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第303話 もう一つの城
しおりを挟む全ての奴隷を即金で買い取り契約を済ませた後、俺は未だ呆然としていた男と何人かの奴隷を伴って衣服や食料品の買い出しに出かけた。グリトニルで奴隷を大量に買った経験がここに来て活かされている。その間新しい奴隷達はその場に残る事になったが、コナー達奴隷商から新鮮な食料や飲み物の提供を受けてもてなされていた。将来的に俺の家臣になるかも知れない子たちなのだ、今から恩を売っておくつもりなのだろう。
寝具と共に大量の衣服と食料を買い込んだ俺達は両手に荷物をいっぱいに持って奴隷商の下に戻り、深々と頭を下げるコナーに別れを告げて新しい領地に転移した。突然大人数で領主館の前に現れた俺達の目の前には、代官であるエド夫妻が農機具を手にして立っていた。どうやら畑仕事の途中だったらしい。
「エスト様!?お帰りなさいませ。この方達は一体…?」
「今日からこの領地で一緒に働く事になる人達だよ。ちょうどいい、エド達も居るから説明しておこうか。まず給料の事からだが…」
興味深そうに耳を傾ける奴隷達に説明した雇用条件はグリトニルと全く同じで、給料は他より多く休日もしっかり取らせる。そして衣食住についてはタダ。借金を返し終わったら奴隷から解放し、希望者はこのままこの地で働き続ける事が出来ると言ったものだった。それを説明していくうちに奴隷達は驚きから歓喜へと表情が変わっていった。特に嬉しそうにしていたのが例の姉弟で、二人とも涙を流しながら抱き合って喜んでいる。だがそんな彼等と違い、エド夫妻は難しい表情を浮かべていた。
「エスト様の方針は理解しました。しかし…非常に言いにくい事なんですが、この領地には先立つものが…」
「金の事なら心配ない。当分の間はこれを使え」
そう言って俺は金貨の詰まった袋をエドに押し付ける。奴隷購入で随分減ったが、それでもまだ百枚近くが残っている。よほど散財しなければ当分もつだろう。ズシリとした重みの袋を受け取ったエドは、現金な事に中身を見た途端笑顔になった。
「こんな大金をポンと出してくるなんて、流石と言うか何と言うか…」
「足りなくなったら言うように。ただし、無駄遣いは許さんぞ。それから彼女達奴隷に対してきつく当たるのも禁止だ。俺達はあくまでも仲間だからな」
「承知しました。ところでエスト様、彼女達の寝床はどうしますか?とりあえず近隣の住民に協力を仰ぎますか?」
「それなら心配ない。今から造る」
「は?」
寝床を造ると言い出した俺をエドが怪訝な表情で見ていたが、それには構わず辺りを見回し築城に向いた地形を探す。しかしこの領地は見渡す限りまっ平らで丘の一つも見当たらない。仕方が無いので平城を造る他無さそうだ。俺は畑の無い場所を見据えて転移で移動し、グリトニルで築城した時と同じように地面に両手をついて精神を集中させる。
今から造る城はグリトニルのとほとんど同じで、違いがあるとすれば城壁が多い事ぐらいだ。斜面が無いので城壁の数を増やして防御力を上げるしかない。大量に精神力を消耗するにきつい作業になるが、今後を考えると必要な措置だった。
「こんな…もんだろ!」
頭の中で思い描いた城の設計図に添うように一気に魔力を解放して大地に干渉すると、轟音と共に地面がせり上がり次第に城全体の姿が形作られていく。体中の力が抜けていくほど魔力を使う感覚には相変わらず慣れないが、その甲斐あって俺の目の前にはグリトニルと同じ形の城が出来上がっていた。出来上がりに満足してその場に大の字になり荒い息を吐いていると、慌てて駆けつけたエド達が心配そうに俺を取り囲む。
「エスト様…物凄い魔法でしたけど大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。ちょっと疲れただけだから。それより早く荷物の運び込みを始めないと日が暮れるよ。部屋には余裕があるはずだから、一人一部屋とってくれて構わない」
その言葉に奴隷達は歓声を上げながら城の中に入って行った。もちろん全員で荷物を運びこむ事も忘れない。地獄のような未来を想像していた矢先、こんな城に住める事になったのだからテンションが上がっているのだろう。女の子達の歓声を聞きながら苦笑していると、例の姉弟だけが俺の側に残っている事に気がついた。
「どうした?城の中に入らないのか?」
「それは後で。勇者様…いや、エスト様!この度は本当にありがとうございました!姉弟一緒に暮らせるばかりか仕事まで与えて下さるなんて…」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました!」
二人はこれでもかと言うほど深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝えてくる。あまり深く考えずに行動した結果二人とも助ける事になったので、これほど感謝されると居心地が悪くなる。
「そこまで感謝する必要も無いぞ。ついでに助けただけだし、こっちも人が増えるなら助かるし。恩返しと言うならこれからまじめに働いてくれれば…って、そう言えばまだ名前も聞いていなかったな」
改めて二人を観察してみたところ、外見こそ違うものの姉弟だけあって雰囲気がよく似ている事に気がついた。姉の方は少し大人しい印象の女性で、歳は二十代後半ぐらいか。緑に近い髪色に目を引かれる美人だ。どことなくレレーナに似ている感じがした。弟の方は姉と同じ髪色で体格的には俺とほぼ同じ。姉を助けるために奴隷商に乗り込むほど行動的だが、頭は悪くなさそうだ。それだけ必死だったのだろう。歳は二十代前半ぐらいだろうか。アミルより少し上ぐらいに見える。
「申し遅れました。俺の名はウィル。見ての通り冒険者です。一応シルバーランクです」
「私はイデア。奴隷になる前は冒険者でした。弟と同じシルバーランクです」
「エストだ。改めてよろしくな。取りあえず二人とも部屋を確保してくると良い。頼みたい事があれば後で伝える」
俺の指示に従った二人は頭を下げて城の中に走って行った。建てたばかりの城の中を歩いてみると、想像した通りの出来栄えでグリトニルの城と寸分違わぬ造りだ。我ながらいい仕事をしたと思う。各自部屋を確保した後全員を大広間に呼び出した後、王都から運んできた食事でささやかなパーティーが始まった。みんな久しぶりのまともな食事を笑顔を浮かべながら食べている。彼女達からはもう、奴隷の時の様な生きる事を諦めた雰囲気など微塵も感じられず、明日への希望に満ちた生への活力が溢れていた。
「みんなそのまま聞いてくれ。君達にやってもらう仕事だが、当分は領内の巡回警備と領民の御用聞きだ。人数ごとに班を作り交代で休日をとってもらう。一週毎に交代していくのでそのつもりでな。具体的に説明すると…」
俺の提案した班分けはこうだ。現在この城にはウィルたち姉弟を含めて全部で二十四人の奴隷が居る。これを一班六人に分けて四つの班を作り、領内の巡回警備、城の警備、グリトニル側への出張、休日といったローテーションで回していく。グリトニルへの出張とは具体的にダンジョンに潜っての戦闘訓練であり、今後を考えての布石でもあった。
「班分けは各自に任せる。どうしても決まらない時は俺に相談してくれ。以上だ」
話が終わると同時に再び場が騒がしくなる。今の彼女達は明日からの仕事より目の前の宴会の方が大事なのだろう。その様子を苦笑して眺めながら、俺はこの地でどんな商売をするか頭の中で思案していた。
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