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第317話 本能
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―ディアベル視点
主殿は知らないだろうが、シャリーが一人で歩き回る事は実は結構ある。ならなぜ慌てて探す必要があるのかと思うだろう。その理由として、シャリーが犬の獣人と言うのが上げられる。犬族…特にシャリーのような子供は基本的に自分の知っている土地以外一人で出歩く事がほぼ無いのだ。大人になれば動物的な本能が薄らいで普通に行動できるようになるが、子供のシャリーにはまだそれが出来ない。だから今回初めて訪れた土地を一人で動くなど珍しいのだ。
シャリーは普段グリトニルの領地で村の子供達と遊んでいる事が多いが、ここに彼女の知り合いは居ない。なら考えられるのが誘拐…そうでない場合食べ物の匂いに釣られて知らない場所で迷っているかだろう。どちらにせよ早く見つけてやる必要がある。
クレアと手分けして村中を走り回りながら探していると、ある建物の影でクレアで大きく手を振っているのが見えた。どうやらシャリーを見つけたらしい。一安心してクレアに近寄ると、彼女は人差し指を口の前に立てて静かにするようにと伝えてきた。理由は解らないが頷き返し建物の影からそっと顔を出してみたところ、シャリーが四つん這いになって一心不乱に穴を掘っているのが視界に入ってきた。…あれは何をしているんだ?私にはただ穴を掘っている様にしか見えないのだが…
「たぶん、犬族としての本能が強まっているんだと思います。私も子供の頃は無性に爪を研ぎたくなったり、高い場所に上りたくなったりした時期があったんで。シャリーちゃんぐらいの歳だと、たまに自分でも何をやってるのかよく解らなくなる時があるんですよ」
獣人の生態についてはよく知らないが、種族は違えど同じ獣人であるクレアが言うなら間違いないんだろう。それにしても犬としての本能か…おしっこをかけて回るのは雄犬だけだからシャリーはしないだろうけど、後考えられるのは遠吠えとか骨をしゃぶったり……まて、シャリーは今何のために穴を掘っているのだ?犬と言う動物は何かを隠すために穴を掘るんじゃなかったか?まさかと思うが、何かの動物の骨を隠そうとしてるんじゃあるまいな。
心配になった私は抜き足差し足シャリーに近寄って、その背後からそっと穴の中身を確認する。…よかった。見たところ特に何も入ってない。と思った瞬間、私達の気配に気がついたシャリーが振り返った。私とクレアはそれを見て声も上げられない程驚かされる。なにせ泥で汚れたシャリーの口には、何の物かは解らない立派な骨が咥えられていたのだから。
「シャ、シャリー…お前それ…」
「シャリーちゃん…」
「これはシャリーが見つけたからシャリーのだよ!お姉ちゃん達にはあげないよ!」
エサを食べてる時に手を出されると犬は激怒するが、シャリーもその可愛らしい顔を怒りに歪めて小さな牙をむき出しにしていた。普段ニコニコしているシャリーからは考えられないような怒気を放たれ、思わず数歩後ずさりしてしまう。レベルがレベルだけに、理性も無く暴れられたら下手な猛獣よりも遥かに危険な存在だ。牙を剥いて威嚇するシャリーをなだめる様に両手を上げ、少しずつ距離を詰める。
「落ち着けシャリー。誰もお前の宝物を盗ったりしないから」
「そうよシャリーちゃん。その骨は隠していいから、お姉ちゃん達と帰ろ?ご主人様が待ってるよ?」
「ごしゅじんさまが?」
主殿の名を出した事で少し警戒心が揺らいだ。シャリーに本気で逃げられたら追いつけるのは主殿だけだ。ここで逃がす訳にはいかない。額に汗がにじみ出る。
「そうだぞ。主殿がお土産を用意して待ってるぞ。早く帰らないとシャリーの分が無くなってしまうぞ?」
「それとも晩御飯はシャリーちゃんの好きな物を作ってもらう?二人でリーリエさんにお肉の丸焼き作ってってお願いしようか?」
「お土産…丸焼き…」
咥えていた骨がポロリと落ち、口からは涎が垂れている。その目は完全に何かの中毒者のようで、正直近寄りたくない類の人種に思えた。フラフラと吸い寄せられるように近寄ってきたシャリーに対し、私とクレアは頷いて同時に飛び掛かる。完全に油断していたシャリーは特に抵抗する事も無く抱きしめられ、驚いた顔をしていた。
「お姉ちゃん達どうしたの?早く帰ってごしゅじんさまにお土産もらおう?」
「シャリー…もう、何ともないのか?」
「なにが?シャリーどこも痛くないよ?」
