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第329話 アルゴスでの親睦会
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転移した先はアルゴスにある城の前だ。見張りに立っている女の子達は突然現れた俺達を警戒し武器を向けてくる。見慣れない顔なので、この子達が俺が居ない間に採用された女の子達なのだろう。
「何者だ!そこで止まれ!」
「…転移の魔法…ただ者では無い。応援を呼んでくる」
まだ勤め始めて間もないはずなのに、こちらの人数が多い事や転移の魔法を見るなり応援を呼んだのは高評価だ。どうやらディアベル達はしっかりした人物達を選んでくれたらしい…と、感心してばかりいられない。早く誤解を解かないと飛び掛かってくる恐れがあるからな。
「とりあえず武器は治めてくれないか?俺はこの城の主エストだ。ステータスを確認してくれ」
城の正門に居た数人が訝し気に俺を観察すると、途端に驚いた様子で武器を下げる。領主がどんな人物か聞いてはいたが、ここまでレベルが高いとは思っていなかったのだろう。彼女達の顔には若干緊張の色が見て取れた。
「失礼しました!お顔を拝見した事がなかったので…」
「気にしなくていいよ。エドは中に居る?」
「はい。執務中のようです」
新たに加わった女の子達を連れて城の中に入ったところで応援として呼ばれてきた集団と鉢合わせしたが、その中には以前雇ったウィルと奴隷のイデア姉弟の姿があった。俺の顔を確認したウィルが他の女の子達をかき分けて我先にと走ってくる。その様はまるで主人が帰って来た時の犬のようだ。
「エスト様!お帰りなさいませ。曲者が現れたと聞いたのですが…」
「ああ、それは俺の事だ。俺の顔を知らない子達が誤解したみたいだ」
「そうだったんですか。ところで、後ろの人達は?」
「新しい仲間だ。全員に話があるから、食堂に集まる様に伝えてくれるか?」
「承知しました。みんな、聞いての通りだ。巡回中の隊には俺と姉さんで知らせに行く。城の近くや中に居る者達には各自で伝えてくれ」
この応援部隊はウィルが隊長なのか、テキパキと指示を出していく。以前奴隷商の前で情けなく喚いていた姿とはまるで違い、なかなか頼りになる隊長ぶりだ。実力的にはシルバーランクだが、彼には人をまとめる能力があるのかもしれない。ウィルの指示を受けた部隊の女の子達が城や城内に急ぎ足で散って行く。そしてウィルとイデアの二人は正門前に繋げてあった馬に乗ると、勢いよく領内に向けて駆け出して行った。
そんな二人を見送り俺達は城内にある執務室を目指す。グリトニル側と造りが全く同じなので、迷うことなく目的の部屋まで辿り着く事が出来た。静かにドアを開けると、部屋の中ではエド夫妻と数人の女の子達が黙々と事務仕事に励んでいるところだった。ふらりと部屋に入ってきた俺に気がついたエドが、弾かれたように顔を上げる。
「…!エスト様、お帰りなさいませ」
「ただいま。有能な人材を確保出来たみたいだな」
「はい。皆有能な者達ばかりなので仕事が捗ります」
多くの部下が出来た事で責任感が生まれたのか、今のエド夫妻に昔の様なのんびりした雰囲気は無い。ピシっとした服に身を包んだ彼等は見るからに有能そうだ。だが決して嫌味な感じを受けないのは彼等の人柄のおかげだろう。
「クレール、すまないけど彼女達にまともな服を与えてやってくれるかな?その後で食堂に集まってくれ」
「かしこまりました」
未だに事態が把握できず、戸惑うばかりの新しい奴隷達をエドの妻であるクレールが連れて行く。彼女に任せておけば悪いようにはしないはずだ。一足先に食堂に向かって休憩でもするかと歩いていたら、前方から凄い勢いで駆けてくる美人さんが目に入った。鍛錬でもしていたのか、一枚だけ着ているシャツは汗で濡れており、下着の形がうっすらと見えている。いかん。これは目に毒だ。彼女は後ろに纏めた黒い髪を振り乱して俺の下まで辿り着くと、荒い息を吐きながらまじまじとこちらを凝視してくる。美人に見つめられて悪い気はしないが、目的が解らず凝視されて思わずたじろいでしまった。そんな気まずい沈黙が続く中、目の前の美女が思い切ったように口を開く。
「は!」
「は?」
