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第281話 喧噪
しおりを挟む翌日、ディアベルから話のあった仕官を希望する生徒を見に、俺は朝から冒険者学校に足を向けた。歩きながら村の様子を観察してみると、日ごとに人口が増えてきたのが実感出来る。何日か見ていないだけで見た事の無い顔が結構増えているのだ。のどかな田園風景だった村は、今ではちょっとした規模の町と言っても良いぐらいに発展して来ていた。領主と言う点から見て人が増えて経済が活性化するのは大変結構な事なのだが、その分悪い人間が流れ込んでくる危険性も増える。
「これは早めに治安維持組織を造り上げないと駄目だな」
王都から出向して来た兵達が巡回してくれているが、彼等だけでは手に余るだろう。新たに雇った女の子達を早急に組織化して、領内の治安を守らなければ。
冒険者学校が近づいて来ると、今日も朝練を行っているのか多くの生徒達が走り込みや素振りを行う気合の声が聞こえてきた。
「おはようございます、領主様」
「おはようございますノイジさん」
俺は彼等を監督していたノイジに近づき、ディアベルの言っていた仕官希望の生徒は誰かと質問すると、彼は訓練中の生徒達を何人か呼び始めた。集まったのは全部で三人。女二人に男一人の組み合わせで、しかも全員俺の知っている顔だった。
「お久しぶりです勇者様!」
「領主様、ディアベルさんから話は伝わってますか?」
「あれから私達も腕を上げたんですよ?」
最初に挨拶してきたのは以前引率として村のダンジョンに潜った時のメンバーの一人、双剣使いのリーサだ。なかなか動きが速く身のこなしも俊敏で、パーティーの目の役割を果たしていた。
次が同じくダンジョン行きの時の一人、槍使いのブラウン。歳は俺より三つか四つ上だったと思う。自分の身長程ある長槍を振り回し、実戦では体を張って仲間を守る戦い方が印象的だった。
そして最後がメイアと言う弓使いの女の子。確かブラウンの幼馴染で、彼の後を追うように冒険者学校に入学した元狩人だ。クレアから聞いた話では随分筋が良く、教えた技もすぐに吸収してしまうとか。なかなか優秀な人材のようだ。
ブラウンと彼女はこの村出身だから、不安定な冒険者生活より領主に雇われる安定した地位を欲しているのだろうと何となく解る。リーサにしたってチャンスを求めて移住して来た訳だから、他より待遇の良い俺の領地で仕官出来るなら冒険者と言う博打のような生活を目指す必要もないのだろう。
「君達三人が仕官希望なんだな?」
『はい!』
俺の問いかけに、彼等は気合の入った返事を返した。見たところ、まだ彼等は全員レベル10以下。駆け出し冒険者程度の実力しか持っていない。これでは最近家に入ったばかりの女の子達にも負けるだろう。だがここであっさりと断るのも勿体ないような気がしたのも事実だ。金で買った奴隷達とは違い、何より彼等は自らの意思で、俺の下で働きたいと希望して来たのだから。その気持ちを無下には出来ない。
「…正直言って、今の君達の実力ではすぐ雇う事は出来ない」
『!』
無情な宣告で彼等の間に絶望感が漂う。だが続けた俺の言葉にその表情は一変した。
「ただし、レベルを上げれば問題ない。12だ。レベル12に到達すれば君達を正式に雇うと約束するよ」
それぐらいまでレベルを上げれば、ようやく初心者を脱して冒険者として独り立ちする頃だろうと思う。無茶さえしなければ実戦でも生き残れるはずだ。幸いこの村には日々成長し続けるダンジョンがあるし、レベル上げの手段には事欠かないだろう。
「解りました。ではもう少し腕を上げておきます!」
「明日からさっそく潜ろうか?」
「メンバーを集めておかないと…」
明確な目標がある場合、人はいきなり伸びたりするものだ。後は放っておいても彼等自身で何とかするはずだ。急にやる気になり始めた彼等に別れを告げ城に戻ると、既に出発の準備を整えたクレア達が俺の帰りを待ち構えていた。
「ご主人様、行きましょうか」
「やったー!お出かけだー!」
「グワーッ!」
「ふむ。レヴィア、取りあえず私と屋台の食べ歩きでもしてみるか?」
「良いわねソレ!その後は新しい服も見に行きたいわ!」
おお、皆かなりテンションが上がってるな。待たせるのも悪いので早速ガルシア王国の王都に移動するとしよう。喜々として俺の体にしがみつくクレア達に苦笑しながら転移を使った一瞬後、俺達は街の喧騒の真っただ中に現れた。相変わらず賑やかな街だ。通りの真ん中に突然現れた俺達に驚く人々が何人か居たようだが、すぐに興味を無くした様に各々の目的に興味を移していく。世界は違えど、都会の人間がある程度他人に対して無関心なのは共通しているのかも知れない。
さて、じゃあ謁見の日まで拠点にする宿でも探しに行こうかと歩き出したその時、俄かに通りの向こうが騒がしくなった。
「どけっ!どけってんだ!ぶっ殺すぞ!」
殺気だった声で周囲を怒鳴りつつ、何者かがこちらに向かって駆けてくるのが遠目に見える。その後ろからは追手らしき騎士の姿も何人か見えた。辺りは騒然とし、通りに居た人々が慌てて道の端に身を寄せて行く。人々が道を開けた事で怒鳴っていた男の走る速度が更に増し、男の顔がハッキリと見える距離まで近づいて来た。その悪い事しか考えてませんと言わんばかりの面構えからして盗人か何かだろうな。手には刃物も持っているし堅気の人間じゃないのは明らかだ。
「どけ小僧共!道を開けろ!」
などと言われて素直に道を開けるような俺達じゃない。立ったまま魔法で地面に干渉すると、刃物を振り回してこちらに向かって来る男の足元が突然隆起し、それに足を取られた男が盛大に転んだのだ。走ってきた勢いを体全体で打ち消す事になった男は、顔や腕などを派手に擦り剥く事になった。
「いでででで!ちっくしょう!なんで急に地面が!」
悪態をつきながらも再び立ち上がり逃げ出そうとする男に素早く近寄った俺は、威力を落とした電撃魔法を男に流して行動不能にしておいた。すると時間をおかずに追手と思われる騎士達が到着し、男を取り押さえた俺達に感謝の言葉を口にする。
「協力感謝する!逃げ足が速くて困ってたんだ…って、エスト!?」
追いかけてきた騎士の一人が俺の名前を口にする。どこかで見た事ある顔だ。このアホっぽくて楽天的な顔は確か…思い出した!
「お前は!………誰だったっけ?」
「おい!ふざけんなよお前!」
「すまんな。男の顔はすぐに忘れる事にしているんだ」
「………」
「ご主人様、あまりイジメちゃ可哀想ですよ」
クレアに怒られてしまった。からかうのはこれぐらいにしておいてやるか。暴漢を追いかけてきた騎士、コイツこそかつて俺達とパーティーを組んでいた仲間の一人、アミルだ。会うのは久しぶりだが、憮然としたその表情を見る限り元気が有り余っているように見える。ちょうどいい。せっかく再会したんだし、お互いの近況報告といこうじゃないか。
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