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第332話 卒業の証

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バックスに転移した俺は、以前持ち込みで鎧や武器を作ってもらった装備屋の前に現れていた。扉を開けて中に入ると、以前と同じように店の親父がムッツリ顔で腕を組み、カウンターの奥に控えているのが見える。相変わらずどこのラーメン屋だと言いたくなるような態度だが、俺の顔を見ると弾かれたように立ち上がった。

「あんたは…久しぶりじゃないか。今日も何かの持ち込みか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど。少し相談があってね」

俺が自分の領地で冒険者学校を建てた事は少なからず噂になっていたようで、驚いた事にこの店の親父もその事を知っていた。その噂になっている学校で卒業の証として手渡される武器の製作を依頼されると解った途端、親父は俄然やる気になって身を乗り出して来た。

「今や知らぬ者は居ない勇者エストが造った冒険者学校の卒業の証を作れるなんて、鍛冶屋冥利に尽きるってもんだ。その依頼、引き受けさせてもらうぜ」
「受けてくれるのか。助かる。それにしても、よく俺の事知ってたな」
「あんたはこの国じゃ有名人だよ。国王や城の兵士達を拳一つで打ち負かした男の中の男ってな。前に装備を作った時は気がつかなかったけど、後で話を聞いた時は驚いたもんだ」

やはりドワーフは脳筋なのか、あの乱闘騒ぎが良いように伝えられているようだ。知らない所でそんなに褒められていると、なんだか照れくさくなってくる。親父はカウンターの下で何やらごそごそとやり始めたと思ったら、いくつかの鉱石を並べ始めた。

「まず武器に使う素材から選ぼうか。本音を言えばこの間みたいにドラゴンの素材を使いたいんだが、生徒さんに渡すならそこまで希少価値のある物を使わない方が良いと思う。金になると解ったら盗まれるかも知れないし、格上の冒険者と組んだ時にトラブルになりかねない」
「なるほど…と言う事は、普段手に入る鉱石の中で比較的高価な物ぐらいがちょうどいいかな」
「量産品なら鉄や鋼でいいだろうが、少し値は張るがミスリルを使うのも良いかも知れない。ミスリルは多く出回る品じゃないが、アダマンタイトほどの希少価値は無い。シルバーランクの冒険者が何回か依頼をこなせば買える範囲だし、悪さをしてまで奪う奴は少ないと思うぞ」

市販の装備をあまり購入した経験の無い俺にとって親父の助言は有り難かった。自分じゃ安いと思っても他人にとってそうではない場合もあるからな。

「なら決まりだな。素材はミスリルだ。作りは華美でなく実用重視で頼む。長く使い続けられるような、頑丈なやつを頼むぜ」
「よしきた。なら早速製作にとりかかろう。親父も奥に居るからあっと言う間に出来上がるぜ」
「値段はどれぐらい?」
「材料費さえ貰えればいいんだが、それじゃあんたが納得しないだろうからな。そうだな…手間賃含めて一本金貨一枚でどうだ?」

以前街で買った事のある長剣は少し魔力を含むだけで金貨八枚はしていた。ミスリルで作られて、尚且つ腕利きのドワーフが作ったとなると普通ならこの十倍はしそうだ。かなり安くしてくれたのだろう。なんだか申し訳ない気もするが、ここは素直に好意を受け取っておこう。

「ありがとう。じゃあその値段で頼むよ。とりあえず今回は十本頼みたい。生徒が卒業しそうになったらまた頼みに来るから」

そう言って俺は道具袋から取り出した金貨をカウンターに積み上げた。枚数はきっちり十枚。念のために多めに持ち歩いていたが、ギリギリ足りて良かった。金貨を大事にしまい込んだ親父はそのまま入口に向かい、閉店の看板をドアにかける。店員が二人しか居ないから製作を始めると接客出来なくなるもんな。

「十本なら半日ってとこだ。夜半過ぎにもう一度訪ねてくれ」

そう言い残し親父は店の奥へと消えた。鍛冶について俺が出来る事など何もないので、ここで待っていてもしょうがない。半日ぐらい時間が空いた事だし、闘技会本番に備えてアルゴスの領地に宿泊施設を造っておくことにしよう。

