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第318話 躾け
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―ディアベル視点
その後、警戒したもののシャリーに変化は無く無事にグリトニルに辿り着いた。久しぶりに野宿をしたので疲れが出たのか、シャリーは城に着くなり寝てしまったようだ。もしも再び異変が起きた時の対処のためにレヴィアとリーベに相談を持ち掛けると、二人とも驚きつつもシャリーの事を随分心配しているようだった。
「シャリーがそんな事になってたなんて…」
「種族としての習性なら止めさせる事も出来ないわね。何か対処法はあるの?」
「あります。ちょうどこの城には犬族の獣人の方も住んでましたし、彼女に教えてもらいました」
シャリーが寝入ってから、私とクレアは城の中に居る犬族の獣人を探し始めた。以前主殿が大量に連れて来た奴隷達の中に、何人かの獣人が居た事を思い出したからだ。違う種族のクレアやダークエルフである私が色々と考えるより、実際に経験した者に話を聞いた方が手っ取り早い。私達の予想通り、見つけた犬族の獣人は解決方法を知っていた。
「簡単ですよ。暴れ始めたら後ろから羽交い絞めにして、地面に押さえ込めばいいだけです。まあ、厳密に言えば羽交い絞めは一番簡単な方法なだけで、自分より強い者に押さえつけられるか、それとも自分には敵わないと気迫で負かすかすればいいんですけどね。」
シアンと名乗るその獣人は自分がやられた事を思い出したのか、少し照れくさそうに頬を染めながらそう教えてくれた。それにしても押さえつけるのか…普段のシャリーならともかく、あの気が立った状態ではこちらが気合負けしそうだし、近づくなんてさらに難しいぞ。どうしたものかと頭を悩ませていると、リーベが何か思いついた様に口を開いた。
「なら私に任せてくれない?シャリーちゃんがおかしくなったら、外に誘導するの。その後は私が変身してあの子を止めて見せるわ。入口で待ち伏せてれば嫌でも対峙しないといけないでしょ?まずは正面から睨み合って、それでも駄目なら押さえつけてみるわ」
「さっすが母様!それできっと上手くいくわ!」
「ええぇ…」
「…大丈夫なのかそれ?」
レヴィアに褒められてまんざらでもないと言った感じのリーベ。それを見ていた私とクレアは不安になっていた。レヴィアでも相当な大きさなのに、それより更に大きいと言われるリーベに上から押さえつけられるとか、シャリーが潰れてしまうんじゃないのか?そんな私達の懸念が顔に出ていたのか、リーベは悪戯っぽい笑みを浮かべて笑いかけてきた。
「心配しないで二人とも。いくら体が大きくてもシャリーちゃんを潰したりしないから。あの子はレヴィアの妹だもの、わたしにとっても大事な娘よ」
多少不安ではあったものの、自信満々に言い切るリーベに押される形でシャリーの事を彼女に一任する事になった。
翌朝、いつものように朝食を摂っている時突然それは来た。さっきまでニコニコと朝食に夢中になっていたシャリーが、急に興奮して周りの人間を威嚇し始めたのだ。
「うううぅ!」
「シャリーちゃんどうしたの!?」
「おいおいシャリー、何か変な物でも食べたのかい?」
「皆下がれ!今のシャリーに近づくと危険だ!」
事情を知らない奴隷達が心配してシャリーに近寄ろうとしたのを慌てて止める。下手に手を出したら大怪我しかねないからだ。事前の打ち合わせ通りクレアと共にシャリーを追い出しにかかろうとするが、なかなか上手くいかない。飛び掛かっても軽く躱され、近寄ろうとすると手近な食器を投げつけてくるのだ。おかげで食堂の中はあっと言う間に大騒ぎになってしまった。
「きゃああ!ちょっと!」
「あ、あたしのメシが!」
「暴れるなら外でやんなさいよ!」
周りの人間が騒いでいる事が気に障ったのか、シャリーは食堂を飛び出し城の外に向かって駆け出した。私とクレアはそれを必死で追うが、やはりあのすばしっこさには到底追いつけそうにない。このまま外に出られては見失ってしまうと一瞬焦ったその時、城の跳ね橋を渡りきった所で当のシャリーが立ち止まっているのが見えた。
「壁?」
昨日までは無かったはずの壁が城の出入り口を塞ぐように建っている。と思ったらその壁は少しずつ移動し、シャリーを見下ろす様に鎌首を上げ始めた。
「これ…リーベさん?」
「これが?」
話には聞いていたが、ここまで大きいとは思わなかった。彼女の巨大な頭は城の最上階より高い位置にあり、その巨大な体は城自体をぐるりと取り囲めそうな程長い。流石は海の支配者と言ったところか。
「うううーっ!」
シャリーは四つん這いになりながら、小さな体を精一杯伸ばしてリーベを威嚇している。だが悲しい事に、傍から見れば文字通り子犬がドラゴンに噛みついているようにしか見えない。圧倒的なまでの格の違いだ。海竜の姿になったリーベの表情はいまいち解らないが、彼女はその巨大な頭をゆっくり下げてきたかと思うと、シャリーの目の前で突然大きく口を開けて地を震わせるような咆哮を上げた。
『グオオオオッ!!』
「うぐっ!」
「これは!」
シャリー程ではないが、近くに居た私達もその咆哮に肝を冷やした。絶対的な強者の威嚇と言うのはこれほど心に負担をかけるものなのか。これではシャリーも…と思って彼女を見れば、シャリーはその場にひっくり返って犬の様に腹を見せていた。
「シャ、シャリー…?」
「シャリーちゃん?」
恐る恐る近づいてみると、シャリーは瞳に涙を湛えたまま尻尾を丸めて固まっていた。怯えているのを優しく抱き起してやると余程怖かったのだろう、力いっぱい抱きついてきた。
「大丈夫かシャリー?」
「わかんない…シャリーなんでこんなとこに居るの?ご飯食べてただけなのに」
クレアと二人して顔を見合わせる。どうやらさっきまでの事を本人は覚えてないらしい。どうにもハッキリしないが、これで躾けは完了したのだろうか?