興奮状態が解けて普段のシャリーに戻っている?不思議に思ってクレアを見ると彼女は何か思い当たる事があるらしく、一つ頷いてきた。シャリーは普段通り笑顔を浮かべて抱きしめている私達を見上げている。今のは何だったんだか…
不思議には思ったが習性なら仕方が無い。とりあえず大事にならずに良かったと胸を撫で下ろし、我々はグリトニルに引き返す事にした。野営中、焚き火の番をしていると、シャリーと共に先に寝たはずのクレアが話しかけてきた。
「どうしたんだクレア?眠れないのか?」
「いえ、そう言う訳じゃ。それよりシャリーちゃんの事です」
ピクリと耳が動いたのが自覚できる。昼間のアレには確かに驚かされた。普段とはまるで別人だったからな。
「驚きはしたが、獣人としての本能なら仕方ないだろう。これからも私達が目を光らせていれば他人に害が及ぶ事も無いと思うが?」
「それなんですが…私の事を思い返してみると、シャリーちゃんはこのままだと駄目なんじゃないかと思うんです」
「…どう言う事だ?」
「私の場合ですが…」
クレアの話によると、彼女は幼い頃自分の獣としての本性が次第に強くなっていった時、両親から肉体に直接的な躾けを受けたそうだ。躾けの方法は種族によって違いがあるようだが、クレアの場合は首筋に噛みつかれたとか…やり方についての賛否はともかく、それ以降本能的に暴れる事が無くなったんだとか。どうも獣人の親子と言うのは一般的にそんなやり方をしているらしい。
「だからシャリーちゃんも誰かが犬族なりの躾けをしてあげないと、このままじゃただの乱暴者になってしまうかも知れません」
「誰か…か。それは誰でもいいのか?」
「少なくとも、興奮状態のその子を簡単に押さえつけられる人じゃないと駄目です。力関係をハッキリ解らせる必要があるので、誰でもいい訳じゃないんです」
「と言う事は…」
普段はともかく、興奮状態のシャリーを押さえつける事が出来るのは主殿以外に考えられない。クレアなら辛うじて何とかなるかも知れないが、本能のままに暴れるシャリー相手では分が悪いだろう。
「ええ、ご主人様しか居ません。と言っても今はミレーニアに行ってますし…」
「どうしたものかな…」
二人して黙り込んでしまった。主殿が早く帰ってきてくれればいいのだが、難しいかもな。その日我々は明け方近くまで善後策を協議したが、上手い解決法は見つからなかった。
主殿は知らないだろうが、シャリーが一人で歩き回る事は実は結構ある。ならなぜ慌てて探す必要があるのかと思うだろう。その理由として、シャリーが犬の獣人と言うのが上げられる。犬族…特にシャリーのような子供は基本的に自分の知っている土地以外一人で出歩く事がほぼ無いのだ。大人になれば動物的な本能が薄らいで普通に行動できるようになるが、子供のシャリーにはまだそれが出来ない。だから今回初めて訪れた土地を一人で動くなど珍しいのだ。
シャリーは普段グリトニルの領地で村の子供達と遊んでいる事が多いが、ここに彼女の知り合いは居ない。なら考えられるのが誘拐…そうでない場合食べ物の匂いに釣られて知らない場所で迷っているかだろう。どちらにせよ早く見つけてやる必要がある。
クレアと手分けして村中を走り回りながら探していると、ある建物の影でクレアで大きく手を振っているのが見えた。どうやらシャリーを見つけたらしい。一安心してクレアに近寄ると、彼女は人差し指を口の前に立てて静かにするようにと伝えてきた。理由は解らないが頷き返し建物の影からそっと顔を出してみたところ、シャリーが四つん這いになって一心不乱に穴を掘っているのが視界に入ってきた。…あれは何をしているんだ?私にはただ穴を掘っている様にしか見えないのだが…
「たぶん、犬族としての本能が強まっているんだと思います。私も子供の頃は無性に爪を研ぎたくなったり、高い場所に上りたくなったりした時期があったんで。シャリーちゃんぐらいの歳だと、たまに自分でも何をやってるのかよく解らなくなる時があるんですよ」
獣人の生態についてはよく知らないが、種族は違えど同じ獣人であるクレアが言うなら間違いないんだろう。それにしても犬としての本能か…おしっこをかけて回るのは雄犬だけだからシャリーはしないだろうけど、後考えられるのは遠吠えとか骨をしゃぶったり……まて、シャリーは今何のために穴を掘っているのだ?犬と言う動物は何かを隠すために穴を掘るんじゃなかったか?まさかと思うが、何かの動物の骨を隠そうとしてるんじゃあるまいな。
