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第315話 試験官ディアベル

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―ディアベル視点

主殿の頼みで、私とクレア、シャリー、ドランはアルゴスに出来た新しい領地に出向いていた。話には聞いていたがここに来たのは全員初めてだ。私達の目で仕官を希望する者達の見極めをしてくれと言った後、主殿はミレーニアに向けて旅立った。交渉が終わるまでしばらく街に滞在するらしい。

後の事は代官であるエドが説明してくれると言い残して忙しく消えた主殿を見送り、グリトニルと瓜二つの姿をしている城の中に足を踏み入れる。見張りの者に止められるかと思ったが、どうやら事前に知らせを受けていたらしくあっさりと城内に入る事が出来た。するとそれを待っていたかのように一人の男が笑顔で私達の前に立つ。彼がエドと言う人物だろう。

「初めまして。ようこそいらっしゃいました。あなた方がエスト様のお仲間ですね?」
「そうだ。ディアベルと言う。よろしく頼む」
「クレアです」
「シャリーだよ」
「クワッ」

人のよさそうな顔をしたエドと言う名の代官は、挨拶もそこそこに早速仕事の話を振ってきた。見かけによらすせっかちな性格の様だ。

「実はもう仕官を希望する人達が随分前から集まって困ってたんですよ。城の空いてる部屋に泊まってもらって食事を提供しているんですが、まだ正式採用してないので働かせる訳にもいかないし…このままじゃ赤字続きなんです。早いとこふるいにかけてもらえますか?」

そう言う事か。彼が焦っているのはタダ飯くらいが増えて財政を圧迫されるのを嫌がっているだけの様だった。主殿の領地が経済的に苦しくなるのは我等の望むところでは無い。ならば早速自らの責務を果たそうではないか。私は城内に居る仕官希望者を闘技場に集めるようエドみ、城を後にした。

主殿が建てたばかりの闘技場はまだ誰も使った事が無いらしく、傷はおろか目立った汚れもついていない。中に入って確認してみたが、規模こそリオグランドの闘技場には負けるが観客が観覧しやすいように座席や廊下が広く造られているのが解った。武を競うと言いうより娯楽を目的にした施設なのがこんな所からもよく解る。

我々がしばらく観察を続けている内に、試験の参加者達がぞろぞろと闘技場内に入ってきた。まだ新人にしか見えない者も居れば体に大きな傷跡が残った熟練の戦士風の者も居る。なかなか期待できそうだ。全部で百人近く居るだろうか?これだけ居れば大幅な戦力アップが見込めるだろう。収拾がつかなくなる前に始めた方が良いかと思い、手を叩いて参加者達の注目を集める。クレアに他人を仕切る能力は無いし、シャリーは言わずもがなだ。ならば私がやるしかない。

「皆よく集まってくれた。私達は今回試験官として君達を審査する者だ。よろしく頼む」

参加者達が私達の事を見極めようと注目するが、生憎今の我々は全員がステータス妨害の指輪を身に着けているのでレベルを確認する事は出来ない。主殿が『人を見かけだけで判断する者は失格にして良い』と言う言葉と共に指輪を押し付けのがその理由だ。どんな相手でも注意深く観察して対処する人材を選べと言う事なのだろう。思慮深い事だ。

「試験官?そんなガキ二人と華奢なダークエルフにあたし達の何が解るのさ?」

早速と言うべきか、主殿の狙い通り粗忽者が絡んで来た。声を荒げたのは随分と体格のいい女で、割れた腹筋と日焼けした肌、それにハルバードと言う見ただけで戦士と解る出で立ちだ。レベルは36。ゴールドランクに上がるか上がらないかと言うレベルだろう。女はまるで威圧するように大股で近寄ってくると、息が触れそうな距離で私を見下ろす。

「上から目線であたし達を試そうって言うんなら、せめてあんた達の実力を見せてもらいたいもんだね」

こちらを完全に舐めきっているのか、女はニヤニヤと人の神経を逆なでする笑みを浮かべている。一瞬手が出そうになるのを必死で堪えた。いかんいかん。主殿の悪い部分に影響され過ぎだ。ちょっと腹が立ったからと言って、いきなり相手を殴り倒すのは良くない。私は気分を落ち着かせるように深呼吸すると、女の目を見て言い返した。

「確かに、お前の言う事ももっともだな。ならば実力を示そうではないか。他にも同意見の者は居るか?居るなら今の内に名乗りでろ!」

私が声をかけると、女に同調した者達がちらほらと集団の中から姿を現した。全員共通して人相が悪い。見かけで判断する者は失格と言われていたが、出来るなら今すぐ全員失格にしてやりたいと思えるほど柄が悪かった。

「やっぱりね。不満に思ってるのはあたしだけじゃないみたいだ。で、どうやって実力を証明するんだい?」
「簡単だ。私を倒してみろ。それぞれの武器で挑んでくるがいい」
「…大きく出たね。怪我しても知らないよ」

精霊魔法で戦うのが普通のダークエルフが剣で戦う…その事実に多少戸惑ったようだが、勝利を確信したかのように笑みを浮かべた女が背中からハルバードを下ろす。そうやって武器を構える参加者達を見ながら、私は腰の短剣を引き抜いて準備をする。思わぬ形で戦う羽目になった。剣で戦うのは久しぶりだが、私とて無駄にレベルを上げてきた訳では無い。この程度の奴等が相手なら何とかなるはずだ。

「ディアベルさん、大丈夫ですか?私が変わっても良いですけど」
「大丈夫だ。たまには剣を使わんと錆びついてしまうからな」

心配顔で声をかけてきたクレアに笑いかける。私は短剣を両手で構え、参加者達に声を張り上げた。

「いつでもいいぞ!かかってこい!」

開始の合図を待っていたとばかりに、さっきの女がハルバードを担ぎながらこちらに駆けてくる。残りの参加者もそれぞれの獲物を手に後に続く。私は慌てず騒がず先頭の女を注意深く見つめ、その攻撃のタイミングを計った。

「くらえっ!」

気合の声と共に振り下ろされたハルバードが、空気を切り裂きながらこちらに迫る。私はそれをギリギリの距離で回避して女の懐に飛び込んだ。背後では斬り落とされた髪が数本舞っていた。一瞬で懐に飛び込まれた女が武器を振り下ろしたままの姿勢で固まっていたが、そんな隙を見逃してやる気は無い。驚愕に目を見開く女の顎先を剣の柄で一撃して昏倒させると、崩れ落ちる女の足を掴んで迫ってくる参加者達に投げ飛ばした。

『げっ!?』

まさかそんな攻撃をされると思っていなかったのか、それとも華奢なダークエルフが大女を片手で投げ飛ばした事に驚いたのか、それともその両方か。目の前の事態が信じられないと言った悲鳴を上げた参加者達数人は飛んできた大女の体に押し潰されてその場にひっくり返った。

呆気に取られてている他の参加者に素早く距離を詰め、一人、また一人と剣の柄を叩き込み確実に昏倒させていく。全ての参加者が地に這うまでそれほどの時間は必要とされなかった。終わってみれば呆気ないものだ。息を乱す事も無く全員を倒した私は剣を収め、改めて参加者達全員に告げる。

「今私に敗れた者は全員失格とする!我が主の家臣に敵を侮る者は必要ないのでな。不服のある者はいるか?」

一通り見まわしてみたが、誰も反論する者は居ないようだ。今ので委縮したのか、それとも思慮深いのかはまだ解らんが、それだけでもここに転がってる奴等より評価に値するだろう。

さあ、試験本番といこうか。
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