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第289話 人質

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翌日の深夜、俺はアルフォンソとクレア達にいつでも動けるように準備するよう言い残し、ガルシア王城に舞い戻った。戻った瞬間近い場所に人の反応があったので慌てて身を隠し、巡回の兵士をやり過ごす。どうやら昨日アルフォンソを救出した事で城内の警備が強化されたらしい。

「…確認出来るだけで昨日の二、三倍は増えてるな。こりゃ厄介だ。いざと言う時は頼むぞドラン」
「グワッ」

昨日同様アサシンの格好でドランを引き連れ、身を隠しながら上へ上へと目指して歩くと、やがてマップスキル上に警備が特に多い部屋がある事に気がついた。ここが国王の寝所かも知れないと思い小走りに近寄って行き、こっそりと廊下の先を覗き込む。すると頑丈そうな扉の前に小隊規模の兵士達が部屋の入口を警備しているのが見えた。一旦下がって外から侵入するルートが無いか探してみたが、どうやらあの部屋には窓が無いらしく、外から侵入するのは不可能の様だった。

「しょうがない。強硬策と行くか」

俺は腰に差したケルケイオンを抜き放つと同時に廊下に飛び出し、杖の先から溢れる光を兵士の一団に浴びせたのだ。

「くせもっ…の!」
「体から力が…なんだこれは!」
「た、立っていられない…」

一瞬にして体内の魔力循環を狂わされた兵士達は次々と床に崩れ落ちた。素早く走り寄り電撃を浴びせ彼等を完全に気絶させた俺は、間髪入れずにドアを蹴破ると部屋の中に飛び込んだ。

すると部屋の中には謁見時に見た偽王ベルナルドその人が傲慢な笑みを浮かべて俺を待ち構えていた。既に侵入してくるのが読まれていたのか、護衛の騎士達が彼の周りを固めている。

「こんな夜更けにご苦労な事だなアサシンよ。いや、勇者殿とお呼びするべきかな?」

正体がバレている?今の俺は全身黒ずくめでステータスを妨害しているのに、なぜバレたのだ?するとベルナルドはこちらの動揺を見透かしたように、尊大な口調で話し始めた。

「なぜ正体が解ると疑問に思っているのか?簡単な事だ。お前は自分の力に無自覚すぎたんだ。例え優れたアサシンと言えど、単独で侵入し人一人抱えたまま密室から姿を消すなど出来ないのだよ。魔術の最高峰である転移を使い、尚且つ無傷で兵士達を昏倒させる事が出来る人間など、この大陸でも数が限られているだろう?そしてこの状況で俺の暗殺を企む者など更に絞られる。結論として、勇者殿。お前しか居ないんだ」

つらつらと言葉を並べて勝ち誇ったようなベルナルド。俺の正体を看破したのは大したものだと思うが、そんな物ここでこいつを捕らえてしまえば何の意味も無くなるのだ。奴の言葉に耳を貸さず腰から短剣を抜き放つと、護衛の兵士達がベルナルドの前に立ちはだかり肉の壁を作りだす。

「俺を殺すつもりか?やめておけ、後悔するぞ。お前の大事な友人の命がかかっているのだからな」

その言葉に動きかけていた俺の体がピタリと止まる。俺の友人って、アミルの事か?あいつ自分の事は大丈夫と言っていたのに、あっさり捕まったのかよ!なにやってんだか。

「ふふふ、そうそう。そうやって大人しくしてろ。そうすれば命だけは助けてやるとも。お前ほどの剛の者は殺さず奴隷にして死ぬまで使い潰した方が良いからな」

何を勘違いしたのか、ベルナルドは騎士達をかき分け無造作に俺に近づいて来た。こいつは…アホなのだろうか?今俺が動きを止めたのはアミルの迂闊さに呆れたからで、人質を取られて抵抗を諦めた訳では無いんだが。

「さあ、そんな覆面は俺が剥ぎ取って…がっ!?」
「陛下!」
「陛下!おのれ!」

完全に油断しきったベルナルドは俺の覆面を剥ぎ取ろうと無造作に腕を伸ばす。が、俺はその腕を一瞬で掴み取り、床に叩きつけて即座に関節を極める。慌てて助け出そうと近寄る騎士達に間髪入れすドランがブレスを浴びせて平衡感覚を狂わせると、数名を残して大半が戦闘不能に陥った。

