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第339話 思い付き

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「エストの処遇…ですか?」
「はい。正確に言えば戦後エスト殿に対してどうやって報いるのかと言う事です。彼は我々が魔族を食い止めている間に本拠地に乗り込み、敵の大元を叩くと言う大変危険な任務に挑むため、成功すれば古の勇者と肩を並べる英雄となるでしょう。その彼にどうやって我々は報いるべきでしょうか?」

まだ実際に魔族と戦ってもいないのに、もう勝った後の話をしている。捕らぬ狸の皮算用と言うか、来年の話をすれば鬼が笑うと言うか、なんとも気の早い事だ。クロノワールの提案に円卓の面々は腕を組んで考え込んでしまった。俺としては金でも貰えればそれでいいかと思っていたのだが、どうも事はそう単純でもないらしい。

「報奨金を出す…のはどうでしょうか?各国が共同で出し合えば、個人では使い切れない額になるかと。エスト殿は現在治める領地もあるようですし、そちらの開発にも使える報奨金が無難なのでは?」

発言したのはデゼルだった。それに賛同するようにボルカンやフォルティス公爵が頷いている。しかしリムリック王子からは違う意見が出た。

「エストは我が国の子爵。彼には戦後今より高い地位を用意するつもりでいます。当然その地位に見合う領地を分け与えるつもりですので、皆様からの報奨金にそれを上乗せすれば十分かと」

それで話を終わらせようとしたリムリック王子だったが、そこに噛みついてきた者が居た。予想通りクロノワールだ。

「お待ちを。エスト殿は我が国の貴族でもあるのです。グリトニル一国に彼の処遇を決められては困ります。我が国は新たな爵位と共に、名家の娘を彼に嫁がせるつもりでいます」
「ぶはっ!ぐへっ!ごほっごほっ!」

クロノワールの発言に思わずお茶を吹き出してしまった。結婚とかまるで考えていなかっただけに予想外の提案だ。何を勝手に決めようとしているんだこのお姫様は。

「しかしエストが最初に貴族として身を立てたのは我がグリトニル。そのグリトニルが決めるのが筋ではないですか?」
「過去より未来の方が重要です。エスト殿には美姫を娶ってもらい、末永く我がアルゴスで暮らしていただきたいと…」
「それこそ独断ではないですか!」

段々王子とクロノワールの口論がヒートアップしてきた。二人とも戦後の英雄である俺と言う駒を取り込み、その後の世界で自国を優位にしようと言う魂胆なんだろう。彼等の気持ちも立場も理解できるが、その様はハッキリ言って見るに堪えない。それに、本人である俺を蚊帳の外に置き、俺のその後の人生まで決めてしまおうと言う態度にも腹が立つ。俺は便利アイテムじゃないんだぞ。俺が激しく口論する二人を眺めながら不満を募らせていると、フォルザが助け舟を出してくれた。

「まあまあお二方とも、とりあえず落ち着こうでは無いか。それに本人の意思を無視して決めてしまうのは賢明なお二方らしくもない。ここはエスト本人に聞いてみてはどうだろう?」

フォルザの仲裁にピタリと動きを止めた王子とクロノワールだけでなく、他の面子も一斉に俺に注目する。さて、なんと答えたものか…さっきまでは金でも貰えばそれでいいかと考えていたんだが、人を物みたいに扱う二人の態度も腹に据えかねていた。ここは何か驚かせるような事を言ってみるか?

「どうした?普段のお前らしく好きに言ってみるといい。気に入らなければ国王ですら殴り倒すお前らしく、堂々と心の内を述べてみよ」

煽ってくるリギンの言葉が俺に突拍子も無い事を思いつかせた。これを言えば今口論していた二人を完全に黙らせる事になるし、ここに居る全ての人間を驚愕させるには十分だろう。…やるか?やってしまうか?一発かますか?せっかく新しい人生を得たんだ、ここは思い切って大胆な事をしてやろうじゃないか。そう決断した俺は、思い切って口を開いた。

「俺は…戦いが終わったら独立を認めていただきたい。つまり、自分の国を造りたい」
『!?』

全員の目が点になる。そりゃそうだろう。褒美の話をしていたのに、いきなり独立して王になると言い出したのだ。あまりの発言にクロノワールが普段の冷静さを忘れて立ちあがったまま金魚の様に口をパクパクされているし、リムリック王子も顎が外れたように大口を開けて固まっていた。ヤバい、やり過ぎた?

「ガーッハッハッハッハ!!流石だ!それでこそワシが認めた勇者よ!」
「自らが仕える王族の前で堂々と独立宣言とは、流石エストだ!」

リギンとフォルザの二人は腹を抱えて笑っているが、王子とクロノワールはそれどころでは無いはずだ。いち早く立ち直ったリムリック王子が円卓に齧りつく様な勢いで身を乗り出し、俺に対して詰問する。

「き、君はそんな事を考えていたのか!?一体いつからそんな…!」
「いや、思いついたのはたった今です」
「そんな、晩飯のメニューを思い付いたみたいなノリで言うなよ!!」

しれっとした俺の言い分に王子が頭を掻きむしって悶えている。リギンとフォルザの二人は更に爆笑し、涙を流して窒息寸前になっていた。クロノワールは依然固まったままで再起動に時間がかかっているようだ。突拍子もない俺の思い付きだが、よく考えればたった今口論していた二人の思惑を完全に破綻させている事に気がついた。彼等としては俺を取り込む事で自国の発言権を増し、利益を独占する狙いもあったのだろう。しかし俺が独立を唱えた事で全てがご破算だ。取り込むどころか自分達の手からするっと抜け出してしまったのだから。

