう」

大陸東側の防壁造りの責任者であるアミスターは、部下の報告を受けてすぐに作業中断の指示を出した。現在彼等が居るのはリオグランドの領内に入ってすぐの場所であり、魔法使い達を護衛する兵士も数多くいる。彼等と力を合わせれば、数千数万ならともかく、数百程度の魔物が押し寄せてきた所で自力で何とかできる自信があった。

「とは言っても万が一と言う事もある。念のために保険をかけておくか…」

実質ファータのナンバーツーだけあって、アミスターは緊急時の対処にも定評がある。一度国を攻め落とされた経験があるため、他の国の軍人より用心深くなっているのだ。普段の彼と接する人には、アミスターは大らかで細かい事を気にしない気持ちの良い人物に見えるのだが、実際は逆だ。神経質なまでに周囲に気を使い、どこかに落とし穴が無いか常に目を光らせているのだ。

そんな彼の指示を受け、伝令が早馬で一番近くにある砦に走り、ドラゴンライダーが西の空へと飛んで行った。

「理由ははっきりしていないが、魔物の集団がこちらに向かっているのは確かだ!兵士諸君は前面に展開して攻撃の準備。魔法使いは簡易馬防柵を造った後は後方へ下がり、敵に魔法を叩き込む準備をしておけ!輜重隊は魔法使い達の更に後方で待機!こちらが不利になったら構わず逃げろよ!」

------

アミスター達が魔物襲来の対応に追われている頃、当の魔物側…シャヴォールは険しい地形の山中で悪態をついていた。

「まったく…!なんで俺がこんな狭い所を通らねばならんのだ!しかも魔物どもの臭いが酷いし…鼻が曲がりそうだ!」

シャヴォールと彼の率いる魔物達は、現在光竜連峰の山中に造られたトンネルの中を身を小さくしながら進んでいた。文句を言いながらもそんな場所を進むのには訳がある。堂々と地上を歩こうものなら、たちまち徘徊するドラゴンに見つかってブレスをお見舞いされてしまうためだ。魔族側についているドラゴンの支援が受けられない現状、トンネルを抜けるしか道が無かった。

今回彼が率いてきた魔物の数は総勢千。大部分がゴブリンやオークなどあまり力を持たない魔物だったが、それらは現在黒の指輪の力で能力が強化されており、以前と比較にならない強さになっていた。その上繁殖力の強い魔物ばかりの為、今回全滅させたところですぐに替えが効く。シャヴォール自身は今回手柄を立てて四天王入りを目指していたが、彼等の主、魔王にとってはただの生体実験に過ぎない作戦だったのだ。

そんな魔王の思惑など想像もしないシャヴォールは、明るい未来を思い描きながらようやく暗いトンネルを抜ける。だがそんなシャヴォールが見たものは、奇襲をしかけたはずの自分達を待ち受ける人間の兵士達の姿だった。

「な、なんだと!?なぜトンネルを抜けてきたのに気づかれたんだ!」

信じたくない現実に驚くシャヴォールだったが、彼は重要な点を見落としていた。上空から光竜連峰を監視するドラゴンライダーの存在だ。いかにトンネルを抜けると言っても、魔族領から人間の領域まで全ての距離をくり貫いている訳では無いので、トンネルとトンネルの間はどうしても外に出る必要がある。そこを目撃されていたのだ。結果、彼と魔物の集団は準備万端整った連合軍の前に姿を晒すことになった。

「く、くそっ…!こんなはすじゃ…。ええい、もういい!お前等!突撃だ!人間共を一人残さず血祭りに上げろ!」

冷静に考えれば殿を置いて撤退を開始する…それが一番被害を少なく抑える方法なのだが、シャヴォールにその判断力は無かった。黒の指輪の力で増幅された自身の力を過信したのもあるのだろう。

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「…どうやら、敵の指揮官は素人らしいな。それかただの馬鹿か…どちらにせよ、俺達がやる事は同じだ。迎撃準備!射程に入り次第順次攻撃を開始せよ!」

