ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第290話 発端

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アミルと共にガルシア王城を脱出した俺達は、次の瞬間自分の城の中にある大広間に現れていた。部屋には事前に準備をしておくように指示していたクレア達が完全武装で待機していて、その横にはアルフォンソが静かに座っているのが見えた。

「アミル!」
「レレーナ!」

アミルの姿を認めたレレーナが弾かれたように走り出し勢いよくアミルに飛びつく。アミルも笑顔を浮かべてそんな彼女を抱きとめていた。一日程度しか離れていなかったのに、王都に残したアミルがよほど心配だったようだ。そんな二人の横をすり抜けて、アルフォンソがうずくまったままのベルナルドの側に立つ。

「エスト、見事捕らえたようだな」
「はい。多少痛い目を見てもらいましたが」
「かまわん。そ奴には良い薬じゃ」

突然違う場所に連れて来られたと言うのに、ベルナルドは指の痛みで周囲を観察する余裕も無いようだ。このままではまともに話も出来ないので回復魔法で傷を癒してやると、ベルナルドはようやく目の前に見覚えのある人物が立っている事に気がついたらしい。

「ち、父上…!」
「この…馬鹿息子が!」

そう怒鳴ったアルフォンソは、とても年寄りとは思えない力でベルナルドの胸ぐらを掴み上げ、その頬を容赦なく殴りつける。突然の事で戸惑うベルナルドは防ぐ事も避ける事も出来ずに顔を殴られ、勢いよくその場にひっくり返った。

「アルフォンソ様、取りあえずその辺で。今は混乱したガルシア王城をまとめる方が先決かと」
「…そうじゃったな。ほれ、行くぞ馬鹿息子」 

国王が誘拐された事で今頃ガルシアの王城は大混乱に陥っている事だろう。それを収める事が出来るのはアルフォンソだけだ。なので危険はあるが直接ご老体に出張ってもらうしかない。アルフォンソに引き起こされたベルナルドは、鼻血を垂らしながら無言で俯いている。それはまるでこれから起こる事態に覚悟を決めた死刑囚の様だった。

俺達パーティーはアルフォンソを中心に円陣を組み、再び転移でガルシア王城へと戻る。戻った先は城の正門前だ。ここから見えるだけでも城内の混乱が簡単に見て取れた。至る所にかがり火や魔法の明かりが灯された王城では、誰のものか解らぬ怒号が飛び交い、騎士や兵士の身分を問わず誰もかれもが走り回っている。そんな中、目ざとく俺達一行を見つけた見張りの兵の一団がこちらに走り寄ってきた。

「陛下!貴様等!陛下に何をした!」
「陛下を離せ!」
「おい!賊がこっちに居るぞ!」

剣を抜いた兵士達があっと言う間に俺達を取り囲む。全員殺気立っているようで、今にも飛び掛からんばかりの勢いだ。反射的にクレア達が武器を構えて臨戦態勢に移るが、そんな俺達を無視したアルフォンソが一人前に出て、突然辺り一帯に響き渡るような大声を張り上げた。

「静まれ!皆静まれ!我が息子ベルナルドは無事じゃ!皆剣を下げよ!」

突然大声を上げた老人に兵士達は胡散臭げな目を向けたが、その内の何人かがアルフォンソの顔を覚えていたようで驚愕に顔がゆがむ。

「我が息子…?へ、陛下?先王陛下!馬鹿な…お亡くなりになったはずでは…」
「生きておられたのか!」
「まさか再びお目にかかれる日がこようとは…」

先王アルフォンソが生きていた。その衝撃的事実に驚愕しながらも、その場にいた騎士や兵士達はすぐさま武器を収めて地面に膝をつき深く頭を下げた。中には感激のあまり泣き出している兵士も居る。その様子からは、アルフォンソがどれだけ敬愛されていたのかがよく解った。

「皆ご苦労。ワシもベルナルドもこの通り無事じゃ。早々に城内の者共にも伝えてくるが良い」
『ははっ!』

我先にと駆け出した兵士達が城内へと消えて行く。一時はどうなる事かと思ったが、これで騒ぎも収まるだろう。

「さて、王の帰還じゃ。者共、ついてまいれ」

そう言うと、アルフォンソは返事も待たずに歩き出した。やれやれ。これじゃ護衛に来た意味が無かったな。肩をすくめつつ、俺達パーティーは国王の後に続いた。

------

翌日、ガルシア王国は衝撃に震えた。十年以上前突然亡くなり、国葬まで行ったはずの先王が生存していたのだ。そしてその時から今に至るまで幽閉されその実行犯が現在の国王だと知れ渡った時、多くの国民が混乱の極致に陥った。事情はともかく譲位も済んでいる現在の国王を支持する者。不当な手段で玉座を得たベルナルドを激しく糾弾する者。そしてどちらが王になるのか賭けを始める者など、その反応は様々だ。

だが王城の中の混乱はそれほどでも無い。当初帰還したアルフォンソを先王とは認めず、拘束されたベルナルドを実力で取り戻そうと実行した者達が居たものの、それらは護衛としてやって来た俺達パーティーがあっさりと壊滅させたのだ。実態はともかくとして、大陸中の国を巡っては悪を駆逐する(と思われている)勇者一行が先王に味方をしている。この事実はアルフォンソの正当性を更に強固にする理由になった。

かくして玉座にはアルフォンソが腰を掛け、ベルナルドはアルフォンソを閉じ込めていた塔に自らが幽閉される事となった。

「ご苦労だったなエスト。お主には本当に世話になった」
「勿体ないお言葉です。ところで陛下、捕らえたベルナルドは今後どうなるのですか?」
「本来なら死罪と言いたいところだが、奴がこの国を発展させてきたのは事実。その功績と相殺で命だけは助ける事にした。と言ってもワシも老い先短いからの。死ぬまでに孫を鍛え上げるつもりじゃ」

そのベルナルドだが、現在は人が変わったように覇気が無くなり老け込んでいるらしい。塔に幽閉される際も特に抵抗らしい抵抗もせず、唯々諾々と部屋へ入って行ったと言う。謁見時の強気な態度からは想像も出来ない変わりようだ。

だがそんな彼も、ただ一つアルフォンソに主張した事があったようだ。それが強引に王位を奪った理由である。彼は幼少の頃から優れた父に憧れを抱き、偉大な父に追いつこうと必死に努力してきた。だがアルフォンソはベルナルドを褒めるどころか叱責し、さらに高みを要求してくる。最初こそ純粋な気持ちで努力していたものの、やがてそれが父への反感に変わるまでさほど時間を必要としなかった。実力で父を排除し、彼は彼のやり方でガルシア王国を発展させる。そしてそれを無力な父に見せつけて自分の力を思い知らせてやりたい。全てはそんな子供の意地から始まった事だったのだ。

「ワシがもう少し息子と向き合っていれば、こんな事にはならなかったのかもな…」

自嘲気味に笑うアルフォンソに、俺はかける言葉を持ち合わせていなかった。

これでひとまずガルシアでの騒動は終わり、部外者である俺達に出来る事は無くなった。後日落ち着いてから再び謁見に訪れる事を約束し、俺達はひとまずグリトニルに戻る事にした。まずは事の顛末を王子に報告しなければならない。
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