気合が入り過ぎたのか、美女は最初の一言を発するとそのまま固まってしまった。あまりの緊張で言いたいセリフが飛ぶと言うのはよくある現象だが、今の彼女がそれなのかも知れない。美人さんは気合を入れ直す様に自分の頬を両手でピシャリと叩き、改めて俺に向き直る。
「初めましてエスト様!私の名はリセ。現在新部隊の隊長を務めさせていただいております。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします!」
はきはきとした声で目の前の美人が名乗りを上げ、直角に近い角度で頭を下げる。そうか、この子がクレア達の言っていた俺のファンの子か。なるほど、確かに街を歩けば十人中九人は振り返りそうな美人だ。だが勘違いしてはいけない。彼女は勇者としての、虚像としての俺に好意を持っているだけであって、俺の本質に好意を抱いている訳では無い。そこのところを肝に銘じないと余計な恥をかく事になる。俺は舞い上がっている彼女をなるべく幻滅させないよう、努めて紳士的に振る舞う事にした。
「こちらこそ初めまして、まどまあぜる。君の様なふつくしい女性に出会えるなんて、僕はなんて幸運なのだろう。今後ともよろしく頼むよ」
「まどま…?はぁ…よ、よろしくお願いします」
前髪をわざとらしくかき上げながら挨拶して見たものの、リセは曖昧な戸惑ったように愛想笑いを浮かべている。何と言う事か、若干引いてるではないか。自分なりに精一杯格好をつけてみたつもりだったが、彼女の反応からして思い切り滑っていたようだ。再び訪れた気まずい沈黙を今度はこちらから破る。
「…今のは忘れてくれ。…今食堂にみんなを集めてるところだから、君も早くそっちに行くように」
「は、はい!すぐに向かいます!」
ここに来た時と同じ勢いでリセは今来た道を引き返す。俺はその後をとぼとぼと歩きながら、今の挨拶のどこが問題だったのか真剣に頭を悩ませた。やはりフランス語か?フランス語が悪かったのか?決して美形とは言い切れないが、俺の顔の造形は平均より上回っているはずだ。と言う事はやはりフランス語の発音が悪かったのがいけないのだろう。うん、やはりそうだ。他に理由は考えられないし、そうに違いない。
一人結論づけた俺が辿り着いた頃、食堂の中には百人近い人が入り随分と窮屈になっている。そんな彼等の前を通り抜け、俺は全員を見渡すために椅子を引っ張り出してその上に立つ。
「よっこいしょういち…と」
俺がつぶやいた一言に騒めいていた食堂が静まり返る。うむ、どうやらまた滑ったようだ。名前のチョイスが良くなかったのだろうと瞬時に自己分析する。『よこみぞまさし』とか『よこやまみつてる』とかなら受けたかも知れなかった。この反省は次に生かそう。
鍛え抜かれた俺の精神力で、今滑った事など無かったかのように振る舞う事が出来る。椅子の上から見渡すと、さっき別れたクレール達とリセもちゃんと食堂の中に居るのが見えた。一つ咳払いした俺は食堂中に響き渡る様に声を張り上げる。
「みんなよく集まってくれた!俺がこの領地を治めるエストだ、よろしく頼む!集まってもらったのは他でもない。皆の顔を一度見ておきたかったからだ。せっかく集まってくれて挨拶だけと言うのも味気ないし、この後は特別に休みにして全員で食事会を開こうと思う。金は全てこっち持ちだから気にしないで楽しんでくれ」
突然の休みと宴会の知らせにその場にいた者達がワッと盛り上がる。椅子を降りた俺はエド夫妻を手招きして呼び寄せ、現在予備として備蓄している食料と酒を提供するように頼んだ。会計を預かるエド達は突然の出費にも嫌な顔一つせず、二つ返事で手近な女の子達に宴会の準備を指示していた。
その後十人ばかり連れて王都まで転移した俺は、通りにある露店や酒屋で大量の飲食物を確保して城に戻る。既に大部分の者が解放された酒や料理に舌鼓を打ち、大いに盛り上がっていた。俺もそんな彼女達に負けないように酒を一気にあおると、談笑しているグループを次々回って少し話をしていく。まるで宴会の時に邪魔者扱いされる上司その物の行動だが、彼女達がそれほど嫌な顔をしていなかったのが救いだろう。