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アルゴスの領地はグリトニル程ではないが次第に人の数が増えてきている。やはり闘技会と言うイベントの告知が効いているのか、金の臭いを嗅ぎつけた商人が多いようだ。未だ仮設とは言え立ち並ぶ店舗にイベントの成功を期待しながら、俺は町の一角にある広い敷地に足を運んだ。この区画は将来的に低賃金で住める住宅街にしようかと考えていたので、宿泊施設を建てるにはちょうどいい。

俺は城を建てる時の要領で地面に両手をつき、徐々に魔力を高めながら頭の中で設計図を作る。イメージするのはワンルームの部屋が並ぶ集合住宅だ。高級な宿は放っておいても商人ギルドが建てさせてくれと言って来るだろうし、俺としてはあまりお金を持っていない観光客向けの宿泊施設を建てるつもりでいる。

「よし、どうだ!」

溜めた魔力を一気に開放し地面に流し込むと、轟音を立てながら大地が隆起してあっと言う間に三階建ての集合住宅が出来上がった。部屋数は一つの階層につき五つ。合計十五部屋ある。城と違って規模が遥かに小さいので、このペースなら連続でやっても魔力が枯渇する事は無いだろう。俺は新たに現れた住宅の出来栄えに満足しながら、続けて同じ物の製作に取り掛かった。

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「結構疲れたな…」

結局休憩を挟みながら作業を続け、ドワーフの親父との約束の時間近くまでかかって全部で十棟を建て終わっていた。途中から見物人が増えてちょっとした騒ぎになっていたが、良い宣伝代わりになったんじゃないだろうか。約束の時間になったので集まった見物客達に終了を告げ、俺はそのままバックスの鍛冶屋に転移した。

閉店に札がかかるドアを開けて中に入ると、ちょうど奥から親父が出て来たところに鉢合わせた。親父の顔は煤で真っ黒に汚れ、長い髭は白から黒へと変色している。

「おお、いい時に来たな。今出来たところだよ。早速見てくれ」

疲れなど微塵も感じさせず、笑顔を浮かべながらこちらに近寄ると親父は手に持っていた出来たばかりの短剣をカウンターに置く。その表情はとても満足気で、一仕事終えた男の顔になっていた。そんな彼に苦笑しながら俺は完成した短剣を手にとって、細かく観察し始めた。

「鞘は黒塗りなんだな…でも安っぽくなくて高級感がある。これは…漆か?」
「お前さんの言うウルシってのが何か解らんが、それは最近ある職人が偶然見つけて少しずつ流行ってる塗料だよ。木の皮に切れ込みを入れて、溢れてくる樹液を濾過した後、鉄粉を加えて色を付けるんだ。つやつやしてて綺麗だろう?」

うん、漆だな。若干差異はあるかも知れないが、漆の製法とよく似ている。次に刃を抜いてみる。すっかり日が落ちて月明かりが差し込む店内で、月光を反射した短剣がうっすらと神秘的に輝いている。実用的な造りで奇抜さなど一切無いが、シンプルなだけにその美しさが際立って見えた。それに、よく見れば柄の部分に何かの紋章が掘られているのに気がついた。何かと思えばクレア達の身体に刻まれている奴隷紋と同じものだ。奴隷に刻まれる奴隷紋と言うのは主人によって個体差があり、二つと同じ形は無い。俺の奴隷紋は竜の頭と翼を模した形だ。

「素人目でも業物だって解るな。これは大したもんだ…それにこの紋章、前に一度見ただけなのによく覚えていたな」
「お前さんの奴隷紋は見事な造形だったから印象に残っていたんだよ。我ながら大したもんだと思うぜ」
「まったくだ。あんたに頼んで良かった」

この短時間にこれだけの物を十本も作りだすなんて、流石ドワーフと言ったところか。彼等の技量には本当に驚かされる。これをプレゼントされる卒業生たちの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。満足した俺は剣を鞘に納め、親父に頭を下げる。

「ありがとう。いい仕事してくれたな。またよろしく頼むよ」
「こちらこそだ。気合の入った良い武器を打たせてもらったよ。またいつでも来てくれ」

大きな木箱に治められた残りの短剣を受け取り、俺はグリトニルの城まで帰る。ドワーフの親子のおかげでなんとかギリギリ間に合ってよかった。明日の朝、初仕事に挑む卒業生三人にこの短剣を授けるとしよう。
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