「き、貴様!状況が解っていないのか!?お前の友人を人質に取っているのだぞ!俺が一声かければあの男の命は…!」
「アホかお前?やっぱり育ちが良い奴は人質の使い方がまるでなってないな」

何とか抜け出そうと暴れるベルナルドに体重をかけて押さえ込み、彼の腰から護身用の短剣を奪い取った俺は、じたばたと暴れるベルナルドの腕を地面に押さえつけその手に向かって容赦なく短剣を振り下ろした。

「あっ、ぎゃあああっ!?」

突然の激痛にさっきまでの余裕など消し飛んだベルナルドがみっともなく絶叫する。彼の手は貫通したナイフによって床と結び付けられていた。ベルナルドの悲鳴を聞きながら彼の背中に腰を下ろした俺は、頭からかぶっている鬱陶しい覆面を剥ぎ取った。もう正体がバレてしまっているので被っていてもしょうがない。

「な、なんで!?人質が大事じゃないのか!?」
「大事だよ。大事だからお前を捕まえたんじゃないか。人質を使って交渉したいなら、脅す側の最重要人物であるお前が出てくるべきじゃないんだよ。この場合、交渉は手下に任せてアミルから切り取った指の一本でも届ければ、俺は身動きが取れなかったんだ。それをみすみすふいにするとは、思ったより残念な頭だったようだな」

謁見の時に見せた尊大な態度はどこかに消し飛び、ベルナルドは涙や涎を垂れ流しながら俺を恐怖に彩られた目で見上げる。それでも国王としての矜持からか、歯噛みしながら俺に恨み言をぶつけてきた。

「こ、こんな事をしてタダで済むと思うなよ。今から命じてあの男の首をここに届けさせて…」
「間抜けが!それをさせないためにお前を捕まえているんだろうが!おい、そこの騎士!さっさと捕らえているアミルを連れて来い!さもないとこいつがどうなっても知らんぞ!」

怒鳴られた騎士はベルナルドを救出するために俺に飛びつくべきか、それとも国王の身の安全のためにアミルを連れてくるか判断に迷っているようだった。なので俺も駄目押しをする事にした。ベルナルドの手を貫通したままのナイフを一旦抜き取り、再び振り下ろして彼の小指を切断したのだ。

「ぎゃああぁぁあ!」
「さっさと連れて来い!一分遅れる毎に指を一本斬り落とす!早くせんと国王の指が全部無くなるぞ!」

俺の脅しに躊躇している暇はないと判断したのか、騎士達は弾かれたように部屋を飛び出して行った。やれやれ、我ながらあくどい事をやっていると思うが、先に人質をとったのはベルナルド側なんだから文句を言われる筋合いは無いはずだ。

「よくも…よくもこんな事が出来るな…!お前のどこが勇者だ!悪魔その物じゃないか…!」
「その意見には同意するよ…」

ガタガタと恐怖に震えながらも抗議してくるベルナルド。まだ追加で指を切断されると思っているのだろうが、あれはあくまでも脅しであってこれ以上やるつもりは無い。急に大人しくなったベルナルドを変に思ってふと見ると、股間のあたりが湿っていた。どうやら失禁していたようだ。だがそれも無理からぬ事なので笑ったりはしない。世の中逃げる途中に脱糞する天下人だって居るのだから。

待つ事しばし、さっき部屋を出て行った騎士達が息を切らせて戻って来た。その後ろには両手を後ろ手に縛られたアミルの姿もある。パッと見特に怪我もしていないようだ。どうやら捕らえられただけで拷問などはされていなかったらしい。

「人質は連れて来た!陛下を離してくれ!」
「そっちが解放するのが先だ。アミルを離せ。離さんと…」
「わかった!わかったからやめろ!…ほら、行け!」

こちらがナイフを振りかざしたのを見て、騎士は慌ててアミルを解放する。突き飛ばす様に押し出されたアミルは、よろめきながらも俺の側まで歩いて来る。縛られていた腕をさすりながら近づくその顔は、自分の不甲斐なさを嘆いているのか、それとも指の数が減って涙を流すベルナルドを見た事による驚きなのか、どちらか判断のつきにくい複雑な表情が浮かんでいた。

「助かったけどさ…お前容赦無いよな…」
「文句なら後で聞いてやる。俺の体に掴まれ」

アミルの救出には成功したし、ベルナルドを捕らえる事にも成功した。目的は達成したので長居は無用。俺はベルナルドを捕まえたまま転移を強行し、アミルと共に自分の城へ戻るのだった。
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