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第338話 会議

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「まずはエストの提案した要塞線の構築に対して議論したいと思います。各国への提案を行った際に資料はお渡ししていますが、ここで改めてお配りした絵図面をご覧ください」

進行役のリムリック王子の言葉に、席に着くお偉方が自分の目の前にある資料の中から要塞線の内部を横から描かれた紙を取り出す。よじ登られるのを防ぐために前後に反り返り、上方も兵が歩けないように湾曲されているその姿は、まるで巨大な松茸のような形だった。ちなみに、これのオリジナルを書いたのは俺だ。模写は他の人がやってくれている。

「ご覧の様に内部は二階層に別れており、地下には後方に脱出するための通路があります。強度は出来るだけ上げたいところですが、構築する速度を考えると鋼程度が限界なのではと考えられます」

今まで見た事も無いおかしな形の防壁に人々の反応は様々だ。フォルザやリギンなどは面白そうにニヤニヤしているが、堅物のボルカンなどは難しい顔で黙り込んでいた。

「確認なんじゃが、強度を鋼程度に統一するのは魔族の侵攻が予想される一年以内に作る為かな?」
「はい。まずは強度を下げてでも防壁を造ってしまわないと、造っている最中に侵攻が始まり無駄骨に終わりますから。その後余裕があれば、突破された場合に対する防衛拠点の構築に力を振り分けるのがよろしいかと」

アルフォンソの言葉にリムリック王子が補足を入れる。王子は円卓をぐるりと見回して他に意見が無いか待ったが、誰も発言しないので話を続けた。

「この要塞線を構築するための人手ですが、各国から土魔法の使い手を派遣して頂く事で対処したいと思います。と言ってもある程度以上の実力が無いと鋼の強度を造りだす事は不可能なので、数は限られてくるでしょう。となれば、主力になるのはファータの精霊使い達となりますが…」

王子がチラリと視線を向けると、レベリオは大きく頷いて口を開いた。

「それは我等ファータの民が力をお貸ししましょう。我が国は未だ復興途中にあり他国の様に軍勢を出す事が叶いません。せめてこれぐらいは協力させていただく」
「レベリオ殿、感謝します。我が国も出来うる限り魔法使いを掻き集めますが、皆様も力添えをお願いしたい」

これについても異議を唱える者が居ない。各国が魔法使いを出来る限り拠出する事は最初の交渉の時から決まっている事で、後の細かい人数の調整などは専門の人間の仕事だ。だが、王子が次に出した議題で場の空気が再び緊張する。

「次に、各国が拠出する兵力、それらを支える兵站について話し合いたいと思います」

いよいよこの会議で一番揉めそうな話が出た。何ともない風を装って周囲を観察する各国の代表の様子を見ながら、俺一人が呑気にお茶をすする。やっぱり帰っていいんじゃないのかなこれ?

「光竜連峰に面する我が国、バックス、リオグランドの三加国が魔族の侵攻を正面から受け止める形となるので、動員できる限り兵を出すのは当然です。なので、ここではその他の国々がどの程度力を貸していただけるのかをお聞かせ願いたい」

つまり残る国はアルゴス、ガルシア、シーティオ、ファータ、ミレーニア、ヴルカーノの六カ国。これらの国がどれぐらい協力的かによって、人間側と魔族、どちらに勝利の天秤が傾くか解らない。単純に考えれば全てを投げ出しても協力すべきなのだが、自分の見えない範囲で起こる戦いには危機感を抱かないのが人間と言う生物だ。どう転ぶか俺には予想できなかった。

「先ほども申し上げたが、我が国は未だ復興途中。兵力を拠出する余裕は無いし、そうでなくても人口が少ないのだから要塞線構築への助力だけで勘弁してもらいたい」

まず口火を切ったのはファータの代表レベリオだ。彼の言っている事は嘘ではないし、現にファータは新しい王城の建設すら終わっていない。これには誰も異論は無いだろうと思ったのだが、リムリック王子が横から割り込んで来た。

「ファータの事情はよく理解しているつもりです。しかし、食料はともかく資金だけでも協力していただく事は出来ませんか?ファータにはフォリアの雫と言う各国の富豪が奪い合う秘薬があると聞きます。その利益の中からいくらか融通できませんか?」
「う?…むぅ…」

レベリオは呻きながら後ろに居るエルフに目配せする。すると文官と思われるエルフはいくつか手に持つ資料の内の一つをレベリオに差し出し、何事かを耳打ちしたようだ。それを小さく何度か頷きながら聞いていたレベリオは正面を向き、再び発言する。

「ならば資金の提供も約束しよう。ファータが現在出せる金額はこの通り。これ以上は復興の足かせになるので不可能だ」

レベリオが示した金額は個人レベルでは目のくらむ大金だが、国家レベルではそれほどの額でも無い。だがリムリック王子はニコリと笑顔を浮かべ、レベリオに頭を下げた。

「感謝します。レベリオ殿」

王子にとって、金額はともかく苦しくても金を出すと言う姿勢を示してもらう事が目的だったのだろう。一番苦しい台所事情であるファータが身銭を切る事によって、他の国が知らん顔をしている訳にはいかなくなった。金銭的な争いから真っ先に離脱しようとしたレベリオだったが、王子に上手く利用された形だ。

