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第301話 それぞれの思惑
しおりを挟むリムリック王子がどう動くのかは気にしてもしょうがないので、この際無視する事にした俺は翌日から再び街道の整備を始めた。最初の中継地点にある村の人間は突然馬車がいくつも通れそうな広い街道が出来上がっていた事に驚いた様子だった。これで王都に行きやすくなると感謝する彼等に見送られて、馬に乗った俺は土魔法を使いながら領地に向けて出発した。
中継地点になっている村はさっき後にした村を含めて全部で四つ。ゆっくり進んで行くので作業が全部終わるにはたっぷり一週間以上かかりそうだった。休憩を挟みながら一日中街道を東に進み、夜になれば自分の城に戻って休む。そして朝になればアルゴスに戻って再び仕事に取り掛かる。この退屈極まりない作業を続けていると最初の三日ほどで何も考えなくなり、それ以降は機械的に作業を続けるロボットと化していた。
作業開始から一週間と二日が経過した頃、ようやく自分の領地が見えて来た時は知らずにテンションが上がってしまい、いつも以上に力の入った俺は全力で魔力を籠め一気に村までの街道を整備し終えた。出来たばかりの街道を馬で駆け村まで辿り着くと、突然街道が出来た事に驚いた何人かの村人が様子を見に出て来ていたところだった。その中には代官であるエドの姿もある。
「エスト様。いったいこれは…?まさかエスト様の魔法ですか?」
「ああ。王都から街道を整備してきた。これで馬車での行き来も容易になるだろう」
「これを王都からずっとですか!?流石と言うか何と言うか…噂以上のお力ですね」
驚くエドはそのままに、俺は村を横切るとそのまま街道の整備に取り掛かる。突然東の国境に向けて道を作りだした事に、後をついて歩いて来たエドが疑問を口にする。
「エスト様?そちらはグリトニルに向けて繋がる道ですが…」
「グリトニル側にある俺の領地と繋げるんだよ。こことはあまり距離が離れてないから、完成までそんなに時間はかからないはずだ」
偶然なのか意図した事かは解らないが、クロノワールから貰ったアルゴスの領地は最東端にあり、グリトニル側の俺の領地と隣接している。ならばこれを繋げない手は無いだろう。お互いの行き来を簡単にすればその分発展するのも早くなるはずだ。問題は関所や税金だが、そこは交渉次第だ。結局全ての街道を整備し終わるのには全部で二週間かかった。
連日の魔法使用で疲れ果てた俺は城の自室で泥のように眠っていたが、王子からの使いが来たと言う知らせを聞いて夢の世界から呼び戻された。その使者が渡して来た手紙には、連絡がつき次第王城まで参上する事とだけ短く書いてある。身綺麗な格好に着替えた俺は早速転移を使い王子の待つ私室の前に立ち、静かにドアをノックする。
「入れ」
「失礼します」
短い返事と共に部屋に入った俺を確認した王子は、向かいのソファーに座るように促して来た。大人しく腰掛ける俺にリムリック王子は一つの羊皮紙を差し出してくる。読んで見ろと言うことだろう。言われた通り目を通すと、そこには俺の処遇について仰々しい文字で長々と書いてあった。だが要約すると意味は一つだ。
「俺の身分を子爵に…ですか。しかも正式な貴族に?」
「そうだ。アルゴスが君に与えた爵位と同じにしておいた。アルゴスが何か言ってきた場合の言い訳も考えてあるぞ。『以前の騒動で国の恩人たる勇者にちゃんとした褒美を渡せなかった。だから今回正式に爵位を与えた』と言うつもりだ」
「はは…」
クロノワールがグリトニルに使った言い訳をそのまま使うと言う事だ。俺としては苦笑いしか出てこないが、確かにこれを言われてはアルゴス側の抗議を封じる事が出来るだろう。しかし、これだけ俺の爵位についてグリトニルとアルゴスがやり合う理由がいまいち解らなかった。
「正直俺にはよく解らないんですが、ここまでして俺の爵位に拘るのは何か重要な意味があるんですか?」
素朴な疑問を口にすると、王子は噛み砕くように説明してくれる。
「うむ…この間も言った通り、我々為政者は先の事を考えて動かねばならん。各国が力を合わせて魔族を撃退した後、世界中に戦いの爪痕は残り国々は荒廃するだろう。その時復興の主導権を得る事が出来るのは何処だと思う?敵の本拠地に乗り込んだ勝利の立役者である勇者と言う存在を取り込んだ国だよ。実際に君が戦う気が無くとも、勇者が居ると言うだけでそれは他国にとって脅威となり得るんだ。そう言う訳で、君の爵位は戦後の主導権争いにとって重要な意味を持つ」
まるで最終兵器扱いだな。だが、ようやく彼等が躍起になって俺を取り込もうとしている理由が理解できた。しかし気になる点はまだある。なぜ爵位を与えるのがグリトニルとアルゴスだけなのかと言う事だ。この際だからと聞いてみると、それについても王子は丁寧に答えてくれた。
「当事国を除けて理由を上げるとすれば、バックスはドワーフでしか爵位を得る事が出来ないのが理由だ。次にリオグランドだが、君はあの国で自ら王になる機会をみすみす捨てている。今更爵位を与えると言い出したところで受け取らないと思われているのだろう。ファータやシーティオについては国力が衰退し過ぎていて、君を取り込んだ所で有効に生かす方法が無い。ミレーニアに至っては中央から遠すぎるし、ヴルカーノは地理的に断然されている様なものだから他国の争いには興味が無いだろう。問題はガルシアがどう動くかだが…これは今のところ予想がつかんな。我らと同じように君に爵位を与えようとするかもしれんし、何もしない可能性もある。いずれにせよ、あのご老体は油断がならんよ」
当人の意思を無視して各国の王やそれに準じる人々が駆け引きをしている。正直言って腹の立つ部分もあるが、彼等は彼等で大変なんだろうと理解出来ない事も無い。だが彼等は一つ重要な事を見落としてはいないだろうか?
仮に彼等の駆け引きで俺が何か不利益を被った時、俺は自分やその仲間を守るためなら国の権威など平気で無視する人間だと言う事を。まして今の俺には守るべき対象が多くある。家族はもちろんアミルやレレーナと言う仲間、そしてルシノア達に領民。万が一彼等に危害が加えられる事があれば、その時は相手が誰であれ容赦なく力を振るうつもりだ。そんな俺の内心を知ってか知らずか、王子は気楽に話を続ける。
「まあ、こちらが手を打った事でこれ以上アルゴス側から何かしてくる事は無いと思うよ。何かあるとすれば戦後だ。君は二つの領地を思うままに開発するといい」
「そうですね。では当分領地の発展に専念します」
そう言い残し、王子に別れを告げた俺はその場を後にした。連中の思惑がどうであれ、俺には俺の考えがある。万が一敵対するなら例え相手が王子や皇女であっても叩き潰すつもりだ。俺は密かに決意を決めて領地に戻るのだった。
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