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第277話 騒ぎの後で
しおりを挟む俺は今警備兵の詰め所に居る。あの後宿の店員の通報で駆け付けた警備兵の一団は、俺の正当な主張に一切耳を貸さず俺をこの場に連行したのだ。もちろん逃げようと思えば簡単に逃げられたし、力ずくで彼等を蹴散らすのも訳は無い事だが、それをやってしまっては完全にこっちが悪くなるのであえて抵抗しなかった。
現在俺の周りには完全武装の兵士達が十数人、怯えながら遠巻きに武器を構えている。その対応は凶悪犯と言うより危険生物に対するものだった。一応取り調べではあるので、俺の正面には一人の兵士が座っている。彼も怯えているのか、動いてもいないのにその額には玉の汗が浮いていた。
「それで、勇者殿はなぜあんな所で暴れたんです?」
「いやね…俺達パーティーの偽者が居たんですよ。最初は説得しようとしたんだけど、思いのほか抵抗されたんで仕方なく力が入っちゃって。それで勢い余ってちょっと物を壊してしまっただけなんで」
「…店員の証言と随分違うようだが。話によると、偽者を見つけ次第有無を言わせず殴り倒したそうじゃないですか。しかも捕まえるにしたって暴れる必要は無いはずだ。我々警備兵に通報してもらえば、捜査の後に身柄を拘束する事も出来たのに」
「そんな悠長な事言ってる間に逃げられたらどうするんです?その間騙されて被害を受ける人は放っておくんですか?」
こんな調子で、さっきから彼と俺の話は堂々巡りしているだけで、時間だけが無駄に過ぎていた。いつまでもこんな所に居たくないし、さっさと決着をつけたいんだが。
「とにかく、壊してしまった物については弁償しますよ。迷惑をかけた事についても直接謝罪したいし。もう帰っていいですか?」
「そうはいかない。少なくとも貴方がした事は犯罪なのだから、謝れば済むと言うものでもない。身元引受人が居ないのなら、今日一日は牢で過ごしてもらう事になる。謝罪や示談はその後の話だ」
えぇ…なんか物凄く面倒な話になってきた。身元引受人と言ったって、クレア達は現在領地に居るからこっちに知り合いなんか居ないぞ。これは今日一日臭い飯食わなきゃダメかと諦めかけていると、一人の兵士が慌てた様子で部屋の中に入ってきた。彼は俺をちらりと見て、取り調べしている兵士に耳打ちする。何なんだ一体?
「…勇者殿、身元引受人が現れました。宿への弁償及び謝罪もその方が済ませたようですので、貴方はこれで釈放です」
まったく心当たりが無いので混乱していた俺は、急き立てられるように詰め所を追い出された。すると、詰め所の入口に最近知り合った俺のよく知る人物が立っているのが見えた。クロウだ。どうやら宿に到着した彼が、姿の見えない俺の話を聞いて解決してくれたらしい。これは思わぬ借りが出来てしまったな。
「いや~クロウさん、わざわざすいません。到着早々迷惑かけちゃって。…クロウさん?」
苦手意識を持つ人物なだけに、なるべくフレンドリーな態度で頭を下げながら様子を窺うと、さっきまで無表情だった彼の表情は憤怒に変わっていた。思わずギョッとする俺の胸ぐらを彼は掴み上げ、激しく揺さぶりだす。
「ちょっ!ちょっと落ち着いて…」
「またか!何をやってるんだお前は!何しに来たか解ってるのか!交渉に来たのに街で狼藉を働いてどうするんだ!」
「いや…偽者が居たなら誰でも半殺すでしょ?」
「どこの常識だそれは!そもそも普通の人は半殺しって発想をまずしないんだよ!」
そうなのだろうか?悪党は見つけ次第ぶちのめして行けば手っ取り早いような気もするんだが。詰め所の目の前で騒いでいると言うのに、俺達が何者か解っている警備兵達は見て見ぬふりを決め込んでいる。触らぬ神に祟りなしって事か。ヒートアップするクロウをなだめていると、一人の身なりの良い人物が俺達二人に近寄ってきた。
「失礼、お二方はグリトニル聖王国の御使者ではありませんか?」
その言葉に騒いでいたクロウはピタリと動きを止め、何事も無かったかのように身繕いをすると声をかけてきた人物に向き直った。
「いかにも。我々はグリトニル聖王国から派遣されてきた使節団の一員です。何か御用でしょうか?」
国の代表を務める人物だけあって、やはりこの男ただ者では無い。その変わり身の早さに戦慄する俺をよそに、二人の会話は続く。
「クロノワール皇女様がお待ちです。お連れの方々にはお声をかけさせていただいていますので、お二人もご案内させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。ではエスト殿、参りましょうか」
「あ…はい」
凄い。俺が宿で起こした騒ぎには一切触れずに話が進んでいる。平然とした様子で進んで行く二人に置いて行かれないように、小走りになりながら後に続いて行く。正門をくぐり久しぶりに訪れるアルゴスの王城を観察してみれば、グリトニルの城に比べて若干開放的な造りになっているのが解った。やはり国によって色々と特色があるらしい。シーティオの王城などは黒塗りだったからな。
「ここでしばらくお待ちください」
案内された控室には、クロウに同行して来た使節団の面々が顔をそろえていた。俺達の他にも何人かの貴族や商人に見える人間が座っている。どうやらクロノワール皇女に謁見を求める人物はここで待たされるらしい。
「お待たせいたしました。ではグリトニルの方々、ご案内いたします」
いよいよだ。少し緊張気味のクロウ達を横目で見ながら、俺は久しぶりにクロノワールに会うのが内心楽しみだった。お家騒動以来、彼女はどれだけ成長したのだろうか。目の前の大きな扉がゆっくりと開いていくのを見ながら、心の中でそう思った。
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