ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第297話 アルゴスからの褒美

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「次に向かってもらうのはヴルカーノだ。地形が地形だから先ぶれの使者が到着するまでかなりの時間が必要になるだろうから、それまでは自由に過ごしてくれ。準備が出来たら君の領地に使いをやろう」

シーティオでのダンジョン造りが上手くいった翌日、報告に訪れた俺に開口一番王子がそう告げてきた。確かに山に囲まれたあの国の王都に人力で辿り着こうとしたら一週間や二週間はかかるだろう。と言う事で思わぬ休暇が発生した事になった。何をして時間を潰そうかと考えながら領地に戻ったところ、城の前に見慣れない数台の馬車が止まっているのを発見した。御者の男と馬車の護衛と思われる騎士達が俺に目を止め深く頭を下げてきた。返礼しながら城の中に入り誰だろうと首をかしげていると、俺に客が来ているとクレアから伝えられた。

「お客さん?」
「はい。アルゴス帝国からの使いの方だそうです。先日謁見した件でお話があるって」

と言う事は表の馬車はアルゴス帝国のものか。そう言えばクロノワール皇女が名誉爵位と領地を与えるって話をしてたっけ。皇女の使いは急遽用意された仮の応接間で待っているらしい。待たせてはいけないと俺は城の中を急ぎ足で歩く。途中、来客に対応するための部屋を造って無かった事に今更ながら気がついた。後でちゃんとしとかないとな。

「失礼します」

ノックしてドアを開け中に足を踏み入れると、身なりの良い格好をした二人の男女が別室から運び込まれたソファーに腰かけていた。二人は俺が入ってきた事に気がつくと慌てて立ち上がり一礼してくる。

「お待たせして申し訳ない。ようこそ使者の方々。歓迎します」
「こちらこそ突然お邪魔して申し訳ありませんエスト殿。私はクロノワール皇女から遣わされたセスと申す者、そしてこちらが…」
「ヒルダです。よろしくお願いします」

男の方がセス。女の方がヒルダと言う名のようだ。席に着いた俺に対し、彼等は挨拶もそこそこに本題を切り出してくる。

「早速ですが、クロノワール皇女からの伝言をお伝えします。『こちらの準備は整いました。いつでもお越しください』との事です。もうエスト殿もご理解されているでしょうけど、貴方に名誉爵位を与える手はずは全て整いました。新たな領地にも既に代官が赴任していますので、後はエスト殿ご自身が城まで足を運んでいただくだけで全ての手続きが完了します」

当分先だと予想していたのに、思ったよりも早く褒美をもらえる事になった。実のところ爵位にほとんど興味が湧かないものの、領地がどんな所かは楽しみなのだ。新たにアルゴス側の領地がもらえるなら早く開拓してみたいと言う欲求がある。

「解りました。では早速ですがアルゴス帝国に向かいましょうか。お二人さえ良ければ私が馬車ごとアルゴス帝国まで移動させますが?」
「おお!噂に聞くエスト殿の転移ですね。滅多に無い機会です、是非とも体験させてください!」
「私も一度経験してみたいと思っていたのです!」

おや、意外に好評だな。確かに一瞬で景色が入れ替わる経験なんて滅多に出来ないだろうから、彼等が興味を持つのも理解できる。ちょっと出かけてくる旨をクレアに伝えて表に出た俺達三人は、止めていた馬車を集めてロープで連結する作業に取り掛かった。バラバラのままだと転移した時置いてけぼりになるからだ。

「エスト殿、準備完了しました」
「解りました。では行きましょうか」

セス達と同じ馬車に乗り込みドラプニルの腕輪に魔力を回す。そして一瞬後には領地に止めていた馬車全てがアルゴス帝国の王都近くに移動していた。

「え、今ので移動したんですか?」
「なんか実感が…本当に一瞬なのですね」

あまりに一瞬の出来事なのでセスとヒルダは拍子抜けしているようだ。車や電車の様に加速すれば解りやすかったのだがな。

王都まで目前の距離に移動したおかげで、三十分も経たない内に俺達一行はアルゴス帝国の王城に辿り着く事が出来ていた。グリトニルの使節としてこの城に訪れた時と違い、今はセス達も居るのでフリーパスだ。そしてそのまま城内に案内された俺は、控室に通されると恒例のお着替えタイムとなった。

「エスト殿にはこれから爵位授与式に出ていただきますから、申し訳ありませんがここでそれなりの格好に着替えていただきます。形式的には簡単な物なのでそれほど固く考える必要は無いかと。あくまでも手続き上行う儀式ですので…」

そんなセスの言葉は今の俺には頭に入っていない。なにせ今の俺は年若いメイド達に無理矢理服を脱がされ、寄ってたかって着せ替え人形にされているのだ。彼女達にそんなつもりは無いにしても、若い女性に体を触られてはどうしても意識してしまう。それを理性で押さえ込むのに必死だったのだ。

(落ち着け…今俺に触っているのは髭面のドワーフだと思い込むんだ。そう、俺は今ドワーフに服を脱がされている…酒樽のようなオッサンに脱がされて興奮している…って、それじゃただのド変態だろうが!)

「エスト殿、エスト殿!大丈夫ですか?」
「へ?」

気がつけばいつの間にか着替えが終わっていたらしく、俺は真新しくも立派な服装を身に纏っていた。何か損したような気がしないでもないが、若さを暴発させずに済んだ事をドワーフ達に感謝しよう。

セスを先頭に俺が続き、最後尾にヒルダがゆっくりとついて来る。視界の先には謁見の間に通じる大きな扉があった。マズい…段々緊張してきた。使節としてここに来た時は交渉事全てをクロウに任せていたから完全に他人事だとリラックスしていたが、今回は俺が主役だから嫌でも注目を浴びてしまう。貴族としての振る舞いなど全く経験が無い俺が大勢の前で儀式をするなんて、まるで精神的な拷問だ。出来る事なら回れ右して今すぐ帰りたい気分だった。

「エスト殿、準備はよろしいですか?では参りますよ」
「は、はい」

扉近くにある小窓からセスが俺の来訪を告げると、目の前の大きな扉が内側に向かってゆっくりと開いていく。すると徐々に大勢の人達が謁見の間に佇んでいるのが目に入り、それと同時に騒めきも大きくなってきた。交渉に来た時より多くないかコレ?

「さあ、エスト殿。前に」

後ろに居るヒルダに急き立てられるように俺は固くなった足を前に踏み出す。ええい、こうなったら行き当たりばったりで何とかしてやる。俺は腹に力を籠め、やけくそ気味に謁見の間へと足を踏み入れた。
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