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第307話 リヴァイアサンの封印
しおりを挟むボルカンが言葉を発した瞬間、謁見の間に居る全ての人間が心臓を鷲掴みにされたような殺気を感じて身動き一つ出来なくなった。激怒した俺の殺気を間近で感じたクロウなどは、鯉のように口をパクパクとさせながら手を伸ばした姿勢で固まっている。ボルカンの発言で怒った俺を止めようとしたのだろうが、いつもと違い本気で激怒した俺の殺気に当てられては荒事に慣れてない彼に出来る事など何も無かった。
「…俺の家族を差し出せだと?死にたいのか?」
ゆっくりと立ちあがった俺は殺気を籠めた目でボルカンを見据える。だが彼は正面から俺の視線を受け止め逃げようともしない。他の王と違いみっともなく逃げ回る無様さを見せない事には感心したが、そんな事で赦す気にはならないし、逆に神経を逆なでするだけだ。俺がボルカンに向かって一歩踏み出すのを見たザードマン達は、呪縛が解かれたように飛び出し決死の覚悟で俺とボルカンの間に立ち塞がった。それに応じる様に俺も武器を抜き魔力を徐々に高めていく。一触即発。もはやこの場での凄惨な殺し合いは不可避と思われた。
「そこまで!双方そこまで。剣を引け」
突然割り込んで来た何者かが発した声の方に目を向けると、そこには以前魔族との指輪争奪戦で世話になったグルーンの姿があった。彼は厳しい表情のままこちらに歩みより、俺とボルカンの前に立つ。
「落ち着けエストよ。お前は誤解している。ボルカンは決して悪意があって黄金龍の事を言ったのではない。それについては訳があるのだ」
「…言ってみろ。返答次第ではこの場に居る者全て斬り倒す」
依然強烈な殺気を放ったままそう断言した俺を苦々しく見つめたグルーンは、大きく息を吐くと静かに語り始めた。
「お前と行動を共にしていたあの黄金龍…レヴィアと言ったか。実はあの娘に関係がある事なのだ」
そう言うと、グルーンは静かな口調で語り始めた。遥か昔、邪神を封じる事に成功した勇者は海の支配者リヴァイアサンと恋に落ち、彼女との間に一人の子供を儲けた。それがレヴィアだ。長い長い時間をかけてレヴィアを産み親子二人幸せな時間を過ごしていた二人の生活は、ある日突然リヴァイアサンの失踪と言う形で終わる事になる。その後レヴィアは一人で過ごし紆余曲折を経て俺達の家族となったが、それはまた別の話。問題はリヴァイアサンが行方をくらませた理由だ。
まだリヴァイアサンが娘と二人で暮らしていた頃、ある日彼女達の下にヴルカーノからの使いが訪れた。使いの話によると、ヴルカーノの西方に広がる海の中から突如強力な魔物が現れ、海に面する街を襲い始めたらしい。当然ヴルカーノの兵達は全力で戦った。尽きるまで矢の雨を降らせ、決死の覚悟で魔物の体にとりついては槍の穂先を突き立てた。だがそんな彼等の必死の努力を嘲笑うかのように、魔物は巨大な波を起こして彼等をまとめて海の藻屑と変えてしまう。頼みのドラゴンライダーやグルーンも相手が海の中では手が出せず、被害は増える一方。そんな中、グルーンは魔物に唯一対抗できる存在の事を思い出した。それがレヴィアの母、海の支配者リヴァイアサンである。
自分達ではまるで歯が立たない敵と戦うため、ヴルカーノはリヴァイアサンに助力を願った。最初は生まれたばかりの娘を残して離れる訳にはいかないと断ったリヴァイアサンだったが、何度となく助けを求める彼等を哀れに思い、ついに魔物との戦いを決意した。リヴァイアサンと魔物との戦いは凄まじく、海を割り大地を飲み込みながら七日七晩続いたと言う。しかし八日目の朝、リヴァイアサンの放ったブレスは魔物の体を貫いてようやく勝利を収めた…かに思えた。
だが倒したはずの魔物の生命力は凄まじく、放っておけばすぐに力を取り戻して確実に復活する。そう判断したリヴァイアサンは自らを犠牲にして魔物を封印する事を決断し、魔物と共に自らを海の底深くに封印したのだった。
「その封印が次第に弱って来ているのか、近頃海から陸に上がってくる魔物が急激に増え始めた。恐らくリヴァイアサン…リーベ殿の力が尽きようとしているのだ。そのためにも、リーベ殿の娘であるレヴィアの力を借りたい。協力してもらえないか?」
「………一つ聞きたい。なぜ魔物を倒すのではなく封印したんだ?倒してしまえば後腐れないだろうに」
「もっともな意見だが、リーベ殿には奴を倒しきる力は残っていなかった。古の勇者でもいれば話は別だったが、彼女の他に戦える者が居なかったのだ」
つまりこの連中、助っ人であるリーベに何もかも押し付けた上に、子を置き去りにしてまで必死に戦った彼女の努力の上に胡坐をかいて今まで生活してきた訳だ。どうしようも無かったとは言え、その身勝手さには怒りを禁じえない。
「身勝手なのは解っている。レヴィアに力を借りて封印を継続させると言う事の意味も理解している。だが、我々には他に方法が無いのだ…」
そう言って頭を下げるグルーン。だが無言で彼に近寄った俺は、腕を振り抜いて彼の頬を力いっぱい殴りつけた。不意の一撃を受けたグルーンはなす術も無く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
『グルーン様!』
「ぐっ…大丈夫…だ。問題ない」
本来の姿であるドラゴンの時ならいざ知らず、人間形体の時のグルーンにはそれほどの戦闘力は無い。俺に殴りつけられて平気なはずが無かった。だが彼は手助けしようと駆け寄るリザードマン達を手で制し、フラフラとした足取りながらも自力で立ち上がる。
「あんた達の都合がなんであれ、レヴィアから母親を奪ったのは事実だ。レヴィアは優しい子だから今の話を聞いても何も言わないだろう。だから今の一撃は彼女の代わりだ」
「ああ…解っている。レヴィアには詫びる言葉も無い。だがそれでも…」
口の端から血を垂らしながら、なおもレヴィアの力を借りようとするグルーン。だが俺はそんな彼を遮り、ある一つの提案を行った。
「そのリーベって人、封印が弱っていると言うならまだ生きてるんだろ?なら封印されてる魔物は俺が倒してやるよ。レヴィアの母親なら俺にとっても身内同然、見捨てる訳にはいかない」
「…!簡単に言うが、例えお前達の力でも歯が立つかどうか解らんぞ!?我等ヴルカーノの総力を挙げても敵わず、リーベ殿でさえ五分に持って行くのがやっとだったのだ。いかにお前達でも…」
「やってみなければ解らん。とにかくそいつの情報を教えろ。後は俺達が何とかしてやる」
…怒りのあまり無責任に言いきったが方法なんて何も考えてない。内心冷や汗ものだ。だがレヴィアの親を見捨てると言う選択肢は無いから、無茶は承知でやるしかない。さてどうするか…焦っているのを顔には出さず、俺は必至で考え始めた。
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