ReBirth 上位世界から下位世界へ

連載

第２９５話 影

突進してきたアヌビスは、手に持った二つの槍を少しの時間差をおいて連続で突き出して来る。火の粉を散らしながら迫るその槍の一撃を真横にステップして躱し、二撃目を盾で受け流す。そして無防備になった前足に向かって右手のグラン・ソラスを振り抜いたのだ。

「もらった！」

いかなる敵でも斬り裂いた神の剣の一撃を受けて無事で済む筈が無い。これで足の一本は奪えたと確信した次の瞬間、右手に信じられないような衝撃を受けて俺の一撃は弾き返されたのだ。

「なっ！？」

確かに剣が直撃した筈のアヌビスは、足が無くなるどころか無傷で走り抜ける。俺が呆気にとられている間にクレアの放った矢が方向転換中のアヌビスに多数命中して小さな爆発をいくつも起こすが、煙の中から現れたアヌビスには傷もついていなかった。

「そんな！？」
「ならばこれでどうだ！」

再び突進を再開したアヌビスは、今度はディアベルを目標に定めたようだ。だが彼女は慌てずに精神を集中させるとお得意の炎の魔人を召喚した。

「イフリート、来い！」

ディアベルの眼前に空間に、彼女の召喚に応じた炎の魔人が爆炎を纏って出現する。イフリートは己に向かって来るアヌビスを認識すると、大きく手を振り上げて超高温の炎の奔流を撃ちだした。あまりの熱気に周囲の景色を歪めながらアヌビスに迫る炎は、勢いよく突っ込んでくるアヌビスに直撃して炎を撒き散らした。今の攻撃で倒れはしないまでも何らかのダメージはあると誰もが思った予想を裏切り、アヌビスは勢いを殺さずに炎を裂いて姿を現した。

「馬鹿な！？」
「危ない！」

回避の遅れたディアベルに勢いよく手に持った槍を突き出すアヌビス。串刺しにされると思ったその時、横から現れたシャリーがディアベルに飛びつき間一髪槍を回避する。そして二人はそのままアヌビスから大きく距離を取った。

「助かったぞシャリー」
「えへへ」

ディアベルに褒められて笑顔を浮かべるシャリー。しかしこの敵、これだけ攻撃をぶち当てて全くの無傷とはどう言う事だ？何らかの弱点となる属性攻撃以外は通用しないタイプなんだろうか？だとしたら厄介だ。今のところ物理、火炎、爆発は無傷だった。後俺達が試せるのは水、氷、土、雷撃にシャリーの持つ精神汚染する短剣、それとディアベルの持つケルケイオンだけだ。これらが通用しなかったらマジでお手上げなんだが…

その時、以前より大きく力を増したレヴィアの水の竜が現れて猛然とアヌビスに襲い掛かった。巨大な口を開けて迫る水竜に反撃とばかりに炎の槍を突き入れたアヌビスだったが、そんな程度では水竜は止まらない。まるでアヌビスの槍など存在しないかのようにそのままアヌビスに食らいつき、その体を両断しようと顎に力を籠める。

だが一瞬の後、アヌビスを咥えていた水竜は爆散するとただの水に戻ってしまった。そこを狙いすました俺の雷撃が走り水で濡れたアヌビスの体に直撃する。大広間全体を照らすかのようにスパークする電撃。これなら…と淡い期待を寄せるも、何事も無かったかのように動くアヌビスを見て落胆する。

「どうなってんだコイツの身体は…」
「これだけやっても無傷なんて」
「…何か根本的に間違っているのか？何か見落としがあるのでは…」

ディアベルの言う通り、これだけ攻撃が通用しないのは何か別の要因があるのかも知れない。だが今の時点では全く見当もつかないのは確かだ。出来る限り色々やって試すしか打開策が思いつかない。

アヌビスはゆっくりとした歩みで大広間を回りながら次の獲物を誰にするか品定めしているようだ。だがそこに一条の光が差し込んでアヌビスに直撃する。光の下を辿ってみれば、ディアベルがケルケイオンを振り抜き全力で照射したようだった。これで効果が無ければ打てる手が無い。祈るような気持ちでアヌビスを睨み付ける。だが俺達の祈りを嘲笑うかのように、無情にもアヌビスは何事も無かったかのように平然とその場に立っていた。

『…………』

誰も何も言えない。攻撃が全く通用しないなら勝ち目が無いのだ。このまま戦い続けたところで体力気力が消耗した先にあるのは全滅の一言のみ。その最悪の事態だけは避けるため、ここは撤退あるのみだと瞬時に決断する。

「みんな一時退却だ！俺が引き付けるから通路に逃げ込め！ディアベル！全員逃げ込んだら完全に通路を塞いでしまえ！俺は後で逃げる！」
「了解した！主殿！」

通路に向かって走り出したクレア達を逃がすまいとアヌビスがその強靭な蹄で大地を抉りながら突進してくるが、そうはさせじと前に回り込んだ俺が盾の障壁を展開する。勢いそのままに障壁に激突したアヌビスは手に持つ槍を何度も叩きつけて障壁を破ろうとするも光の障壁はビクともしない。そして俺は目くらまし代わりに複数の氷の槍を作りだし、アヌビスの頭上から大量に浴びせてやった。

