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第342話 旗

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城壁を造ると言っても、領地を全部壁で包んでしまう事など現実的では無い。一旦城壁を突破されたら後は守る者の無い無防備な大地が広がるだけだ。なので守る範囲を限定し、立て籠もる側が守りやすいように造らなければならなかった。しかし今現在発展している所だけを囲ってしまえば将来的に人口増加でパンクするのが目に見えているので、ある程度余裕を残して造る必要がある。天守閣から領地全体を眺めながら、俺は横に立つディアベルに話しかけた。

「この城を中心にして直径十キロもあれば十分だろう。それだけあれば耕作地を含んでも数千人は生活できる街が出来上がる。と言う事で、頼んだぞディアベル」
「それは構わないが…これは大仕事になりそうだな」

俺の治める領地で今のところレベル3の土魔法に匹敵する魔法が使えるのは俺とディアベルの二人だけだ。なので彼女には申し訳ないが、当分の間俺と一緒に城壁造りに励んでもらう事になった。他の面子は村の畑仕事を手伝ってもらっている。この村の畑は他と比べて多いが、それでも全てを自給自足出来るほどではない。今の内に籠城に備える必要があった。

「ご主人様~。それでは行って来ますね~」
「行ってまいります。ご主人様」

マリアとシンシアの二人が護衛の女の子達と共に出発前の挨拶に来ていた。彼女達は今やルシノアの最も信頼する部下となっていて、ある程度の裁量権を認められるまでになっている。そんな彼女達がこれから向かうのは領内にある小さな村々だ。有事の際には小さな村にまで戦力を裂く余裕は無いので、今の内に財産を保証して移住を勧めてもらうのだ。

移住者には今持っている財産と同程度の土地を提供し、尚且つ多めの支度金を与えるので話に乗る者は多いと思う。だが問題は土地に執着する老人だ。彼等は自分の命より土地を優先するので説得は非常に困難だろう。説得が無理な場合は一旦諦め、魔族の動きが解った途端力ずくで移住させる段取りになっていた。一時的に疎開させればすむと思うのだが、ここまで敵が押し寄せて来た時に無防備な村が無事であるとは思えない。家屋は壊され畑は焼き払われ、再建するのに何年もかかると予想できる。そんな手間を省くのが移住だった。

マリアとシンシアの二人はグリトニル側の領地だけでなく、アルゴス側の領地も回る事になる。グリトニル側だけならそれほど日数はかからないだろうが、両方となると結構時間がかかるかも知れない。

「頼んだぞ二人とも。気を付けてな」

出発していく二人を見送り、俺とディアベルも馬に乗ってそれぞれ別方向に走って行く。二人だけで行うには過酷な作業だが、それでも数日あれば完成するだろう。早速作業を開始した俺を偶然通りかかる旅人や商人達が物珍しそうに見てくるので、その度に街を守る城壁だと説明する事になった。無視しても良かったんだが、彼等の口コミを考えると説明した方が良い。安全な街だと解れば移住者や商売で訪れる人間も増えるだろう。結局、朝から晩まで働いて全ての城壁が完成したのは三日後だった。これでも随分早い方だろう。

「疲れたな…同じ作業ばかりやっていると気分が滅入る…」
「お疲れさんディアベル。でも、まだあと一つ残っているのを忘れないでくれよ」
「…そうだった。まだアルゴス側の城壁が残ってるんだったな」

遅くまで作業に走り回り、疲れて帰ってきたディアベルが休憩室のソファーに身を預けながら、うんざりした様な顔で愚痴る。彼女には申し訳ないが、もう少し付き合ってもらうしかない。

俺が独立する意思を固めてから、ルシノアやエド達は以前より精力的に人材の確保に奔走していた。定期的に仕官希望の人材を募集するのはもちろん、資金に余裕のある場合は売り込みに来た奴隷を購入して戦力としている場合もある。なぜならここ最近、俺の領地では爆発的に人口が増加しているためだ。いったい何処から情報が漏れたのかは知らないが、この地に訪れる移住者達は俺が近い将来王になると言う噂を聞いて移り住んで来たらしい。まさかクレア達やルシノア達がベラベラ喋るとも思えないので、あの会議の場に居た誰かが意図的に情報を漏らしたのだろうと考えている。

「まあ人が増える分には問題ないけど…」
「そう言えばご主人様、私達がダンジョンに籠るのはいつぐらいになるんですか?」

シャリーとドランがじゃれているのを微笑ましく眺めていたクレアが思い出したように問いかけてくる。そうなのだ。俺達パーティーは全員レベルアップの為に長期間ダンジョンに籠る事になっている。今でも十分強いが力を増した魔族の強さがどの程度の物になるのか解らないので、それに備えてこちらも戦力を強化しておくのだ。潜るのはガルシア王都近くのダンジョン。俺達がレベルアップに使えるダンジョンの心当たりが他に無かったのだ。

「予定ではアルゴスの城壁を造った後かな。毎日ここに戻って来るから息抜きは出来ると思うよ」
「そうですか。ダンジョンに潜るのも久しぶりなので、体が鈍ってないか心配です」
「クレアなら大丈夫だよ」

そうやって俺達がくつろいでいる所に、仕事を終えたばかりのルシノアがやって来た。彼女は自分でお茶を入れると俺達の向かいの席に腰を下ろす。

「エスト様。お寛ぎの所申し訳ありませんが、一つお願いしたい事があるのです」
「ルシノアがお願い?珍しいな」
「はい。独立後の旗の模様を今の内に考えていただきたいのですが」

ルシノアのお願いとは、俺の国で使う旗や刻印のデザインの依頼だった。彼女の話によると、この世界ではそれぞれの国に掲げる旗や刻印のデザインが統一されており、他国に赴く使者が掲げる旗や、その手に持つ書状などに印を刻むのが普通なのだとか。国として独立してからそれを考えるのは遅いので、今の内に作ってくれと言う事らしい。

「何でもいいと言えばいいのですが、あまり酷いのは止めて下さいね。国としての品格に関わりますから」

俺の事だから変なデザインにするとでも思われているのか、ルシノアが先手を打ってきた。失敬な。俺を何だと思っているのか。こんな時にふざけたりしないぞ。ちょっとかき氷屋の暖簾にしようかと考えただけではないか。

「模様ねぇ…模様…」

パッと言われて思いつくような模様は無い。もともと俺に芸術的センスは皆無なのだから。どうしたものかと周りを見回した時、ふとクレアやディアベル達の胸元に刻まれている奴隷紋が目に入った。

「そうだ、それでいいじゃないか!その模様でいこう」

突然指さされて面食らったクレアとディアベルが、自分の胸元を見て納得した様に頷いた。彼女達俺の奴隷に刻まれている奴隷紋は、ドラゴンの頭を中央にして翼で包み込んだようなデザインになっている。シンプルかつ格好いいデザインなので、このまま国旗にしても問題ないだろう。

「なるほど、確かにそれならエスト様らしいですね。奴隷紋と言うのは主の心の形が奴隷の体に刻まれると言う話ですから、国旗や刻印には相応しいでしょう」

奴隷紋にそんな秘密があったのは初耳だが、確かにそれなら俺の国にピッタリだ。まだまだ構想段階だが、いずれはこの地でこのデザインの旗が多くはためく事になるだろう。だが、まずは目の前の事からだ。アルゴスでの城壁造りが終わったら、俺達のレベルアップを早速始めるとしよう。
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