心配になった私は抜き足差し足シャリーに近寄って、その背後からそっと穴の中身を確認する。…よかった。見たところ特に何も入ってない。と思った瞬間、私達の気配に気がついたシャリーが振り返った。私とクレアはそれを見て声も上げられない程驚かされる。なにせ泥で汚れたシャリーの口には、何の物かは解らない立派な骨が咥えられていたのだから。
「シャ、シャリー…お前それ…」
「シャリーちゃん…」
「これはシャリーが見つけたからシャリーのだよ!お姉ちゃん達にはあげないよ!」
エサを食べてる時に手を出されると犬は激怒するが、シャリーもその可愛らしい顔を怒りに歪めて小さな牙をむき出しにしていた。普段ニコニコしているシャリーからは考えられないような怒気を放たれ、思わず数歩後ずさりしてしまう。レベルがレベルだけに、理性も無く暴れられたら下手な猛獣よりも遥かに危険な存在だ。牙を剥いて威嚇するシャリーをなだめる様に両手を上げ、少しずつ距離を詰める。
「落ち着けシャリー。誰もお前の宝物を盗ったりしないから」
「そうよシャリーちゃん。その骨は隠していいから、お姉ちゃん達と帰ろ?ご主人様が待ってるよ?」
「ごしゅじんさまが?」
主殿の名を出した事で少し警戒心が揺らいだ。シャリーに本気で逃げられたら追いつけるのは主殿だけだ。ここで逃がす訳にはいかない。額に汗がにじみ出る。
「そうだぞ。主殿がお土産を用意して待ってるぞ。早く帰らないとシャリーの分が無くなってしまうぞ?」
「それとも晩御飯はシャリーちゃんの好きな物を作ってもらう?二人でリーリエさんにお肉の丸焼き作ってってお願いしようか?」
「お土産…丸焼き…」
咥えていた骨がポロリと落ち、口からは涎が垂れている。その目は完全に何かの中毒者のようで、正直近寄りたくない類の人種に思えた。フラフラと吸い寄せられるように近寄ってきたシャリーに対し、私とクレアは頷いて同時に飛び掛かる。完全に油断していたシャリーは特に抵抗する事も無く抱きしめられ、驚いた顔をしていた。
「お姉ちゃん達どうしたの?早く帰ってごしゅじんさまにお土産もらおう?」
「シャリー…もう、何ともないのか?」
「なにが?シャリーどこも痛くないよ?」
興奮状態が解けて普段のシャリーに戻っている?不思議に思ってクレアを見ると彼女は何か思い当たる事があるらしく、一つ頷いてきた。シャリーは普段通り笑顔を浮かべて抱きしめている私達を見上げている。今のは何だったんだか…
不思議には思ったが習性なら仕方が無い。とりあえず大事にならずに良かったと胸を撫で下ろし、我々はグリトニルに引き返す事にした。野営中、焚き火の番をしていると、シャリーと共に先に寝たはずのクレアが話しかけてきた。
「どうしたんだクレア?眠れないのか?」
「いえ、そう言う訳じゃ。それよりシャリーちゃんの事です」
ピクリと耳が動いたのが自覚できる。昼間のアレには確かに驚かされた。普段とはまるで別人だったからな。
「驚きはしたが、獣人としての本能なら仕方ないだろう。これからも私達が目を光らせていれば他人に害が及ぶ事も無いと思うが?」
「それなんですが…私の事を思い返してみると、シャリーちゃんはこのままだと駄目なんじゃないかと思うんです」
「…どう言う事だ?」
「私の場合ですが…」
クレアの話によると、彼女は幼い頃自分の獣としての本性が次第に強くなっていった時、両親から肉体に直接的な躾けを受けたそうだ。躾けの方法は種族によって違いがあるようだが、クレアの場合は首筋に噛みつかれたとか…やり方についての賛否はともかく、それ以降本能的に暴れる事が無くなったんだとか。どうも獣人の親子と言うのは一般的にそんなやり方をしているらしい。
「だからシャリーちゃんも誰かが犬族なりの躾けをしてあげないと、このままじゃただの乱暴者になってしまうかも知れません」
「誰か…か。それは誰でもいいのか?」
「少なくとも、興奮状態のその子を簡単に押さえつけられる人じゃないと駄目です。力関係をハッキリ解らせる必要があるので、誰でもいい訳じゃないんです」
「と言う事は…」
普段はともかく、興奮状態のシャリーを押さえつける事が出来るのは主殿以外に考えられない。クレアなら辛うじて何とかなるかも知れないが、本能のままに暴れるシャリー相手では分が悪いだろう。
「ええ、ご主人様しか居ません。と言っても今はミレーニアに行ってますし…」
「どうしたものかな…」
二人して黙り込んでしまった。主殿が早く帰ってきてくれればいいのだが、難しいかもな。その日我々は明け方近くまで善後策を協議したが、上手い解決法は見つからなかった。
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