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第310話 接触

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「兄様、準備は良い?」
「大丈夫だ!やってくれ!」

俺の返事と共にレヴィアは空中から落下し、そのまま勢いを殺さず海の中に突っ込んだ。巨体が海面に激突した衝撃波凄まじく、溢れた波はまるで津波のように沿岸に押し寄せる。レヴィアの角を握りしめたまま海面に突入する瞬間思わず目を閉じてしまった俺だったが、次に目を開けると海水にも触れずに海の中に居る事に気がついた。周りには様々な魚や海藻などがあり、まるで地上で見るかのようにその姿はハッキリと見える。

「これが…レヴィアの力か!」
「そうよ!私が側に居る限りは空気の膜で守られているから、溺死する事はないわ」

海中だと言うのに…いや、海中だからこそか、レヴィアは空を泳ぐ時より早く海中を突き進んでいる。彼女は本能的に何かを察知しているのか、まるで吸い寄せられるように海底目指して潜って行った。そしてやっと俺のマップスキルに反応が出た頃、レヴィアが鋭い叫びを上げる。

「兄様!母様の気配がするわ!それに、その近くにとても強力な魔物の気配もある!」
「ああ、こっちも確認した。確かに今まで戦ったどの魔物よりも巨大な反応だ。間違いなくこいつが封印されてる魔物だろう」

母親の存在を感じ取った事で急にペースを上げたレヴィア。やがてそんな俺達の目の前に大きな壁の様なものが姿を現した。海の中に壁?と思っていたら、レヴィアが突然壁に向かって呼びかける。

「母様!母様!目を開けて!母様!」

これが…リヴァイアサン?とにかく姿を確認しない事にはどうにもならない。レヴィアに頼んで今俺を包んでいる空気の膜を海中にいくつか作ってもらい、その中に火炎球を放つ。するとやっと俺にも全貌が見えてきた。そこにはまるで壁と見紛うばかりの巨大な海竜が横になっている。この大きさだと今のレヴィアよりも一回り以上は大きいはずで、全長を考えるととんでもない巨体になるだろう。

その巨大な海竜、レヴィアの母親リーベは娘の必死の呼びかけにも答えず、まるで死んでいる様に微動だにしない。一瞬死んでいるのかと錯覚したほどだが、確かに生きていると感じられる。恐らく彼女自身が使ったと言う封印が影響しているのだろう。その時、俺はふとある方法を思いついた。あのアイテムを使えば、この状態のリーベも元に戻るかも知れない。

「兄様!どうしよう…母様が…!」
「レヴィア。これが効果あるか解らないが使ってみよう」

半泣きになっているレヴィアをなだめ、俺は腰の道具袋から一つの宝珠を取り出す。これこそ以前石になりかけたシャリーを一瞬で元に戻した奇跡のアイテム、賢者の石だ。

「そっか!それなら…!」
「祈ろうレヴィア。お前のお母さんを助けるんだ!」

眠り続けるリーベの横で、俺とレヴィアは祈り始める。俺の掲げる賢者の石は俺達の祈りに呼応するように、徐々に光を増して真っ暗な海の中にまるで太陽でも現れたかのような光を放ち始める。

「くっ!」
「母様!目を覚まして!」

強力なスポットライトが目の前にあるかのような光量で、眩しすぎて目を開けていられない。聞こえてくるのは母に呼び掛けるレヴィアの声だけだ。だが次第に光が収まっていくと同時に、目の前の海竜から今までにない命の鼓動が感じられ始めた。そして賢者の石の光が収まり再び海の中に静寂が訪れると、リーベの体に変化が起きている事に気がついた。

「兄様!母様が!」
「ああ!どうやら効果があったみたいだな!」

リーベの体は先ほどとはまるで違い、その巨体を覆っている鱗が以前のレヴィアと同じように美しい輝きを放っている。生気の通ったその鱗は、まるで一枚一枚が宝石のような美しさを保っていた。あまりの美しさに非常時を忘れて一瞬見惚れていると、その美しい鱗に覆われた巨体が少しずつ動き始めた事に気がついた。

「母様!?」

レヴィアの呼び掛けには答えず、リーベは勢いよく動き出したかと思うと一気に海面目がけて上昇を始めた。慌てて後を追うレヴィア。だがリーベは海中だと言うのに恐ろしく速く、レヴィアがあっさりと置いてけぼりになるような速度で海を突き進み、そのまま海面から飛び出してしまった。遅れて海上に出たレヴィアはそのまま空中に上昇し、海面から時折姿を見せるリーベを心配そうに見つめる。巨大な海竜が現れては消えるものだから、時化でもないのに海が荒れ狂っていた。

やがてそれも収まってくると静かに海面が盛り上がり、リーベがその巨大な頭を海面へと持ち上げてきた。リーベは空中に浮いているレヴィアの姿を静かに見つめ、何者か見定めているようだ。

「母様!」
「その声…まさかレヴィア?」
「そうよ母様!私よ!レヴィアよ!」

長い時間封印状態だったリーベにとって、レヴィアの姿は海竜の時の記憶しかないだろう。なのに見た事も無い黄金の龍が宙に浮きながら懐かしい声で自分を母と呼ぶのだ。彼女の混乱はいかばかりだろうか。

「レヴィア…あなたその姿は一体…いけない!すぐに逃げなさい!」

一瞬混乱したもののそこは海の支配者リヴァイアサン。瞬時に危険を察知して警告を発する。リーベが声を上げたのとほぼ同時に海の中から何者かが浮かび上がってくるのが解った。きっとリーベが自由になった事で封印されていた魔物が動き出したんだろう。魔物はさっきのリーベやレヴィアに勝るとも劣らない勢いでこちらに向かって来る。どうやらぐずぐずしてる暇は無さそうだ。

「リーベさん!それにレヴィア!いったん後退してくれ!奴が海面に出たところを捕まえる!」
「貴方は…?」
「母様、話は後!今は兄様に任せて!」

今更ながらリーベはレヴィアの頭の上に人が乗っている事に気がついたようだった。詳しい説明をしてやりたいところだが今はその余裕が無い。近寄ってくる魔物の気配はどんどん大きくなってくる。これは今までにないほどの激戦になりそうだなと思う俺の顔を、一滴の冷や汗が流れ落ちた。
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