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第313話 秘密
しおりを挟むクラーケンを無事倒した俺達は、グリトニルにある自分の城に戻って来ていた。リーベはレヴィアがくっついて離れないので少し歩きにくそうにしていたが、苦笑するだけで好きにさせている。その様子を羨ましそうに見ていたシャリーは今俺に肩車されてご機嫌だ。
「お帰りなさいませ。皆さんお揃いなんですね。あら?そちらの方は?」
警備についていた女の子達に挨拶して中に入ると、ちょうど食堂で休憩していたルシノア達と顔を合わせた。リーベはこの世界に馴染の無い形の城が珍しいのか、さっきからキョロキョロとしきりに辺りを見回している。
「この人はリーベさん。レヴィアのお母さんだよ。今日からこの城に住む事になると思うから仲良くしてあげてね」
「レヴィアさんのお母様ですか?」
「よろしくね、みなさん」
笑顔で挨拶するリーベに対して、なぜかルシノア達女性陣が赤面していた。男から見ても魅力的な人だが、どうやら同姓にもモテるみたいだな。そんな様子を見ていたクレアがふとつぶやく。
「…成長したら、レヴィアちゃんもあんな風になるんでしょうか」
「たぶんね」
彼女達の成長速度は人間より遥かに遅く何千年単位だ。恐らく俺達が生きてる間にレヴィアの成長した姿は見られないだろう。それはとても寂しい事だが、こればっかりはどうしようもない。
突然歓迎会をやると言い出してリーリエ等調理担当の女の子達を困らせてしまったが、彼女達は短い時間で満足いく料理を沢山出してくれた。どうやらルシノアが突然の来客にも対応できるように予め食材を確保しておいてくれたらしい。やはり彼女は優秀な代官だ。
思ってもいないご馳走にありつけた女の子達は、歓声を上げながら次々に料理に手を出し酒を楽しんでいる。レヴィアは最初かいがいしくリーベの世話を焼き、彼女が止めるのもおかまいなしに料理を山盛り運んでいたが、やがてそれも飽きたのか、普段の食欲を発揮してシャリーと二人で奪い合うように料理を食べ始めた。そんなレヴィアの様子を笑って見ていたリーベが、グラスを二つ手に取りこちらに歩み寄ってくる。
「こんなに楽しいのは本当に久しぶりだわ。エスト君、私を助けてくれて本当にありがとう」
俺にグラスを渡しながら礼を言うリーベ。封印が解けた直後に見た姿は少し衰弱していた印象だが、今は顔色もよく元気な様子だった。食事云々より娘と再会出来た事で生きる気力が湧いてきたのだろう。
「どういたしまして。もうここはリーベさんの家でもあるんですから、遠慮しないで下さいね」
「ふふ、ありがとう。それにしても、改めて思うけどあなたはあの子の父親に似ているわね。同じ土地の出身なのかしら?生まれは何処なの?」
「生まれ…ですか」
俺がこの世界に生まれた理由…別に秘密にしていた訳じゃないが、あえて話してこなかった話題だ。それを耳ざとく聞いていたクレアやアミル達は、聞き逃してたまるかとばかりににじり寄ってくる。
「それは前から気になってました」
「主殿の出生の秘密か…大変興味深いな」
「兄様はどんな子供だったの?」
「エストの珍しいスキルとかの秘密が明らかになるのか?」
「親がドラゴンとかでも驚かない自信があるわ」
「わかったわかった!教えるからちょっと落ち着いてくれ!」
まるで問題を起こした芸能人に群がるリポーターの様に、俺はクレア達に取り囲まれてしまう。聖徳太子じゃないんだから一度に聞き分ける事なんて出来ない。それに、瞳をらんらんと輝かせながら期待している彼女達に、今更答えないと言う選択肢は通用し無さそうだ。まあ絶対秘密って訳でもないし、教えといてやるか。
「えーとな…実は俺は、この世界の生まれじゃないんだ…」
『?』
言葉の意味が解らなかったのか、全員頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげていた。そりゃそうか。前世の俺だっていきなりこんな事言う奴が居たら、頭がおかしい人としか思わないだろうし。
「信じられないだろうけど、別の世界に生きていた前世の俺は、とある事情で死んだんだ。その時偶然にもこの世界に転生する機会を与えられてさ…若返った肉体をもってこの世界に生まれたもんだから、親も居ないんだよ」
未だに言葉の内容が上手く消化しきれていないのか、アミルなどは難しい顔をしたままうんうん唸っているが、クレアやディアベルのように聡い子達はその衝撃の事実に驚愕の表情のまま固まっていた。
「そんな事が…本当にあるんですか…?」
「俄かには信じがたいが…主殿がそんな嘘をつくとも思えん」
「でも…それなら聞いた事も無いスキルや見た事も無い城を造り上げられるのも納得かしら」
「じゃあ兄様は神様に遣わされてこの世界に来たの?」
「いや、神様では…なかったな。特に何をしろとも指示されなかったし。今までやってきた事は全部俺自身が考えた上での行動だよ」
反則ともいえるスキル『経験値アップ』の秘密を喋れば軽蔑されるかと密かに思ったが、どうやらそんな考えは杞憂だったようだ。彼女達は驚いてはいるものの、気味悪がったりする様子は無い。例えるなら、今まで気安く接していた相手が実は偉い人だったみたいな反応だ。
「なるほどね…それなら納得できるわ。あの人とエスト君の異常とも言える強さや発想。この世界には無い物だったのね。でも、別の世界から来たと言う事なら、いつか戻るって事もあるのかしら?」
合点が言ったとばかりに頷くリーベが何気なく発したその言葉に、その場にいた全員がビクリとする。俺としては全く考えていない事だったので慌てて弁解しようとしたその時、今まで黙っていたシャリーが俺の腰に飛びつき不安な顔で見上げてくる。
「シャリー?」
「ごしゅじんさまは、お父さんとお母さんみたいに居なくなったりしないよね?ずっと居てくれるでしょ?」
大人達の話は理解出来なくても、俺が居なくなるかも知れないと言う言葉に過敏に反応したのだろう。泣きそうになっているシャリーを抱き上げて笑いかけてやった。
「どこも行かないよ。俺はずっとシャリー達と一緒に居るから安心しろ」
「ほんとに?」
「本当だよ。シャリーに嘘ついた事なんて無いだろ?」
その言葉で安心したのか、シャリーはいつもの笑顔に戻り俺にしがみついてきた。クレア達もそれを見てホッと胸を撫で下ろしている。再び下位世界に移動できる機会があったとしても、今更この生活を捨ててまで転生するつもりなど毛頭ない。何より前世の俺と違って、今の俺は多くの人の命を預かる責任ある立場。彼女達を置いて死ぬ気など無いのだ。
「みんなも安心してくれ。俺は居なくなったりしないから。それより今はリーベさんの歓迎会なんだ、もっと楽しもう」
「そうだな。お前の話はよく解らなかったけど、それには賛成だ」
やれやれアミル。まだ子供のシャリーはともかく、お前には理解してほしかったぜ。だが今はお前のその能天気さが有り難い。クレア達に出会えたことも幸運だが、お前に会えたことも良かったと心から思えるよ。絶対口に出したりはしないけど。
「何やってんだエスト。お前が引っ込んでたら盛り上がらないだろ?早く来いよ」
「わかったよ。すぐ行く」
俺は苦笑しながらグラスの酒を一気にあおり、手招きするアミル達に下に足を向けた。
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