これですぐ全員が仲良くなり結束が固まった…とはいかないだろうが、少しぐらいその助けにはなったはずだ。これから先の戦いに備えて彼女達の力には大いに頼る事になる。魔族との戦いでは、この中の誰一人欠ける事無く勝利したいものだと思いつつ、宴会を楽しむ彼女達を眺める俺はそう願わずにいられなかった。
「何者だ!そこで止まれ!」
「…転移の魔法…ただ者では無い。応援を呼んでくる」
まだ勤め始めて間もないはずなのに、こちらの人数が多い事や転移の魔法を見るなり応援を呼んだのは高評価だ。どうやらディアベル達はしっかりした人物達を選んでくれたらしい…と、感心してばかりいられない。早く誤解を解かないと飛び掛かってくる恐れがあるからな。
「とりあえず武器は治めてくれないか?俺はこの城の主エストだ。ステータスを確認してくれ」
城の正門に居た数人が訝し気に俺を観察すると、途端に驚いた様子で武器を下げる。領主がどんな人物か聞いてはいたが、ここまでレベルが高いとは思っていなかったのだろう。彼女達の顔には若干緊張の色が見て取れた。
「失礼しました!お顔を拝見した事がなかったので…」
「気にしなくていいよ。エドは中に居る?」
「はい。執務中のようです」
新たに加わった女の子達を連れて城の中に入ったところで応援として呼ばれてきた集団と鉢合わせしたが、その中には以前雇ったウィルと奴隷のイデア姉弟の姿があった。俺の顔を確認したウィルが他の女の子達をかき分けて我先にと走ってくる。その様はまるで主人が帰って来た時の犬のようだ。
「エスト様!お帰りなさいませ。曲者が現れたと聞いたのですが…」
「ああ、それは俺の事だ。俺の顔を知らない子達が誤解したみたいだ」
「そうだったんですか。ところで、後ろの人達は?」
「新しい仲間だ。全員に話があるから、食堂に集まる様に伝えてくれるか?」
「承知しました。みんな、聞いての通りだ。巡回中の隊には俺と姉さんで知らせに行く。城の近くや中に居る者達には各自で伝えてくれ」
この応援部隊はウィルが隊長なのか、テキパキと指示を出していく。以前奴隷商の前で情けなく喚いていた姿とはまるで違い、なかなか頼りになる隊長ぶりだ。実力的にはシルバーランクだが、彼には人をまとめる能力があるのかもしれない。ウィルの指示を受けた部隊の女の子達が城や城内に急ぎ足で散って行く。そしてウィルとイデアの二人は正門前に繋げてあった馬に乗ると、勢いよく領内に向けて駆け出して行った。
そんな二人を見送り俺達は城内にある執務室を目指す。グリトニル側と造りが全く同じなので、迷うことなく目的の部屋まで辿り着く事が出来た。静かにドアを開けると、部屋の中ではエド夫妻と数人の女の子達が黙々と事務仕事に励んでいるところだった。ふらりと部屋に入ってきた俺に気がついたエドが、弾かれたように顔を上げる。
「…!エスト様、お帰りなさいませ」
「ただいま。有能な人材を確保出来たみたいだな」
「はい。皆有能な者達ばかりなので仕事が捗ります」
多くの部下が出来た事で責任感が生まれたのか、今のエド夫妻に昔の様なのんびりした雰囲気は無い。ピシっとした服に身を包んだ彼等は見るからに有能そうだ。だが決して嫌味な感じを受けないのは彼等の人柄のおかげだろう。
「クレール、すまないけど彼女達にまともな服を与えてやってくれるかな?その後で食堂に集まってくれ」
「かしこまりました」
未だに事態が把握できず、戸惑うばかりの新しい奴隷達をエドの妻であるクレールが連れて行く。彼女に任せておけば悪いようにはしないはずだ。一足先に食堂に向かって休憩でもするかと歩いていたら、前方から凄い勢いで駆けてくる美人さんが目に入った。鍛錬でもしていたのか、一枚だけ着ているシャツは汗で濡れており、下着の形がうっすらと見えている。いかん。これは目に毒だ。彼女は後ろに纏めた黒い髪を振り乱して俺の下まで辿り着くと、荒い息を吐きながらまじまじとこちらを凝視してくる。美人に見つめられて悪い気はしないが、目的が解らず凝視されて思わずたじろいでしまった。そんな気まずい沈黙が続く中、目の前の美女が思い切ったように口を開く。
「は!」
「は?」
気合が入り過ぎたのか、美女は最初の一言を発するとそのまま固まってしまった。あまりの緊張で言いたいセリフが飛ぶと言うのはよくある現象だが、今の彼女がそれなのかも知れない。美人さんは気合を入れ直す様に自分の頬を両手でピシャリと叩き、改めて俺に向き直る。