「ちょっとやりすぎちゃったかしら?ゴメンねシャリーちゃん」
人の形に戻ったリーベが怯えるシャリーの顔を覗き込み、優しくその頭を撫でてやると、シャリーは未だ涙を湛えてはいたものの今度はリーベにしがみつく。うむむ…やはりリーベから溢れ出る母性には敵わないか。ひとまず騒動は収まったが、その後がまた大変だった。なにせ皆が楽しみにしている朝食を滅茶苦茶にしてしまったのだ。落ち着かせるためにシャリーを抱っこしたまま消えたリーベを恨みつつ、私とクレアは不満を口にする者達へひたすら謝罪する羽目になった。仕方ない。これも姉としての務めなのだから。
後日シアンに尋ねたところ、シャリーの躾けは無事完了していると解った。なんでも腹を見せたら降伏した証であり、それによって犬族としての躾けは終わりなのだとか。因みにあの騒ぎの中レヴィアはどうしていたかと言うと、自分の部屋で熟睡していたらしい。我が妹ながらお気楽な奴だ。
その後、警戒したもののシャリーに変化は無く無事にグリトニルに辿り着いた。久しぶりに野宿をしたので疲れが出たのか、シャリーは城に着くなり寝てしまったようだ。もしも再び異変が起きた時の対処のためにレヴィアとリーベに相談を持ち掛けると、二人とも驚きつつもシャリーの事を随分心配しているようだった。
「シャリーがそんな事になってたなんて…」
「種族としての習性なら止めさせる事も出来ないわね。何か対処法はあるの?」
「あります。ちょうどこの城には犬族の獣人の方も住んでましたし、彼女に教えてもらいました」
シャリーが寝入ってから、私とクレアは城の中に居る犬族の獣人を探し始めた。以前主殿が大量に連れて来た奴隷達の中に、何人かの獣人が居た事を思い出したからだ。違う種族のクレアやダークエルフである私が色々と考えるより、実際に経験した者に話を聞いた方が手っ取り早い。私達の予想通り、見つけた犬族の獣人は解決方法を知っていた。
「簡単ですよ。暴れ始めたら後ろから羽交い絞めにして、地面に押さえ込めばいいだけです。まあ、厳密に言えば羽交い絞めは一番簡単な方法なだけで、自分より強い者に押さえつけられるか、それとも自分には敵わないと気迫で負かすかすればいいんですけどね。」
シアンと名乗るその獣人は自分がやられた事を思い出したのか、少し照れくさそうに頬を染めながらそう教えてくれた。それにしても押さえつけるのか…普段のシャリーならともかく、あの気が立った状態ではこちらが気合負けしそうだし、近づくなんてさらに難しいぞ。どうしたものかと頭を悩ませていると、リーベが何か思いついた様に口を開いた。
「なら私に任せてくれない?シャリーちゃんがおかしくなったら、外に誘導するの。その後は私が変身してあの子を止めて見せるわ。入口で待ち伏せてれば嫌でも対峙しないといけないでしょ?まずは正面から睨み合って、それでも駄目なら押さえつけてみるわ」
「さっすが母様!それできっと上手くいくわ!」
「ええぇ…」
「…大丈夫なのかそれ?」
レヴィアに褒められてまんざらでもないと言った感じのリーベ。それを見ていた私とクレアは不安になっていた。レヴィアでも相当な大きさなのに、それより更に大きいと言われるリーベに上から押さえつけられるとか、シャリーが潰れてしまうんじゃないのか?そんな私達の懸念が顔に出ていたのか、リーベは悪戯っぽい笑みを浮かべて笑いかけてきた。
「心配しないで二人とも。いくら体が大きくてもシャリーちゃんを潰したりしないから。あの子はレヴィアの妹だもの、わたしにとっても大事な娘よ」
多少不安ではあったものの、自信満々に言い切るリーベに押される形でシャリーの事を彼女に一任する事になった。
翌朝、いつものように朝食を摂っている時突然それは来た。さっきまでニコニコと朝食に夢中になっていたシャリーが、急に興奮して周りの人間を威嚇し始めたのだ。
「うううぅ!」
