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第296話 シーティオのダンジョン
しおりを挟むダンジョンマスターを倒した事で貴重な魔石を手に入れた俺達パーティーは、すぐフォルティス公爵の下に魔石を届けに行った。公務を切り上げて出迎えてくれた公爵に光り輝く魔石を見せると、彼女は魅入られたかのようにじっくりと魔石を観察していた。
「これが手に入った魔石か…なんと見事な…まるで宝石ではないか」
「かなり強力な敵だったんで、これ以上ないほど上質な魔石が手に入りました。ダンジョンコアには問題ない品質だと思いますよ」
そう、魔石を手に入れるのはあくまでも手段であって本来の目的では無い。本番はここからなのだ。公爵は既にダンジョンを造る予定の土地を決めているらしく、自ら案内しようと席を立つ。予定ではこの公都の近くの小高い丘にダンジョンを造るつもりらしい。
「まだ先の話だが、将来はこの公都に遷都するつもりなんだ。だからダンジョンも街の近くにあった方が良いだろう?領民にも色々利益が出るはずだからね」
「確かに。ダンジョンが育てばそれだけ人も集まりますからね」
だがそれは当分先の事だと思う。ダンジョンを造るのに成功しても、成長速度が速いとは限らないのだから。
公爵の用意してくれた立派な馬車に乗り込み公都から出た俺達一行は、三十分ほど移動して公都を見下ろせる丘の天辺に立っていた。ここは街道から少し離れているので旅人達が間違ってダンジョンに入ると言う事はない場所だ。
「エスト君、頼めるかい?」
「はい、お任せを」
地面に両手をついた俺は魔力を高めながら地中の中にダンジョンを造るイメージを固めていく。以前なら自ら中に潜って少しの階層を地道に作っていた作業だったが、魔力の増加や土魔法のレベルアップでわざわざ中に潜る必要が無くなっている。要は城を築いた時の要領でダンジョンを造ればいいのだ。しかも今回の場合、もともとある土を掘削して強度を上げるだけだから、地上に立体物を作りだした築城時に比べて大分楽になっている。頭の中で組み上げられる新たなダンジョンは既に地下十階層まで出来上がっていた。
「よし…始めます!」
気合と共に高めた魔力が両手を伝わって地面に流れ込み、地中の地形をどんどん変えて行くのが解る。丘の上に立つ俺達は地面から伝わる振動に体を揺さぶられた。
「お、おお!地面が揺れるぞ!」
「ゆれる~」
「おもしろ~い!」
「凄い振動ですね」
「城の時ほどではないが土の精霊達が騒いでいるな。これは相当大規模なダンジョンが出来上がりそうだ」
地面が揺れる事でシャリーやレヴィアがはしゃいでいたが、意外な事に公爵も楽しそうにしていた。俺はこっちの世界に来て未だに地震を経験したことが無いから、地面が揺れる事自体は非常に珍しい現象なのだろう。恐怖心が無ければアトラクションのように思ってしまうのかも知れない。
やがて俺の魔力の大部分を消費して、地中の中にダンジョンが形作られて来た。それと同時に次第に揺れも収まってくる。一仕事終えた俺は立ちあがり大きく背伸びをしながら息を吐いた。後は中に入って魔石を埋めるだけだ。
「とりあえず今のでダンジョンの形は作りました。後は実際に魔石を埋めに行きましょう」
「う、うむ。よろしく頼むよ」
俺達一行は俺を先頭に出来たばかりのダンジョンの入口に足を踏み入れる。俺のすぐ後ろに公爵が続くが、敵が存在しないため隊列など気にしなくてもいいだろう。魔法で明かりを灯しながら下へと続く階段を目指して歩いて行く。新しいダンジョンは出来たばかりの為か、土から伝わってくる湿気はあるもののカビ臭さとは無縁だ。今のところ壁や床には苔の一つも無い。魔石が上手くダンジョンコアになってくれたら、これらもすぐ変化が生まれるはずだ。
真新しい階段を踏みしめて次々と階層を下って行くと、ようやく現時点の最下層である地下十階の一番奥まで辿り着いた。結構な距離を歩いて来たので旅慣れている俺達はともかく、普段書類仕事に追われて運動する機会が無いであろう公爵は肩で息をしていた。そんな彼女を見ながら俺は床の一部に土魔法で深く穴を掘り、魔石を深く沈めてから穴を埋める。すると次の瞬間、ダンジョン全体が震えたような感覚がその場にいた全員に感じられた。
「今のは…何だ?」
「ご主人様?」
「シャリーのお腹がなったみたい」
「心臓の鼓動?」
「主殿、何か心当たりがあるのか?」
「みんな落ち着いて。公爵も落ち着いて下さい」
初めての事に戸惑う彼女達。俺も今回を含めて二回しか経験してないが、この何か大きな生物の腹の中に入ったような感覚には慣れない。このまま捕食されそうな錯覚を起こしてしまうからだ。
「たぶん今の感覚がダンジョンの生まれた証明だと思う。前に領地のダンジョンに魔石を埋めた時も同じ様な事があったし、このまま時間が経てば魔物が生まれるんじゃないかな?」
「それは本当かいエスト君!これでダンジョンが造れたんだね!?」
「ええ。まず間違いないと思います。後はダンジョンが成長するのを気長に待ちましょう」
よほど嬉しかったのだろうか、俺の答えに公爵は何度も無言でガッツポーズを取っていた。普段冷静な彼女にしては珍しいストレートな感情表現だ。これで将来ダンジョンが成長すればシーティオ全体の利益になるのだから喜ぶのも当然だろう。それに失敗すれば貴重な魔石がただの石ころになっていたところなのだ。それを考えれば公爵は分の悪い賭けに勝ったとも言える。
用が済んだ俺達はダンジョン入口まで戻り、馬車を回収して公都まで転移した。そして通された公爵の私室でくつろいでいると、ノックする音と共に着替えを終えた公爵が部屋に入って来て、アネットとリクレスがそれぞれ重そうな袋を抱えてその後ろに続いていた。
「待たせてすまないね、みんな。遅くなったけど今回の報酬を持って来たよ。どうか受け取ってくれ」
ずしりと重い音を立てながらテーブルの上に置かれた二つの袋の口からは、中が少し見えている。どちらもまばゆい輝きを放つ金貨が満杯になっているようだ。この量からして百枚は下らないだろう。
「全部で金貨百五十枚ある。少ないと感じるかも知れないけど、今の公爵領ではこれが出せる精一杯だ。すまないが納得してくれ」
「いえ、十分です。ありがたく頂戴します」
もともと金額の大小にこだわるつもりは無かったので文句も言わずに報酬を受け取る。昔ならいざ知らず、今の俺には領地もあるし金に困っている訳では無い。ここでごねるより公爵に恩を売っておく方が将来的な利益になるだろうと言う思惑もあった。
これでひとまずシーティオとの交渉事は全部終わった。残るはミレーニアとヴルカーノの二カ国のみ。国王を半殺しにした件で近寄りがたい国と、依頼を失敗したせいで顔を出しにくい国の二つだ。どちらも出来るなら遠慮したいが、この状況ではそうも言っていられないだろうから、覚悟を決めて行くしかない。
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