144 / 258
連載
第291話 選択肢
しおりを挟むガルシア王国の政変の情報は既にリムリック王子も把握していたようだ。翌日の昼過ぎに赴いた俺が伝えるより速く知っていたと言う事は、おそらく伝書鳩等の通信手段で密偵が情報を送ったのだろう。一度身柄を確保したベルナルドとアルフォンソの事を報告しなかった件で咎められるかと思ったが、意外な事に王子は怒ってなどいなかった。
「グリトニルとしては、話が通じないベルナルドが国王のままで居るより、老獪だが譲歩するところは譲歩するアルフォンソが国王のまま居て貰う方が助かるんだよ。また改めて対魔族の件で彼とは交渉する事になるが、次は断ったりしないと思うぞ」
少ししか関わらなかったものの、確かにあの元気な爺さんは決断が素早い印象があったな。て事はガルシアも協力してくれると考えて良さそうだ。
「まあそれはそれとしてエスト、次はシーティオに行って貰う事になった。まだ国が落ち着いたばかりで望める協力など知れているとは思うが、彼らなりに出来る事で協力してもらおう。足の遅さを考えて先ぶれはとっくに出してあるから、明日にでも出発して問題ない」
「解りました。では明日の朝にでも改めて参ります」
俺はそう言い残し王子の下を後にした。そして領地に戻ると早速アミルとレレーナの部屋を訪れる。国王交代劇でうやむやになっていたが、彼等の今後をどうするか相談しなければならないからだ。少し緊張しながらノックすると、レレーナが扉を開けて出迎えてくれた。
「いらっしゃいエスト。どうぞ中に入って」
「お邪魔します」
「ようエスト。昨日ぶりだな」
部屋の中ではアミルが剣の手入れをしていたようだ。そして机の上には編みかけの子供服が置かれてある。レレーナが生まれてくる子供のために作っていた物だろう。椅子に腰かけた俺にお茶を入れてくれたレレーナに礼を言い、一つ咳払いすると話を切り出した。
「もう解っていると思うけど、今日尋ねたのは二人の今後をどうするかの相談に来たんだ」
その言葉に、若干二人の間に緊張が走ったようだ。自分達の今後の人生を左右する大事な話なので二人とも真剣な表情になる。しんと静まり返った部屋に、アミルがつばを飲み込むゴクリと言う音が響く。
「俺から提案できる選択肢は三つ。まず一つ目はガルシアに戻って今まで通り騎士として暮らしていく事。幸い今回の事でアルフォンソと俺は顔見知りになれたから、アミルを今まで通り騎士として雇って貰える事ぐらいは出来ると思う。ただ、今回の事で俺がベルナルド派の騎士や兵士を力ずくで排除した影響で、俺と関わりのあるアミルの立場は微妙になる可能性がある」
俺がベルナルドの指を斬り落として脅迫する場面などもしっかり見られているし、アミルも俺の関係者だと言う事で捕らえられている。ガルシアに戻ると言う選択は正直お勧めできないと思う。
「うん、確かにそれはあるだろうな。元々ベルナルドが俺を人質に取ったのが原因とは言え、やはり実際目にした事は心のどこかにひっかかりを生むし」
「そうね…下級騎士の集まる集合住宅でも話は広まるだろうし、居辛くなりそう…」
アミルにしろレレーナにしろ、今まで仲良くしていた同僚やご近所さんの態度が変われば、この先精神的に苦しむ事になるのは簡単に想像できた。加害者だろうが被害者だろうがそっとしておかないのが大衆と言うものだし。そして指折り数える俺を見て二人が続きを促す。
「二つ目、俺からリムリック王子に頼んで正式にこの国の騎士に取り立ててもらう事。自分で言うのもなんだが、今までこの国には随分と貢献して来た自負があるから、アミル一人を騎士にする事ぐらいは訳は無いと思う。ただこの場合の問題点として、ガルシア程の収入は期待できない事と環境の差があるんだ。この国はガルシアに比べると宗教色が強いから、規律や戒律に物凄く厳格だと思うしな」
この大陸にある国家は様々だが、明確に国教を定めているのはグリトニル聖王国だけだ。それだけに他に比べて信者や教会の数も多いし宗教活動も盛んだ。僧侶でもあり普段から教会の手伝いを買って出ていたレレーナはともかく、あまり考える事が得意でないアミルに騎士が務まるかどうかが心配だった。
「う~ん、レレーナはともかく俺で上手くいくかな…?」
「収入が減るのも痛いわね。これから子供も生まれるから物入りだし…」
やはり経済面が一番ひっかかる所になったか。誰の言葉か忘れたが、金の無いのは首の無いのと同じって事だろうな。
「最後に三つめ、このままこの地に留まり俺の家臣として働くと言う選択肢。給料はグリトニルの平均に比べて倍近いし、一番上が俺だからややこしい人間関係も無いだろう。ただ、将来俺が死んだ後がどうなるかが問題だな。一応今の身分は一代限りの名誉爵位だから、俺が二人より先に死んだ場合無職になる危険がある。魔族との戦いで俺が死なないとも限らないしね。それに現在人口増加で人手が足りてないから仕事はかなり忙しいと思う」
それぞれの選択肢にあるメリットとデメリットの説明を聞いた二人は難しい顔で考え込んでしまった。今の条件を簡単に言うと、収入面では俺の領地、ガルシア、グリトニルの順番で良く。生活する環境面ではガルシア、グリトニル、俺の領地の順番だ。やはり大きな街に住むといろいろと便利だからな。そして最後に人間関係では俺の領地、グリトニル、ガルシアの順で良いだろう。どれも一長一短だから悩んで当然だった。
「すぐに返事をする必要は無いぞ。二、三日考えてからでも…」
「いや、決めた。エスト、このままこの土地で働かせてくれ」
考える時間も必要かと思って席を立ちかけた俺に、アミルが力の籠った目で答えを出して来た。レレーナも一瞬驚いたようだがすぐに同意する。
「色々条件とか考えてみても、やっぱりお前達と一緒に居ると安心できるからな。それにこの村は良い人達が多い。子供を育てるには良い環境だと思うよ」
「…そうね、私達の事はともかく、子供には良い環境で育ってもらいたいものね」
二人とも、自分達の事よりこれから生まれてくる子供の事を第一に考えていた。俺にはすっぽりと抜けていた視点なので少し驚かされる。そうか、親になるってこう言うことなのかな…少し感動した。
「解った。なら改めて歓迎するよ。これからよろしくな二人とも」
「ああ、こちらこそよろしく!」
「エストに雇われる事になるなんて、最初にあった頃からは想像も出来なかったわね」
がっしりと三人で握手を交わす。俺としても腕が立ち気心の知れている二人が居てくれるなら心強い。魔族の侵攻が始まった時留守にしたこの土地を二人が守ってくれるなら、気兼ねなく魔族領に行けるだろう。強力な仲間を得て嬉しいが、新たに子供の教育施設を造る必要があるなと頭の中で考える。さっそくルシノアに相談する事にしよう。
0
書籍第1~4巻が発売中です。
お気に入りに追加
3,303
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。