隊列すら組まずに、ただ突っ込んでくる魔物の群れを見ながら、アミスターは鋭く指示を出す。雄たけびを上げながら駆けてくるゴブリンやオーク達に兵士から放たれた矢が次々と突き刺さる。雨あられと射かける矢を掻い潜った幸運な魔物には、それ以上の苛烈な攻撃が待っていた。防壁を建設するために集まった多数の魔法使いによる一斉攻撃だ。彼等は土系統の魔法が得意のために炎や氷と言った攻撃魔法の威力はそれほどでも無いが、なにせ数が数だ。数百の魔法が一斉に放たれる迫力は圧巻であり、味方の兵士すら身震いするのを抑えられなかった。

当然そんな攻撃を受ける側が無事で済む筈もなく、炎に焼かれながら絶叫を上げ、鋭い氷に体を貫かれたりする者が続出した。普通の魔物の群れなら、その時点で恐怖に怯え退却を始めている。だが今シャヴォールに率いられている魔物達はフューリとその部下による支配を受けているため、倒れる味方など眼中にないかのようにさらに速度を上げると、兵士達の目前にある馬防柵へと激突した。

『ゴアアアアッ!』
「ひっ!な、なんなんだこいつ等!なんで向かって来る!」

矢や魔法で体中に傷を負いながらも、力ずくで馬防柵を破り兵士に襲い掛かる魔物達。その狂戦士のような戦いぶりに、有利に戦いを進めていたはずの兵士達が浮足立っていた。

「いかんな…敵の勢いが止まらん。ここまで損害を無視して突っ込んでくるとは予想外だった。だが…」

アミスターがさっと手を上げると、殺到する魔物達の間の大地が突如として隆起し、群れの分断に成功する。もはや前線は乱戦の様相の為、魔法使い達の目的は攻撃魔法から敵の撹乱にシフトしたのだ。

突如目の前に壁が出来たため、多くの魔物が行き場を無くしてその場から身動きが取れなくなった。そこに後方からバックス製新型投石器が放った火炎弾が投下される。弾の中に込められた油のおかげで逃げ場のない壁の中は火の海になり、多くの魔物達がただ焼き殺されていった。

このままいけば問題なく勝てる。人間側の誰もがそう思った時、何者かが放った魔法が魔物達を分断する壁を吹き飛ばした。魔法を放ったのはシャヴォールだ。この期に及んで彼はまだ勝ちを諦めておらず、無謀な攻撃を続行しようとしていた。

「ふざけるなよ人間共!こんな一方的にやられておめおめと帰れるか!指揮官の首の一つでも取らねば、魔王様に顔向けできんわ!」

叫ぶと同時にシャヴォールはその体から巨大な魔力を放出し、それを光球に変えて兵士の群れに撃ち込んでくる。着弾と共に大爆発が起き、大地は抉れ兵士達は原形もとどめず吹き飛ばされる。その魔法の威力は、この場に居る誰よりも強力だった。

シャヴォールを先頭に勢いを盛り返した魔物達は、アミスターの居る本陣に向かって突き進む。兵士達はそれを阻止しようと懸命に抵抗するものの、力を増したシャヴォールにただ蹴散らされるのみだ。人間側の軍はもはやまとまりを無くし、総崩れといった様相だった。

「なんだあの魔族は…たった一人であの戦闘力、もしや噂の四天王と言う奴か?」

正確には四天王ではないのだが、アミスターがそれを知る術はない。そしてついに単独で突入してきたシャヴォールは、アミスターの居る本陣に足を踏み入れた。

「お前がここの指揮官か?俺の手柄にするためお前の首をいただていくぞ。光栄に思え!」
「ふざけるな!この魔族め!」

アミスターを守る側近が剣を抜いて斬りかかるが、シャヴォールによってあっさりと首を刎ね飛ばされる。その圧倒的な戦闘力の前に、アミスター達は身動きが取れないでいた。そんな彼等を嘲笑うかのようにゆっくりと手をかざすシャヴォール。その手の平には、兵士達を吹き飛ばした光球が灯りつつあった。

「むう…!」
「覚悟は決まったか?じゃあ死ね!」
「お前が死ね!」

突如耳元で声が聞こえたと思ったら、体に激しい衝撃を受けてシャヴォールの体は宙を舞った。何事かと驚くアミスター達の目の前には、拳を振り抜いた姿勢のエストの姿があったのだ。
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