「シャリーちゃんどうしたの!?」
「おいおいシャリー、何か変な物でも食べたのかい?」
「皆下がれ!今のシャリーに近づくと危険だ!」
事情を知らない奴隷達が心配してシャリーに近寄ろうとしたのを慌てて止める。下手に手を出したら大怪我しかねないからだ。事前の打ち合わせ通りクレアと共にシャリーを追い出しにかかろうとするが、なかなか上手くいかない。飛び掛かっても軽く躱され、近寄ろうとすると手近な食器を投げつけてくるのだ。おかげで食堂の中はあっと言う間に大騒ぎになってしまった。
「きゃああ!ちょっと!」
「あ、あたしのメシが!」
「暴れるなら外でやんなさいよ!」
周りの人間が騒いでいる事が気に障ったのか、シャリーは食堂を飛び出し城の外に向かって駆け出した。私とクレアはそれを必死で追うが、やはりあのすばしっこさには到底追いつけそうにない。このまま外に出られては見失ってしまうと一瞬焦ったその時、城の跳ね橋を渡りきった所で当のシャリーが立ち止まっているのが見えた。
「壁?」
昨日までは無かったはずの壁が城の出入り口を塞ぐように建っている。と思ったらその壁は少しずつ移動し、シャリーを見下ろす様に鎌首を上げ始めた。
「これ…リーベさん?」
「これが?」
話には聞いていたが、ここまで大きいとは思わなかった。彼女の巨大な頭は城の最上階より高い位置にあり、その巨大な体は城自体をぐるりと取り囲めそうな程長い。流石は海の支配者と言ったところか。
「うううーっ!」
シャリーは四つん這いになりながら、小さな体を精一杯伸ばしてリーベを威嚇している。だが悲しい事に、傍から見れば文字通り子犬がドラゴンに噛みついているようにしか見えない。圧倒的なまでの格の違いだ。海竜の姿になったリーベの表情はいまいち解らないが、彼女はその巨大な頭をゆっくり下げてきたかと思うと、シャリーの目の前で突然大きく口を開けて地を震わせるような咆哮を上げた。
『グオオオオッ!!』
「うぐっ!」
「これは!」
シャリー程ではないが、近くに居た私達もその咆哮に肝を冷やした。絶対的な強者の威嚇と言うのはこれほど心に負担をかけるものなのか。これではシャリーも…と思って彼女を見れば、シャリーはその場にひっくり返って犬の様に腹を見せていた。
「シャ、シャリー…?」
「シャリーちゃん?」
恐る恐る近づいてみると、シャリーは瞳に涙を湛えたまま尻尾を丸めて固まっていた。怯えているのを優しく抱き起してやると余程怖かったのだろう、力いっぱい抱きついてきた。
「大丈夫かシャリー?」
「わかんない…シャリーなんでこんなとこに居るの?ご飯食べてただけなのに」
クレアと二人して顔を見合わせる。どうやらさっきまでの事を本人は覚えてないらしい。どうにもハッキリしないが、これで躾けは完了したのだろうか?
「ちょっとやりすぎちゃったかしら?ゴメンねシャリーちゃん」
人の形に戻ったリーベが怯えるシャリーの顔を覗き込み、優しくその頭を撫でてやると、シャリーは未だ涙を湛えてはいたものの今度はリーベにしがみつく。うむむ…やはりリーベから溢れ出る母性には敵わないか。ひとまず騒動は収まったが、その後がまた大変だった。なにせ皆が楽しみにしている朝食を滅茶苦茶にしてしまったのだ。落ち着かせるためにシャリーを抱っこしたまま消えたリーベを恨みつつ、私とクレアは不満を口にする者達へひたすら謝罪する羽目になった。仕方ない。これも姉としての務めなのだから。
後日シアンに尋ねたところ、シャリーの躾けは無事完了していると解った。なんでも腹を見せたら降伏した証であり、それによって犬族としての躾けは終わりなのだとか。因みにあの騒ぎの中レヴィアはどうしていたかと言うと、自分の部屋で熟睡していたらしい。我が妹ながらお気楽な奴だ。
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