するとどう言う訳か、さっきまで無防備に攻撃を喰らっていたアヌビスが降ってくる氷の槍を片っ端から迎撃しているのだ。ひょっとしたらこれが何かのヒントかも知れない。そう思った俺は再び氷の槍を大量に作りだすと、間断なくアヌビス目がけてお見舞いする。さっきまでの余裕は何処へやら、奴は必至の形相で槍を振り回して迎撃している。

「みんな撤退中止！奴の頭上から攻撃を浴びせるんだ！」

ここが勝負の分かれ目になる。そんな直感がした俺は通路に向かっていたクレア達を呼び戻し援護を頼んだ。すぐさま取って返したクレア達がそれぞれの攻撃手段で加勢すると、とうとうアヌビスは攻撃を捌ききれなくなり奴の身体や地面に攻撃が当たり始める。その時、クレアの放った一本の矢が奴の槍をかいくぐりアヌビスの真下にある影に突き刺さったのだ。

「ギャオオオオッ！」

瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの大音量でアヌビスが苦痛の叫び声をあげる。見ると今まで無傷だった奴の体の一部に、矢で抉られたような傷が出来ているのが見えた。

「そう言う事か！みんな！奴の足元にある影だ！影を狙え！」

ここぞとばかりに全員が一斉に攻撃する。ディアベルが召喚したノームが地中から飛び出して影を斬り裂き、レヴィアの腕から伸びる水の鞭が大地を抉る。シャリーが猛烈に回転させて撃ちだした投石が地面を陥没させ、クレアの降らし撃ちがアヌビスの逃げ場を無くすように広範囲を爆撃する。

弱点を見破られた事で一瞬でボロボロになったアヌビスには、もはや戦う力など残ってはいなかった。そして俺はいつもの様にグラン・ソラスに魔力を回すと、アヌビスの頭上に転移し落下の勢いを加えた一撃を奴の影に突き刺した。

「ギャアアアアァ！！」

止めを刺されたアヌビスは、断末魔を上げてその場に崩れ落ちる。すると次第に奴の身体が溶け出す様に少しずつ塵になっていく。アヌビスの身体が完全に消え去った後、残されていたのは一つの魔石だ。人のこぶし大の大きさだが、まばゆく光り輝いている。これだけ見事な魔石ならきっと立派なダンジョンを造る事が出来るだろう。

そして俺達は久しぶりのレベルアップだ。

エスト：レベル９６ 『フロアマスター討伐×２』『不死殺し』『アルゴスの騎士』『巨人殺し』『悪魔殺し』『ダンジョンマスター討伐』
HP　5620/5620
MP　5098/5098
筋力レベル：６(＋８)
知力レベル：６(＋９)
幸運レベル：３(＋７)
所持スキル
『経験値アップ：レベル３』
『剣術：レベル６』
『同時詠唱：レベル２』 
※隠蔽中のスキルがあります。

『新たなスキルを獲得できます。次の中から選んでください』
『電撃魔法：レベル４』
『火炎魔法：レベル４』
『同時詠唱：レベル３』
『経験値アップ：レベル４』

クレア：レベル９２『フロアマスター討伐×２』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐』

HP　3710/3710
MP　2950/2950
筋力：レベル５(＋３)
知力：レベル４(＋３)
幸運：レベル６(＋３)
所持スキル 
『弓術：レベル６』
『みかわし：レベル４』
『剣術スキル：レベル４』
『扇撃ち：レベル５』
『強弓：レベル６』
『降らし撃ち：レベル４』
『格闘術：レベル１』

ディアベル：レベル８０『フロアマスター討伐×２』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐』

HP　2775/2775
MP　3601/3601
筋力：レベル３(＋３)
知力：レベル５(＋３)
幸運：レベル４(＋３)
所持スキル 
『精霊召喚(土)：レベル４』
『精霊召喚(炎)(風)：レベル５』
『精霊召喚(水)：レベル３』
『剣術：レベル４』
『高速詠唱：レベル４』

シャリー：レベル７８『フロアマスター討伐×２』『アルゴスの騎士』『ダンジョンマスター討伐』

HP　3020/3020
MP　1093/1093
筋力：レベル５(＋３)
知力：レベル２(＋３)
幸運：レベル３(＋３)
所持スキル 
『嗅ぎ分け：レベル４』
『剣術：レベル５』
『大跳躍：レベル３』
『みかわし：レベル６』
『受け身：レベル１』

レヴィア(黄龍)：レベル不明
HP　****/****
MP　****/****
所持スキル
不明

ダンジョンマスターを討伐したおかげか、全員称号が付いてＨＰとＭＰが大幅に上がっていた。クレアは知力と幸運が上がっていて、今回の戦いで多用した降らし撃ちのスキルがレベルアップしている。

悪魔討伐の時に不在だったディアベルとシャリーも随分強くなっている。ディアベルは知力と幸運が上がり、高速詠唱もレベル４になっていた。シャリーは筋力が上がり、驚いた事に知力も上がっていた。どうやら普段半泣きになりながら勉強していた成果がステータスにも表れたようだ。そして嗅ぎ分けとみかわしの二つのスキルが共にレベルアップしている。回避力だけなら俺以上になったな。

レヴィアだけは相変わらずステータスが謎のままだが、彼女の場合何かしらの条件で成長するようだから気長に成長を待つしかない。

そして最後に俺だが、今回は久しぶりに出て来た『経験値アップ：レベル４』を取る事にする。これは対魔族との戦いで修行のためにダンジョンに潜る時に必須のスキルと言えるだろう。とにかくこれで公爵の依頼は達成だ。後はシーティオに戻って魔石を渡すとしよう。