ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第321話 強引な勇者

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「離しやがれ…って、どこだここは!?」

強引に連れて来た親子と共に、俺は自分の城の食堂の中に現れていた。もうこの城に住む人間は俺達パーティーの面子が急に現れる事など慣れているので、特に驚いたり狼狽えたりしなくなっている。しかし見慣れない人物が一緒となれば話は別だ。夕食の仕込みをしていたメイド長のジェシーが俺達に気づき、エプロンで手を拭いながらこちらに寄ってきた。

「エスト様、お帰りなさいませ。そちらの方はお客様ですか?」
「そう言う訳じゃないんだけど…とりあえず、この子達に食事を与えてやって、後で風呂に入れといてくれる?服はルシノアに言って村の雑貨屋から取り寄せてもらってくれ」
「かしこまりました」

明確な説明が無くても主の意思に従ってすぐに行動に移す事が出来る。流石は長くメイドをやっていただけの事はある。親と引き離されると察した子供たちがオッサンを不安そうに見上げるが、俺は笑顔を浮かべて彼女達に笑いかけた。

「心配しなくても大丈夫だ。父ちゃんはすぐに帰ってくるから、いい子にして待ってると良い」

それでも二人は離れがたそうにしていたが、ジェシーに誘われると大人しく席に着いた。父親の事は心配だが、ろくに食事を与えられていない子供が良い匂いのする食事の誘惑には勝てなかったらしい。状況がよく解らずに戸惑うオッサンが逃げないように捕まえながら、俺達は城を後にした。

次に現れたのは領地にある冒険者ギルド出張所の前だ。造ったばかりの頃と違って、最近は流れの冒険者の姿もちらほらと見られるようになった。領地のダンジョンも日々成長しているので、冒険者学校の生徒達以外を受け入れ始めた結果だろう。そんな彼等を横目で見ながら、俺はオッサンを引きずりつつカウンターまで足を運んだ。

「これは領主様。本日はどのようなご用件で?」
「このオッサンの冒険者登録を頼みたい」
「ちょっと待て!俺は冒険者になるつもりなんて無いぞ!」

抗議の声を上げるオッサンと俺の顔を交互に見た受付嬢は下手に関わると自分に害があると判断したのか、無言でオッサンの手続きを始めた。久しぶりに見るブロンズのプレートを机から取り出し、オッサンの顔をじっと見る。ステータスを見て名前とレベルを確認しているのだろう。

「お名前は…グロースさんですね。レベルは3…と。はい、これで登録できました。カードや特典の説明は?」
「ああ、いいよいいよ。俺がしとくから。それじゃ行くぞオッサン」
「てめえ何勝手に決めてんだ!いいかげん離しやがれ!」

受付嬢の差し出したカードを受け取り、次に向かったのは冒険者学校だ。今日は教官の他にアミルも生徒達の訓練をしているらしく、結構な人数が運動場を所せましと走り回っていた。

「おや領主様。こんにちは」
「ん?エストじゃないか。誰だそのオッサン?」

俺を発見したノイジとアミルが声をかけてきた。二人の視線は自然と俺が捕まえているオッサンにと集まる。オッサンはもう抵抗しても無駄だと察したのだろうか、不貞腐れた態度を取っているだけだ。

「ちょっと訳ありでな。このオッサンを入学させる事にしたよ。手に職つけさせて自立させるんだ」
「俺はそんな事一言も頼んでな…!」
「黙れ」

抗議の声を上げるオッサンを拳骨で黙らせ、ノイジに頼んで訓練生用の装備をオッサンに装着させるように頼む。オッサンは頭をさすりながら黙ってノイジの後に続き校舎の中に姿を消した。そんな彼を気の毒そうに見送ったアミルは、訝し気な目をこちらに向けてくる。

「また何を企んでるんだお前は?」
「アミルにも協力してもらうつもりなんだよ。実はな…」

ミレーニアの開拓村で起こった一連の出来事からここまでの事を説明すると、アミルは納得いったとばかりに頷いた。

「そう言う事か。確かにそんな奴なら多少強引でも自立させる必要があるな。働かざる者食うべからずだ。子供が居るなら尚更だろう」

アミルもオッサンを鍛え上げる事には賛成の様だ。前世と比べて、基本的にこの世界の人間は無職に対する風当たりが強いので、ニートなど存在する余地は無い。貴族と違い普通の一般人は子供の頃から家業を手伝うのが当たり前だからだ。働かない者などはさっさと家から追い出され、物乞いをやるしか生きる道は無くなってしまう。

「それで?この学校であのオッサンの面倒を見ればいいのは予想できるが、逃げ出したらどうするんだ?」
「そのへんは考えてある。ちょっと見てろ」

俺がアミルと話している内に、さっきノイジに連れていかれたオッサンが初心者用の装備を身に着けて戻って来た。あからさまに不満たらたらの表情でやる気が感じられず、アミルの言うようにすぐにでも逃げ出しそうな気配だ。

