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第333話 自己紹介

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翌朝、まだ早朝だと言うのに俺に来客があると見張りに立っていた女の子から知らせを受けた。欠伸をしながら身支度を整え正門まで歩いて行くと、そこには昨日俺の配下になったばかりの三人が緊張した面持ちで立っていた。

『おはようございます!』
「おはよう…随分早いね」

朝に来いとは言ったが、まさかこんな早朝に叩き起こされるとは思わなかった。まあ正確な時間を指定しなかった俺が悪いんだけど。やる気の表れだと好意的に解釈しておこう。

「私はもう少し遅い時間でもいいんじゃないかって言ったんですけどね」
「いや、初日から遅れる訳にはいかないだろ。遅れて怒られるより、早く来て怒られた方がマシだ」
「その中間で良いと思うんだけど…ブラウンは張り切り過ぎよ」

どうやらこの時間帯に来る事を主張したのはブラウンのようだ。真面目な彼らしいと言えばらしいが、つき合わされたリーサとメイアはいい迷惑だったろう。俺も彼女達と同意見だったが、それはあえて言うまい。

「じゃあ、とりあえず君達の部屋から決めようか。開いてる部屋はまだまだあるし、好きな所を選ぶと良い」
「やった!城の中に住めるんですね!」
「一人一部屋貰えるなんて…」
「後で家具とか運び込まないといけないかな」

初めて入った城の中を物珍しそうに眺める三人を、通りかかった先輩である女の子達が微笑ましそうに見ている。自分達にもあんな時期があったなと思い出しているのかも知れない。城内にある住居の区画は以前と比べて人口がかなり増えていた。奴隷やアルゴスで仕官してきた女の子達の何人かがこちらに配属になっていたからだ。すれ違いざまに挨拶してくる彼女達に手を上げながら、俺は空いてる部屋に三人を案内する。

「この三つの部屋なら使っていいな。一応業者が備え付けの家具を運び込んでくれてるみたいだから、今日からでも生活できるよ」

ドアを開けて中を見渡すと、部屋の中にはこじんまりとしているが質の良い家具と観葉植物が備え付けてあった。流石に城の中なので窓は無い。攻撃された時に侵入される恐れがあるからだ。部屋の広さは日本で言うところの六畳一間ほどだろうか?一人で住むなら十分な広さだろう。

「こんなに広い部屋を一人で使っていいんですか?」
「凄い…私の実家ならここに家族四人で生活してますよ」
「こんなに良くしてくれるなんて…頑張らないと」
「まあ、ここにずっと住んでなきゃいけないって決まりはないから、将来的に外に部屋を借りてそこから通うのもアリだ。その辺は自由にしてくれ。さて、次は食堂の場所を教えておこうか。こっちだ」

食堂は毎日の食事を摂る場所でもあり、この城に勤める全ての人々にとって情報交換の大事な場所になる。ローテーションで働く時間がズレる班にとっても、普段交流の無い他の班と話せる数少ない場所になる。そんな場所に彼等三人を案内したところ、食堂は朝食を摂りに来た多くの人で混雑していた。ちょうどいいからここで全員に紹介しておこうと思い、俺はパンパンと手を叩いて皆の注目を集め、その場で声を張り上げた。

「えー、みんな食事をしながらでいいから聞いてくれ。今日から一緒に働く事になった冒険者学校初の卒業生三人を紹介しておく」

そう言って後ろに控えていたブラウン達三人を前に押し出す。彼等は今までで一番緊張していたが、俺が一つ頷くと上ずった声で自己紹介を始めた。

「み、皆さん初めまして!俺の名はブラウンです!えーと、武器は槍が得意です。一生懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」
「そんなに緊張しなくたって、誰もとって食ったりしないよ!」
「頑張ってねー」

拍手と共に冷やかしの声が投げかけられる。しかし彼女達から嫌な感じは少しも感じないため、冷やかすと言うより三人の緊張を解きほぐそうとしてくれているのだろう。ブラウンの次はリーサだ。彼女はブラウンに比べると堂々としていて、前に一歩出た後大きく一礼し、食堂中に響き渡る様に声を張り上げた。

「リーサです!見ての通り狐族の獣人です!得意な武器は双剣で、犬族ほどではないですが臭いの嗅ぎ分けが得意です。よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくな!」
「期待してるよー」

リーサの自己紹介と共に拍手が巻き起こり、彼女は少し照れくさそうにして後ろに下がった。そして最後がメイアだ。ブラウンとリーサのおかげで場の空気が少し和らいだので、今なら人見知り気味な彼女でも大丈夫だろう。

「初めましてみなさん!私はメイア、弓使いです。ブラウンと一緒でこの村出身です。頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」
「弓が上手いってクレアちゃんから聞いてるよ!」
「組む事があったら援護よろしく!」

思い思いの言葉でブラウン達三人は皆に歓迎されていたようだ。奴隷や試験を受けて仲間になった者が大部分だけに彼等卒業生が受け入れられるか少し心配だったが、どうやら俺の杞憂だったようでホッと胸を撫で下ろす。

「みんな時間を取らせてすまなかった。食事を再開してくれ」

三人の自己紹介が終わった途端、食堂は再び喧騒に包まれた。バイキング形式だから人気のある食べ物はすぐに無くなってしまうため、腹を減らした者が我先にと皿へ群がるのだ。食事を運んで来る配膳係のメイドも、この時ばかりは普段の笑顔を忘れて顔が引きつっていた。そんな彼女達の食欲に少し圧倒された三人の下に、食事を終えたルシノアがやって来る。

「エスト様、おはようございます。こちらの三名がアミル殿から報告のあった卒業生ですね?」
「そうだ。開いてる部屋を彼等に提供したから、ルシノアには給料や待遇の説明を頼む」
「承知しました。では三人とも、ついてきなさい」
「あ、その前に少しいいか?渡しておく物があるんだ」

そう言って道具袋から昨日ドワーフの親父に打ってもらったばかりの短剣を取り出し、一振りずつ三人に渡す。意味も解らず受け取った三人は当初困惑顔だったが、手の中にある短剣の見事さに目を奪われていた。

「それは冒険者学校卒業の証だ。卒業生全員に記念品として与える事になっている。君達はその第一号だな」

まさか自分達にくれると思っていなかったのか、三人は驚きながらも改めて短剣に目をやる。すると感激した彼等の目に、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。

「こんな良い物をいただけるなんて…!領主様、俺、このご恩に報いる様に一生懸命働きます」
「本当に卒業できたんだなって、やっと実感出来たかも。勇者様、ありがとうございます!」
「この短剣に恥じぬ働きをします。見ててください、領主様」

これだけ喜んでくれたならプレゼントした甲斐があったと言うものだ。まだまだ一人前として働くには時間が必要だろうが、彼等ならきっと上手く馴染めるはずだ。将来的にはこの領地きっての生え抜きになるかも知れない…そんな事を妄想しながら、俺は沸き上がってきた食欲を満たすために食堂の喧騒の中へと飛び込むのだった。
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