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第291話 選択肢

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ガルシア王国の政変の情報は既にリムリック王子も把握していたようだ。翌日の昼過ぎに赴いた俺が伝えるより速く知っていたと言う事は、おそらく伝書鳩等の通信手段で密偵が情報を送ったのだろう。一度身柄を確保したベルナルドとアルフォンソの事を報告しなかった件で咎められるかと思ったが、意外な事に王子は怒ってなどいなかった。

「グリトニルとしては、話が通じないベルナルドが国王のままで居るより、老獪だが譲歩するところは譲歩するアルフォンソが国王のまま居て貰う方が助かるんだよ。また改めて対魔族の件で彼とは交渉する事になるが、次は断ったりしないと思うぞ」

少ししか関わらなかったものの、確かにあの元気な爺さんは決断が素早い印象があったな。て事はガルシアも協力してくれると考えて良さそうだ。

「まあそれはそれとしてエスト、次はシーティオに行って貰う事になった。まだ国が落ち着いたばかりで望める協力など知れているとは思うが、彼らなりに出来る事で協力してもらおう。足の遅さを考えて先ぶれはとっくに出してあるから、明日にでも出発して問題ない」
「解りました。では明日の朝にでも改めて参ります」

俺はそう言い残し王子の下を後にした。そして領地に戻ると早速アミルとレレーナの部屋を訪れる。国王交代劇でうやむやになっていたが、彼等の今後をどうするか相談しなければならないからだ。少し緊張しながらノックすると、レレーナが扉を開けて出迎えてくれた。

「いらっしゃいエスト。どうぞ中に入って」
「お邪魔します」
「ようエスト。昨日ぶりだな」

部屋の中ではアミルが剣の手入れをしていたようだ。そして机の上には編みかけの子供服が置かれてある。レレーナが生まれてくる子供のために作っていた物だろう。椅子に腰かけた俺にお茶を入れてくれたレレーナに礼を言い、一つ咳払いすると話を切り出した。

「もう解っていると思うけど、今日尋ねたのは二人の今後をどうするかの相談に来たんだ」

その言葉に、若干二人の間に緊張が走ったようだ。自分達の今後の人生を左右する大事な話なので二人とも真剣な表情になる。しんと静まり返った部屋に、アミルがつばを飲み込むゴクリと言う音が響く。

「俺から提案できる選択肢は三つ。まず一つ目はガルシアに戻って今まで通り騎士として暮らしていく事。幸い今回の事でアルフォンソと俺は顔見知りになれたから、アミルを今まで通り騎士として雇って貰える事ぐらいは出来ると思う。ただ、今回の事で俺がベルナルド派の騎士や兵士を力ずくで排除した影響で、俺と関わりのあるアミルの立場は微妙になる可能性がある」

俺がベルナルドの指を斬り落として脅迫する場面などもしっかり見られているし、アミルも俺の関係者だと言う事で捕らえられている。ガルシアに戻ると言う選択は正直お勧めできないと思う。

「うん、確かにそれはあるだろうな。元々ベルナルドが俺を人質に取ったのが原因とは言え、やはり実際目にした事は心のどこかにひっかかりを生むし」
「そうね…下級騎士の集まる集合住宅でも話は広まるだろうし、居辛くなりそう…」

アミルにしろレレーナにしろ、今まで仲良くしていた同僚やご近所さんの態度が変われば、この先精神的に苦しむ事になるのは簡単に想像できた。加害者だろうが被害者だろうがそっとしておかないのが大衆と言うものだし。そして指折り数える俺を見て二人が続きを促す。

「二つ目、俺からリムリック王子に頼んで正式にこの国の騎士に取り立ててもらう事。自分で言うのもなんだが、今までこの国には随分と貢献して来た自負があるから、アミル一人を騎士にする事ぐらいは訳は無いと思う。ただこの場合の問題点として、ガルシア程の収入は期待できない事と環境の差があるんだ。この国はガルシアに比べると宗教色が強いから、規律や戒律に物凄く厳格だと思うしな」

この大陸にある国家は様々だが、明確に国教を定めているのはグリトニル聖王国だけだ。それだけに他に比べて信者や教会の数も多いし宗教活動も盛んだ。僧侶でもあり普段から教会の手伝いを買って出ていたレレーナはともかく、あまり考える事が得意でないアミルに騎士が務まるかどうかが心配だった。

「う~ん、レレーナはともかく俺で上手くいくかな…?」
「収入が減るのも痛いわね。これから子供も生まれるから物入りだし…」

やはり経済面が一番ひっかかる所になったか。誰の言葉か忘れたが、金の無いのは首の無いのと同じって事だろうな。

「最後に三つめ、このままこの地に留まり俺の家臣として働くと言う選択肢。給料はグリトニルの平均に比べて倍近いし、一番上が俺だからややこしい人間関係も無いだろう。ただ、将来俺が死んだ後がどうなるかが問題だな。一応今の身分は一代限りの名誉爵位だから、俺が二人より先に死んだ場合無職になる危険がある。魔族との戦いで俺が死なないとも限らないしね。それに現在人口増加で人手が足りてないから仕事はかなり忙しいと思う」

それぞれの選択肢にあるメリットとデメリットの説明を聞いた二人は難しい顔で考え込んでしまった。今の条件を簡単に言うと、収入面では俺の領地、ガルシア、グリトニルの順番で良く。生活する環境面ではガルシア、グリトニル、俺の領地の順番だ。やはり大きな街に住むといろいろと便利だからな。そして最後に人間関係では俺の領地、グリトニル、ガルシアの順で良いだろう。どれも一長一短だから悩んで当然だった。

「すぐに返事をする必要は無いぞ。二、三日考えてからでも…」
「いや、決めた。エスト、このままこの土地で働かせてくれ」

考える時間も必要かと思って席を立ちかけた俺に、アミルが力の籠った目で答えを出して来た。レレーナも一瞬驚いたようだがすぐに同意する。

「色々条件とか考えてみても、やっぱりお前達と一緒に居ると安心できるからな。それにこの村は良い人達が多い。子供を育てるには良い環境だと思うよ」
「…そうね、私達の事はともかく、子供には良い環境で育ってもらいたいものね」

二人とも、自分達の事よりこれから生まれてくる子供の事を第一に考えていた。俺にはすっぽりと抜けていた視点なので少し驚かされる。そうか、親になるってこう言うことなのかな…少し感動した。

「解った。なら改めて歓迎するよ。これからよろしくな二人とも」
「ああ、こちらこそよろしく!」
「エストに雇われる事になるなんて、最初にあった頃からは想像も出来なかったわね」

がっしりと三人で握手を交わす。俺としても腕が立ち気心の知れている二人が居てくれるなら心強い。魔族の侵攻が始まった時留守にしたこの土地を二人が守ってくれるなら、気兼ねなく魔族領に行けるだろう。強力な仲間を得て嬉しいが、新たに子供の教育施設を造る必要があるなと頭の中で考える。さっそくルシノアに相談する事にしよう。
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