「なかなか様になってるじゃないか」
「見た目だけはな」
「好き勝手言いやがって…」

物乞いの時に比べて見違えたオッサンを好きに評価する俺とアミルに、オッサンは渋い顔でブツブツとつぶやいていた。そんなオッサンに向けて、俺は無情な宣告をする。

「オッサン…グロースだったか。グロースにはこれからここで冒険者としての訓練を受けてもらい、将来的には一人前の冒険者になってもらう。その間の衣食住は保証してやるから安心しろ。ノイジさん、寮の部屋はまだ空いてますね?」
「はい。まだ空きがあります。備品は揃ってますから、今日から住んでも問題ありません」

俺達が城に居を移した事で、以前の領主館は住む者が居なくなった。せっかく拡張した建物を取り壊すのも勿体ないので、そのまま冒険者学校の寮として使う事になっていたのだ。結構広い家だしまだまだ生徒の数も多くないから、部屋には余裕があるだろう。だが自分の意思を無視して進路を決められた事にいい加減嫌気がさしたのか、グロースが突然声を張り上げた。

「いい加減にしろよお前等!何勝手に色々決めてんだ!俺はやらんぞ!」

この期に及んでまだそんな寝言を言うか。その発言を聞いた俺の表情が一変したのを見て、アミルがやれやれとばかりに肩をすくめノイジは顔を青くした。俺は着ている物を脱ごうとしたグロースに近づいてその胸ぐらを掴み上げ、その目を見ながら静かに語りかける。

「お前の意思なんか聞いてないんだよ。俺が決めたら選択肢なんてどこにもないんだ。もし逃げようとしてみろ、今城に居るあのガキ共も一緒に奴隷に落としてやる。言っとくが脅しじゃないぞ。俺はやると言ったらやるからな」

殺気を籠めた視線を正面から受けて、グロースは冷や汗を垂らしながら目を逸らした。余程怯えているのか、その体が小刻みに震えている。勿論今言った事は全てハッタリだ。仮にこのオッサンが逃げても子供は責任もって面倒を見るし、逃げたオッサンを捕まえてまで奴隷に落とす様な暇な事をする気も無い。だが一度脅しをかけておけばある程度も覚悟も決まるはずだ。

「グロースさん…だっけ?そいつには逆らわない方が良いぜ。切れたら何するか解らない奴だからな。あんたも噂ぐらい聞いた事があるだろう?敵対する者には一切容赦しない勇者の事を」
「勇者…?まさかあの!?」

俺の言った事が完全に嘘だと解っているアミルが怯えるグロースを更に煽る。勇者の名を聞いたグロースは今更ながら俺をまじまじと見つめ、そのレベルに気がついたのか泣き出しそうな顔になっていた。そこに駄目押しとばかり脅しをかける。

「お前がまじめにやってる間はちゃんとガキ共の面倒は見てやる。飯も食わせるし学校にも通わせよう。だがもし逃げ出したりしたら…解るよな?」

邪悪な笑みを浮かべながら迫る俺に対して、グロースが出来る事など怯える以外に存在しなかった。ま、これだけ脅しておけば逃げたしたりはしないだろう。

「じゃあアミル。グロースの事は任せたぜ。一人立ちできるようにビシビシと鍛えてやってくれ」
「解ったよ。じゃあさっそく始めようか」

俄然やる気になったアミルに後を任せ俺は城へと戻ると、グロースの子供達へと会いに食堂に向かった。食堂ではいくつもの皿を空にした子供達がリーリエからデザートを貰ってニコニコと笑顔を浮かべ、非番の女の子達その周りを囲んで眺めていたところだった。

「あ、旦那様」
「ご苦労さん。面倒かけて悪いね」
「構いませんよ。仕込みも終わったし、何より子供は好きですから」

子供達の正面に座った俺は、若干緊張した面持ちの二人を解きほぐすかのように笑顔を浮かべる。怯えた様子の弟を見た姉の方は、彼を安心させるように手を握ると意を決して口を開く。

「あの、お父さんは?」
「君らのお父さんな、今日から働く事になったんだ。心配しなくても毎日会えるから、君らはここに住んでお父さんのお仕事の邪魔にならないようにしような。ここに居れば毎日ご飯食べられるし、外で寝なくてもいいから。外で遊びたかったら村の子達と一緒に遊ぶと良い。いっぱい友達が出来るぞ」

それでも不安そうな子供達。やはり親と一緒に居られないと安心できないと見える。どうしたものかと思ったら、近くに座っていたリアンが声を上げてくれた。

「なら毎日暇な奴が学校まで連れて行ってやればいいよ。みんなもいいよね?」

リアンがぐるりと周りを見渡すが、誰一人不満の声を上げる者は居なかった。確かに彼女達が同行するなら何らかの犯罪に巻き込まれる事も無いし、子供だけ行かせて迷子になる事も無いだろう。

「お嬢ちゃんたちもそれでいいね?明日からはあたしらが面倒見てやるから。城の中の事はリーリエ達に聞くといい」

大女にそう言われて、子供たちはおっかなびっくり頷いた。まあ多少不安は残るが彼女達の事だ、上手くやってくれるはずだ。強引に色々と決めてしまったが、これでグロース親子が野垂れ死ぬ事は無くなった。後は本人の頑張り次第だろう。俺はその場を後にして、ミレーニアへと戻るのだった。
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