「なら、我がシーティオは兵一万を出そう。前国王の悪政で苦しい状況には変わりないが、それぐらいはさせてもらいたい。それと、この場で言うべき事ではないだろうが、各国の我が国に対する制裁を即時停止し、正常な国交を結んでいただきたい」

そう言えばそうだった。フォルティス公爵は以前要塞線の構築に協力する見返りとして、経済制裁の停止を各国に働きかけてくれとグリトニルに頼んでいたはず。公爵としてはそっちが本題なのかも知れないな。

「我がグリトニルとしては異存ありません。悪政を布き民を苦しめ、無謀な侵略戦争を始めた前国王は既に倒れました。未だ苦しむシーティオの民の為にも、すぐにでも国交を回復するべきでしょう」
「異議なし」
「異議ありません」

王子の言葉に全員が賛同する。これでシーティオは他国とまともな取引が出来る様になった。チラリと公爵の顔を見ると、心底安堵した様に気が抜けていた。今回の会議に賭けていたんだろうな。

「ミレーニアとしましては、距離の問題もありますので実際に魔族の侵攻が確認されてから動きたいと思います。兵二万と資金を用意いたしましょう」

デゼルの手からスッと円卓に差し出された一枚の紙に誰もが驚かされた。そこには二万の軍が必要とする倍以上の金額が示されていたからだ。

「…大変ありがたい。ミレーニアの協力に感謝します」
「あと一つ、提案があるのですがよろしいですか?」

感謝するリムリック王子に、デゼルが笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「この資金は要塞線が突破された時の防御拠点…つまり砦の建設に当てるのがよろしいかと存じます。そこで私が提案したいのは、その砦の建設場所を各国の人間に監視させる事。戦後他国との争いに使われてはたまりませんから」

顔は笑顔のままだが結構キツイ事を言うデゼル。要するに最前線であるグリトニル、バックス、リオグランドの三カ国を心から信頼はしていないと言う意味だ。それらの国が北の備え以外の場所に砦を建てようとしたら、いざ魔族の侵攻が始まった時協力はしないと言う意思表示だろう。

「まあ当然だな」
「我々としても異論は無い。他国が警戒するのは当たり前だろう」
「グリトニルとしてもそれで結構です。後程人選について細かく打ち合わせましょう」

リギンやフォルザが同意し、王子もそれに続く。三人とも内心不愉快だろうに、一切表情に出ていなかった。流石だ。

「では我が国は、最前線の三カ国に一万ずつの兵を出そう。兵站も自前で用意するので心配は無用じゃ」

次に口を開いたのはガルシア国王アルフォンソだった。流石にガルシアは他の国と違い魔族による被害も無いので、出す兵の数も一番多い。兵隊を三カ国に駐留させる場合、大部分がその国の負担になる兵站を自分で何とかすると言うのも、国力のあるガルシアだから出来る事だろう。

「では、我がヴルカーノはドラゴンライダーと兵五千を出す。我等リザードマンの数はそれほど多くないし、五千でもかなり厳しいのだ。だがその代わりと言っては何だがドラゴンライダーを光竜連峰に張り付かせ、変事があった場合は速やかに各国に知らせよう」

アルフォンソに続いて発言したのはボルカンだ。寡黙な彼はこの場に来て誰とも話そうとしていなかったが、ここにきてようやく口を開いた。ひょっとして全てグルーンに丸投げするかとも思ったが、流石にそこまで無責任では無いようだ。

「お二方とも、協力感謝します」

頭を下げるリムリック王子が席に着くと、ピリリとした緊張感がその場に走った。まだアルゴス帝国次期皇帝、クロノワール皇女の発言が残っているからだ。注視する各国代表の視線など気にもならないのか、クロノワールは優雅にお茶を飲みながら逆に他の面々を見渡す。沈黙が支配する部屋の空気を楽しむ様な素振りさえ見せたクロノワールだったが、ようやく口を開いた。

「我がアルゴス帝国は、兵四万とそれらが必要とする兵站のすべてを拠出すると約束いたしましょう」

クロノワールの発言にその場が騒めく。ガルシアの三万でさえ多いと思ったのに、さらにそれを一万も超えてきた。アルゴスはそれほど力があるのだろうか?いや、違うか。クロノワールの発言は単なる善意などでは決してなく、戦後に自国の発言権を大きくするのが狙いなのかも知れない。最前線の参加国は仕方が無いにしても、戦場から遠く離れた国がそれだけの人と金を出すのだ。助けられる側としては無下にも出来ないだろう。戦後の主導権を握るためなら、今無理をしてでも人と金を出すのだ。

「…大変なご助力、感謝いたします。クロノワール皇女」

俺が思い当たる事など王子も当然考えているだろうが、この場としては他に言いようは無い。まさかもっと数を減らせとは言えないだろう。それにしてもやれやれ、これで何とか話がまとまるかと思ったその時、再びクロノワールが口を開いた。

「ところで、エスト殿の処遇について話をしておきたいのですが、よろしいですか?」
「…え?」

…なぜそこで俺に矛先が向いて来る?完全に油断していた俺は、お菓子を口に頬張る最中と言う間抜けな顔をお偉方に注目される羽目になった。いったい今度はどんな話をする気だ?嫌な予感しかしないんだが…

急に面白い話になったとワクワク顔のリギンやフォルザの態度に憮然としながら、俺は姿勢を正しして正面に向き直った。
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