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第349話 討伐

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「まずは小手調べだ」

そう言うと、突進してくるマルバスの体に生えるいくつもの角から雷が生じ、俺達目がけて降りそそいだ。

「避けろ!」

俺に指示されるまでも無くみんなは既に回避行動に移っている。だがマルバスの狙いは雷を当てる事ではなく、俺達を分断させる事だったようだ。バラバラに離れた俺達に向かうマルバスは、一番近くに居たレヴィアに狙いを定めてその牙を剥いた。

「きゃっ!」

武器や防具を持っていないレヴィアにマルバスの攻撃を防ぐ手段は無い。そのまま喰らいつかれて体を引き裂かれるかと思ったその時、レヴィアの手から大量の水が噴き出す。レヴィアが出したのはいつもの水竜ではなく単純に水のようで、目前まで迫っていたマルバスを圧倒的な水量で押し流した。だがその程度の事でいつまでも翻弄されるダンジョンマスターではない。マルバスは素早く体勢を立て直すと次の獲物を狙う。

「なるほど、お前もただの人間ではないのか…むっ!?」

足を止めたマルバス向けて凄まじい勢いで矢が飛来する。クレアの強弓だ。矢は唸りを伴いながらマルバス目がけて殺到したが、奴は横に跳んでそれを難なく躱す。そこに俺の放った複数の火炎球が襲い掛かるも、これは全て雷に迎撃され空中で炎を撒き散らすだけに終わった。

「ふふ、なかなかやるではないか」

心なしか満足気につぶやくマルバスの体に再び雷が灯る。だがそれを黙って見ている訳が無い。今度はこちらの番だとばかりに、俺とシャリーは剣を抜いてマルバスに迫った。左右から挟み撃ちをするように振り抜かれた一撃を、奴は牙と爪を使い器用に俺達の攻撃を捌く。四本脚なのによくやる。反撃に振り回される鋭い鉤爪や尻尾を掻い潜りマルバスの体に切り込もうとするが、効果的な攻撃を与えられないでいる。今の俺達の同時攻撃を一人で押さえ込むなんて、正直信じられない思いだった。

「主殿!シャリー!」

背後に居るディアベルの鋭い叫びに俺とシャリーは咄嗟に左右に跳ぶ。そこに召喚されたイフリートが出現し、一瞬にしてマルバスを炎の中に沈めた。決まったか?と一瞬期待したものの奴の姿はそこに無く、俺達と切り結んでいた遥か後方に逃れていたようだ。一瞬の間にあんなに離れるなんて、奴の速度は俺達の誰よりも上回っている事になる。その事実に戦慄しながら、まず奴の足を止めるためにはどうすればいいのか、必死で頭を巡らせた。だがそう考えたのは俺だけではないらしく、ディアベルも同じだったようだ。

「早すぎてイフリートやベヒモスでは無理か。かと言ってジンも似たようなものだし…試してみるか。主殿!時間を稼いでくれ!」

何をする気かは知らないが、ディアベルが魔法の詠唱に入った。それを阻止するように遠距離からマルバスの雷が雨の様に降りそそいでくるのを、盾の障壁で防ぎきる。再び突進を始めたマルバスを牽制するようにクレアとレヴィアが矢や水竜で攻撃している。しかしマルバスは先程と見違えるような動きで彼女達の攻撃を巧みに躱し、こちらに突っ込んでくる。信じ難いが、さっきまで本気じゃなかったようだ。

「きゃあっ!」
「くうっ!」
「クレア!レヴィア!」

凄まじい速度で迫ってきたマルバスの鉤爪を躱しきれず、クレアとレヴィアは奴の攻撃をその体でまともに喰らう事になった。クレアは鎧で、レヴィアは水の壁でそれぞれ攻撃を防いだために致命傷は避けられたが、流血が酷いためにもはや戦闘どころでは無い。咄嗟に回復魔法で援護しようと考える間にもマルバスは目前に迫っていた。

「くそっ!」

俺を引き裂こうと振り下ろされた鉤爪を盾で受け止めお返しに剣を突きつけるが、奴はそれを封じる様に盾ごと俺を押し潰そうと力を籠めてくる。そのためにせっかく奴の体に突き入れられた剣は勢いを無くし、体を浅く傷つけたに過ぎなかった。

「やああっ!」

そこに背後から飛び込んで来たのがシャリーだ。俺との力比べで完全に動きを止めていたマルバスは、まるで煩わしい虫でも払い除けるかのように尻尾の一撃でシャリーをあしらおうとするが、その尻尾は彼女に当たる直前腕輪の力で大きく跳ね返される事になる。

「なに!?」

これは流石に予想外だったらしく、無防備になったマルバスの背中にはシャリーの握る二振りの短剣が深々とめり込んだ。

「ぐおおおっ!」

初めて深手を負ったために苦痛の声を上げるマルバスに、畳みかける様にシャリーは再び短剣を振るう。しかしそれはマルバスの尻尾から放たれた雷撃によって奴の体に届く事は無かった。

「ぎゃん!」

電撃をまともに浴びたシャリーは短剣を握る力も無く地面に投げ出された。腕輪は物理的な攻撃を防いでも魔法などは防げない。部分的に大火傷を負ったシャリーは地面に転がりながら苦しみに呻いていた。

