ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第335話 運営者の目線

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階段を上って最上階にある貴賓席に辿り着くと、そこには今回仕事の無かったリーベと、その膝の上にちょこんと座ったシャリーの姿があった。

「あらエスト君、お疲れ様」
「ごしゅじんさまだ!」
「どうも」

リーベの膝の上から飛び降りて俺の腰に抱きついてきたシャリーの頭をグリグリと撫でまわしながら、俺はリーベの横にある席に着く。やはり最上階だけあって客席とは比べ物にならないぐらい見晴らしがよく、座席も高級な物を取り寄せているために座り心地が最高だった。

「いよいよね。私、こんな催し物を見るのは初めてだから楽しみにしてたのよ」

子供の様に無邪気な笑顔を浮かべるリーベはとても魅力的で思わずそのまま眺めていたくなったが、強引に視線を闘技場へと向けて軌道修正を図る。この人は時々こうやって無防備になるから、男としては困るんだよな…

「レヴィアも楽しみにしてたんですけどね。今回は見回りの仕事を頼んでるから次回までお預けかな。まあ、今回見れなくても月一開催なんで、いくらでも見る機会はありますよ。あ、始まるみたいですね」

俺達が談笑している間に、闘技場には一回戦に出場する五人の出場者が姿を現していた。彼等はやる気十分なようで、闘技場にバラバラに散り自分に有利なポジションを確保しようと静かな戦いを始めている。

今回この大会の優勝者には金貨十枚が優勝賞金として用意されていた。ゴールドランク以上の冒険者にとってはそれほど大金と言う訳でもないが、それ以下の冒険者には今後の人生を左右する金額であり、自分の名を世間に知らしめる事が出来るチャンスでもあった。

運営側の俺達にとって月一で金貨十枚の出費は少し痛いが、その分露店などの税収で利益を得るので問題は無い。そうこうしているうちに準備が整ったと見たプリムラが、さっきと同じ風の魔法で場内にアナウンスを流し始めた。

『それでは早速予選一回戦を始めましょう。選手の皆さん、準備はよろしいですか?では、記念すべき第一回戦、始め!』

プリムラの言葉を合図に五人の出場者達が一斉に動き出し、手近な対戦相手へと襲い掛かる。一対一で武器をつばぜり合う者や一人逃げ回って周りの消耗を待つ者、戦いに集中している者を横から襲い掛かって昏倒させる者など、様々な戦いがその場で展開された。

「おおおー!」
「いいぞー!」
「やれやれー!」

レベルが近い者同士を集めているために、誰か一人が他を圧倒する事はまずない。このようなバトルロワイヤル方式では立ち回りの優れた者が最後まで生き残るのが定石だ。そんな彼等の戦いに観客達は大いに盛り上がり、やんやとヤジを飛ばしながら楽しんでいるようだった。

「ぐはっ…!」

最後に残った二人の内一人が相手の剣を掻い潜ってその脇腹に剣を叩き込むと、対戦相手は短く呻いてその場に崩れ落ちた。これで終わりだ。

『そこまで!試合終了です!』

プリムラの声が響くと、救護班が飛び出して倒れている負傷者を担架に乗せて運び出す。彼等はこのままコロッセオの中にある救護室まで運ばれて行き、そこに待機している回復班に傷を癒される段取りになっている。五人居た回復役の女の子達も少しダンジョンに籠る事でめきめきと腕を上げ、回復魔法の威力も随分と上がっていた。彼女達が居れば即死でない限りたちどころに負傷は完治するだろう。

『では二回戦といきましょう。選手達が入場してきます!』

観客を飽きさせないために、テンポよく次の試合を始めなければならない。これは何度もリハーサルを行って得た教訓だ。その甲斐あってその後の試合も特にトラブルなく進めていく事が出来た。

『これにて予選は全て終了です!本戦開始は三十分後からです!』

立て続けに行われた予選が全て終わり、観客達が席を立って買い食いやトイレなどの休憩に向かう。これは観客に対しても試合時間を伝える事によって、露店などでお金を使ってもらおうと言う作戦だ。本家リオグランドはいつ試合が始まるのか情報が全くなかったために、観客達が席をなかなか離れられないと言う弊害があった。その悪い点を改善するとともに利益に結びつけたのだ。我ながら商売人だと思う。

「面白かったわね。シャリーちゃんはどうだった?」
「おもしろかったー!」

リーベに抱きしめられながらシャリーはご機嫌だ。彼女は普段から人が激しく動いているのを見るのが好きなようで、この大会にも早くから興味を示していた。きっとリオグランドで見た時からハマっていたのだろう。