「初めましてエスト様!私の名はリセ。現在新部隊の隊長を務めさせていただいております。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします!」
はきはきとした声で目の前の美人が名乗りを上げ、直角に近い角度で頭を下げる。そうか、この子がクレア達の言っていた俺のファンの子か。なるほど、確かに街を歩けば十人中九人は振り返りそうな美人だ。だが勘違いしてはいけない。彼女は勇者としての、虚像としての俺に好意を持っているだけであって、俺の本質に好意を抱いている訳では無い。そこのところを肝に銘じないと余計な恥をかく事になる。俺は舞い上がっている彼女をなるべく幻滅させないよう、努めて紳士的に振る舞う事にした。
「こちらこそ初めまして、まどまあぜる。君の様なふつくしい女性に出会えるなんて、僕はなんて幸運なのだろう。今後ともよろしく頼むよ」
「まどま…?はぁ…よ、よろしくお願いします」
前髪をわざとらしくかき上げながら挨拶して見たものの、リセは曖昧な戸惑ったように愛想笑いを浮かべている。何と言う事か、若干引いてるではないか。自分なりに精一杯格好をつけてみたつもりだったが、彼女の反応からして思い切り滑っていたようだ。再び訪れた気まずい沈黙を今度はこちらから破る。
「…今のは忘れてくれ。…今食堂にみんなを集めてるところだから、君も早くそっちに行くように」
「は、はい!すぐに向かいます!」
ここに来た時と同じ勢いでリセは今来た道を引き返す。俺はその後をとぼとぼと歩きながら、今の挨拶のどこが問題だったのか真剣に頭を悩ませた。やはりフランス語か?フランス語が悪かったのか?決して美形とは言い切れないが、俺の顔の造形は平均より上回っているはずだ。と言う事はやはりフランス語の発音が悪かったのがいけないのだろう。うん、やはりそうだ。他に理由は考えられないし、そうに違いない。
一人結論づけた俺が辿り着いた頃、食堂の中には百人近い人が入り随分と窮屈になっている。そんな彼等の前を通り抜け、俺は全員を見渡すために椅子を引っ張り出してその上に立つ。
「よっこいしょういち…と」
俺がつぶやいた一言に騒めいていた食堂が静まり返る。うむ、どうやらまた滑ったようだ。名前のチョイスが良くなかったのだろうと瞬時に自己分析する。『よこみぞまさし』とか『よこやまみつてる』とかなら受けたかも知れなかった。この反省は次に生かそう。
鍛え抜かれた俺の精神力で、今滑った事など無かったかのように振る舞う事が出来る。椅子の上から見渡すと、さっき別れたクレール達とリセもちゃんと食堂の中に居るのが見えた。一つ咳払いした俺は食堂中に響き渡る様に声を張り上げる。
「みんなよく集まってくれた!俺がこの領地を治めるエストだ、よろしく頼む!集まってもらったのは他でもない。皆の顔を一度見ておきたかったからだ。せっかく集まってくれて挨拶だけと言うのも味気ないし、この後は特別に休みにして全員で食事会を開こうと思う。金は全てこっち持ちだから気にしないで楽しんでくれ」
突然の休みと宴会の知らせにその場にいた者達がワッと盛り上がる。椅子を降りた俺はエド夫妻を手招きして呼び寄せ、現在予備として備蓄している食料と酒を提供するように頼んだ。会計を預かるエド達は突然の出費にも嫌な顔一つせず、二つ返事で手近な女の子達に宴会の準備を指示していた。
その後十人ばかり連れて王都まで転移した俺は、通りにある露店や酒屋で大量の飲食物を確保して城に戻る。既に大部分の者が解放された酒や料理に舌鼓を打ち、大いに盛り上がっていた。俺もそんな彼女達に負けないように酒を一気にあおると、談笑しているグループを次々回って少し話をしていく。まるで宴会の時に邪魔者扱いされる上司その物の行動だが、彼女達がそれほど嫌な顔をしていなかったのが救いだろう。
これですぐ全員が仲良くなり結束が固まった…とはいかないだろうが、少しぐらいその助けにはなったはずだ。これから先の戦いに備えて彼女達の力には大いに頼る事になる。魔族との戦いでは、この中の誰一人欠ける事無く勝利したいものだと思いつつ、宴会を楽しむ彼女達を眺める俺はそう願わずにいられなかった。
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