「独立なんて、そんな事認められる訳が…」
「よい。認めよう。現在エストに与えているグリトニルの領地を独立させる事を許す」

絶対阻止して見せるとばかりに勢い込む王子だったが、それは真横に座るグリトニル国王アスローンによって制された。

「ち、父上?」
「リムリックよ。落ち着いてよく考えてみよ。エストがこれからしようとしている事を。彼は危険極まりない敵地に単身飛び込み、この騒ぎの元凶を取り除こうと言うのだ。敵の本拠地ともなれば力を増した魔族がひしめき、高確率でその親玉である魔王と戦う事になる。それらを倒して再び邪神を眠りにつかせる事が出来た男を、一体どうやって止めるつもりだ?」
「そ、それは…」

突然雄弁に語りだしたアスローンに、あのリムリック王子がタジタジになっている。やはりそこは年季の違いと言うべきか、まだまだ王子では父王に及ばないと言う事だろう。アスローンの話しはまだ続く。

「それにエストは権威におもねるような男ではないぞ。リギン殿のおっしゃる通り、気に入らなければ何者であろうと排除する男だ。彼が本気で殺意を持てば、この地上に逃げ場など無い。そんな人物を敵に回すより、さっさと独立を認め友好を深めた方がお互いの為になるだろうよ」
「………」

アスローンの説得で王子は完全に黙り込んでしまった。賢明な彼の事だ。今アスローンが話した事を自分の頭の中で検討し、何が最善か判断しているに違いない。

「ならばワシも支持しよう。魔族の侵攻を見事撃退し、生還したならばガルシア国王の名においてエストを新たな王と認めよう。ついでに、エストの領地に面しているガルシアの領土の一部を割譲しようではないか。今の領地だけでは国として小さすぎるからの」
「!」

突然の申し出に面食らってしまった。なんで急に領土の割譲なんて…と思ったが、ある理由に思い至った。アルフォンソを助け出した事への礼か?それしか思いつかないし、そうとしか考えられない。アルフォンソをチラリと見ると不器用にウインクを寄越して来たから、俺の予想は外れていないようだ…爺さんのウインクは止めて欲しかったが。

「もちろんワシも支持するぞ!」
「俺もだ」
「私も賛成です。エスト殿が収める国、是非見てみたいものです」
「…支持する」
「私も支持しよう。エスト殿ならば、民の事を第一に考える素晴らしい国を造ってくれるはずだ」

リギン、フォルザ、デゼル、ボルカン、レベリオが雪崩を打って支持に回った。これで意思表示していないのはクロノワールを頂点とするアルゴス帝国だけだ。ここで反対を唱えても、俺はグリトニルの領地と新たに増えるガルシアの一部で独立し、アルゴスとは縁が切れる。アルゴスの領地は戻って来るが後々考えた場合、勇者の治める国と疎遠になっているのはマズいと考えられるのがクロノワールと言うお姫様だ。再び動き出したクロノワールは先ほどとは対照的に優雅さの欠片もなくギクシャクと動き、静かに席に着くと口を開いた。

「…私も支持します。アルゴス帝国にあるエスト殿の領地、見事魔族の野望を阻止して生還した場合は独立する事を許しましょう」

まるで魂が抜けたかのようなクロノワールだったが、このまま大人しくしているタイプとも思えない。時を置いてあれこれと干渉してくるのは簡単に予想が出来た。だがそれもこれも戦いが終わった後の話だ。今は目の前の事に集中しよう。これで議題が尽きたので会議は終了となるが、リムリック王子はクロノワール同様ボーッとしていたので、それを見かねたアスローンが代わりに口を開いた。

「ではこれにて会議を終了といたします。細かな調整は配下に任せるとして、皆様は宴をお楽しみ下さい。本日は珍しい酒と肴を集めておりますので」
「おお、それは有り難い!酒と聞いては黙っておれんな!」
「リギン殿、俺もお付き合いしよう。俺も酒には目が無くてな」
「殿方は強い人が多いですからね。私は下戸なので羨ましいです」

リギンやフォルザ、デゼル達が談笑しながら会議室を後にする。その後にボルカンやレベリオ達がぞろぞろと続き、最後に残ったのが王子とクロノワールだ。彼等は幽鬼の様な足取りで俺に近寄ると弱々しく抗議してきた。

「やられました。まさかそんな手を打って来るとは…流石勇者と呼ばれるだけの事はあります。完敗ですね」
「エスト、君は…本当に無茶苦茶な奴だな…俺では一生敵いそうにないよ…」

結果としてただの思い付きで二人の策士を翻弄した事になるが、狙ってやった訳じゃない。本当にただの偶然なんだが、それを言っては更に二人が惨めになるので黙っておこう。

「まあまあ二人とも、全ては目の前の事が済んでからですよ。今は全てを忘れて宴を楽しもうじゃありませんか」

俺の言葉に毒気を抜かれたのか、二人は顔を見合わせ苦笑する。やれやれ、何か妙な流れで王様をやる事になってしまったが、クレア達に報告したらどんな顔をするだろうか。今はそれだけが楽しみだった。

ちなみに、この後行われた宴ではリムリック王子とクロノワールが悪酔いして周囲に絡みまくり、彼等らしくない醜態を晒したのだが…それはまた別の話しだ。
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