俺が露店で三人分の飲み物を買って来てすぐ、本戦一回戦開始のアナウンスが場内に響き渡った。

『皆さんお待たせしました!それでは本戦第一試合を始めたいと思います!まずは選手入場です!』
『わあああー!』

いよいよ本番と言う事で予選の時よりも歓声が大きくなっている。観客席をふと見ると、多くの人が持ち運びの出来る飲食物を片手に選手に向かって声援を送っていた。うん、どうやらこちらの思惑通りになっているようだ。

本戦はバトルロワイヤル方式と違い一対一で行われる。人が余った時はレベルの高い者からシード扱いにしているので、実力の近い者同士の戦いが多く楽しめる様になっていた。そんな出場者の二人が闘技場に上に立ち、お互いに武器を構えて相対する。

『準備できたようですね。それでは、本戦第一試合開始!』

プリムラの合図で二人が飛び出し、互いに己の得意とする武器をぶつけ合う。彼等はその場で数合打ち合い、互いの隙を突こうと攻防を続けた。やがて片方の選手が疲れを見せ始めたところ、もう片方の選手が体ごとぶつかって体勢を崩し、倒れたところに武器を突きつけて勝負を決めた。

『試合終了!一回戦の勝者はノーリ選手の勝利です!』
『オオオー!』

観客達からは勝者に向けて喝采が送られ、敗者に対しては慰めの声が送られた。運営側として何か不正は無いかと目を光らせてはいたが、特に卑怯な真似も行われないクリーンな試合運びだ。楽しむと言うより監視すると言った目線で試合を眺める俺の前で次々と選手達がぶつかり合い、ついに決勝の開始が合図された。

決勝に出場する二人は流石にここまで勝ち上がってきただけあり、他の参加者とは明らかに格の違う動きを見せている。レベル的には二人とも三十に届かないぐらいだが、それでもその戦いぶりは俺を感心させるほど多彩で、少しも飽きさせない展開だった。だがそんな彼等の試合も次第にどちらが優勢がハッキリしてくる。剣と盾を持った選手が二刀流の選手の攻撃を巧みに防御して消耗を誘い、体力の限界が来たところで一気に攻勢をかけたのだ。二刀流の選手は一転劣勢に立たされ必死で防御して粘るが、体力が尽きた時点で彼の勝機は消え去っていた。結局片方の剣を弾き飛ばされた後に盾で顔面を殴りつけられ、倒れ込んだ所で降参だ。

『勝負あり!優勝はベン選手です!』
「いいぞー!」
「かっこよかったよー!」
「面白かったよー!」

優勝を決めたベンと言う名の選手が笑顔で両手を突き上げて声援に答えている。疲労は濃く体中傷だらけだが、その顔は満足感に満ちていた。勝負が決まった瞬間下の選手通用口に移動していた俺はスタッフから賞金の入った袋を受け取り、未だ興奮冷めやらぬ闘技場へと歩いて行った。

歩いて来るのが俺だと気がついたベンは若干緊張していたようだが、目の前に立った俺から握手を求められると笑顔を浮かべて握り返してきた。その瞬間、一瞬にしてベンの体の傷が全快する。あらかじめ用意してあった回復魔法を発動させただけだが、突然の事で彼はハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていた。そんな様子を微笑ましく見ていた俺の耳元に、プリムラの声が聞こえてくる。

「エスト様、準備完了です」

俺はその言葉に静かに頷き、観客達に向けて話し始める。

『皆さん!ご覧の通り今回の優勝者はベン選手となりました!ベン選手には大会優勝賞金として、金貨十枚が与えられます!』
「うらやましいー!」
「俺にも分けろー!」
「お前とは親戚だったんだよー!」

観客達は素直に祝福するだけでなく、彼らなりの言葉で優勝したベンの健闘を称えている…と思いたい。まさか僻んでる訳じゃないよな?そんな疑問をおくびにも出さず、俺は片手を上げて声援に答えるベンに向き直り、その両手に金貨の入った袋を差し出した。彼は今までさんな大金と縁が無かったのか随分と興奮しているようで、鼻の穴をピクピクさせながら必死に冷静さを装って大事そうに袋を押し頂く。

『以上で第一回の闘技会は終了とします!もう一度ベン選手に盛大な拍手を!』

その途端、今までで一番の拍手と歓声が沸き起こりコロッセオ全体が震えた。始める前はどうなるかと思ったが、今回の大会は大成功だ。この調子なら次からも上手く運営していく事が出来るだろう。協力してくれたみんなに感謝しつつ、俺は興奮冷めやらぬ闘技場を後にした。
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