「来い!フェンリル!」

ディアベルの叫びと共に白銀の狼が召喚される。大きさこそ俺達と戦った時より随分小さくなっているが、ディアベルの力が上乗せされているためか、その体から感じる力は以前の比では無い。フェンリルは一声吠えると俺とつばぜり合うマルバスに突進し、その首筋に牙を立てた。

「ぬうう!小癪な!」

単純に牙の威力もあるが、フェンリルの体から発せられる冷気はマルバスの体温を急激に奪っていく。お互いの首筋に牙を立てて転げ回る二匹の猛獣の身体は、あっ言う間に互いの流血で血塗れになっていた。ここが勝機。今を逃せば戦力を大幅に減らした俺達が勝つ見込みは無くなる。俺は身に纏っている鎧に全力で魔力を流し込むと、フェンリルの首を噛み千切ったマルバスに斬りかかった。

「むう!お前その力は!」

鎧の力でマルバスを圧倒する速さを手に入れた俺は奴の懐に飛び込むと、一旦下がろうとしたマルバスの左前脚を斬り飛ばし、一瞬後には後ろに回って後ろ足を二本とも切断する事に成功した。しかしマルバスはまだ諦めていないのか、止めを刺そうとする俺に自分の負傷を無視して体ごとぶつかってくる。その巨大な口は俺の目前にまで迫り、頭を噛み砕かれる寸前、下から突き上げた剣が奴の顎ごと脳天を貫いた。

「はぁっ…!はぁっ…!」

やはり鎧の力を使うと消耗が激しい。後一瞬遅れていれば力を使い切った俺は奴に噛み殺されていただろう。膝をついて荒い息を吐く俺を力無い目で見つめていたマルバスは次第にその姿を薄めていき、最後にはもともと存在しなかったかのように完全にその姿を消してしまった。

その瞬間、俺達の体に今までに無かった力が沸き上がる。自分の身体が自分の物でないような凄まじい力だ。いつものレベルアップとは大きく違う力に戸惑いながらステータスを確認してみると、そこには驚き数値が示されていた。

エスト:レベル155 『フロアマスター討伐×2』『不死殺し』『アルゴスの騎士』『巨人殺し』『悪魔殺し』『ダンジョンマスター討伐×2』『海魔殺し』
HP 13500/13500
MP 11800/11800
筋力レベル:9(+15)
知力レベル:9(+16)
幸運レベル:4(+14)
所持スキル
『経験値アップ:レベル4』
『剣術:レベル6』
『同時詠唱:レベル3』 
※隠蔽中のスキルがあります。

『新たなスキルを獲得できます。次の中から三つ選んでください』
『電撃魔法:レベル4』
『火炎魔法:レベル4』
『剣術:レベル7』
『隠密:レベル4』
『状態異常回復:レベル4』

クレア:レベル150『フロアマスター討伐×2』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐×2』

HP 10500/10500
MP 6150/6150
筋力:レベル8(+10)
知力:レベル7(+10)
幸運:レベル8(+10)
所持スキル 
『弓術:レベル7』
『みかわし:レベル5』
『剣術スキル:レベル5』
『扇撃ち:レベル7』
『強弓:レベル7』
『降らし撃ち:レベル6』
『格闘術:レベル1』

ディアベル:レベル140『フロアマスター討伐×2』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐×2』

HP 8950/8950
MP 12300/12300
筋力:レベル6(+10)
知力:レベル8(+10)
幸運:レベル6(+10)
所持スキル 
『精霊召喚(炎)(風)(土)(氷):レベル5』
『精霊召喚(水):レベル5』
『剣術:レベル5』
『高速詠唱:レベル6』

シャリー:レベル138『フロアマスター討伐×2』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐×2』

HP 9980/9980
MP 4500/4500
筋力:レベル9(+10)
知力:レベル3(+10)
幸運:レベル7(+10)
所持スキル 
『嗅ぎ分け:レベル5』
『剣術:レベル7』
『大跳躍:レベル4』
『みかわし:レベル7』
『受け身:レベル3』

レヴィア(黄龍):レベル不明
HP *****/*****
MP *****/*****
所持スキル
不明

全員五十ほどレベルアップしている上に、所持していたスキルのランクが軒並み上がっている。称号による補正も今までのを全て合わせたものより上回っているし、もうさっきまの俺達とは別物と言っていい強さになっている。今なら単独でマルバスと再戦しても余裕で勝てそうだ。

俺は新しいスキルがいくつか獲得出来るようだが、かなりレベルアップしてきたせいか、低レベルの頃と比べて選べるスキルの数が随分減っているように感じる。そろそろスキルを増やすのは限界が来ているのかも知れない。

今回俺が獲得するのは剣術、隠密、状態異常回復の三つだ。シャリーに剣術レベルを抜かれたままでは洒落にならないし、隠密は魔族領に忍び込む時有効なスキルだ。そして状態異常回復は石化などを回避するためにも是非とも取っておきたい。

とにかくこれで戦いは終わった。後は帰ってゆっくりしよう。
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