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第275話 双剣のシャリー
しおりを挟むそろそろ先に出発していたクロウがアルゴス帝国の王都に到着する頃なので、俺は引っ越し作業をクレア達にまかせて一人転移で移動する事にした。この街は以前訪れた事があるはずなのだが、正直あまり印象に残っていない。あの時はクロノワールの護衛を務めたりダンジョンに潜ったりとほとんど滞在していなかったから、買い物の一つもしていなかったのだ。
サンドイッチによく似た食べ物を売っている露店で立ち食いしながら、店の親父にこの街で最高級の宿の場所を聞くと、親父は少し頭を捻って記憶を掘り起こし宿の場所を教えてくれた。このまま大通りを城に向かって進んで行けば一軒だけ四階建ての宿屋が目に入るらしい。今のところその宿がこの街で一番料金が高いんだとか。俺は親父に礼を言い、そのまま通りを進んで行った。
通りを埋め尽くすような人混みをかき分けて進んで行くと、確かに親父の言ったとおりの建物が目に入ってくる。建物の入り口にはベッドの絵が描かれた看板がぶら下がっており、その入り口には歩哨らしい二人組の男が立っていた。そんな彼等を気にも留めずに俺が中に入ろうとすると、その二人組が手で遮ってきた。何なんだこいつ等?
「お客様、当宿はただ今貸し切りとなっております。申し訳ありませんがお泊めする事は出来ません」
貸し切りって…これは予想外だった。団体客でも居たのだろうか?クロウには一番高い宿に泊まると言っておいたから、ここで断られると連絡が取り辛くなって困るんだが…何とかならないのだろうか。
「一つぐらい空いてないの?貸し切ってる人に交渉できないかな?」
「出来ません。部屋自体は空いていますが、貸し切っているお客様が承諾なさらないでしょう」
「そっか…。じゃあ仕方ないな…ちなみに、誰が泊まっているの?どっかの王族か貴族?」
俺が質問すると、なぜか歩哨の二人組は笑みを浮かべて胸を張り、誇らしげに宣言した。
「ただいま当宿には、大陸中に名を轟かせる勇者エスト様御一行がお泊りになっています!」
………おかしいな。言葉は聞こえたはずなのによく理解出来なかった。誰が泊まってるって?俺は意識の無い間にこの街を訪れて、宿を貸しきったりしたのだろうか?それとも俺と同じ名前の勇者と呼ばれる人間が他にも居たのか?
「…えーと、その勇者って人、何処の国のどんな人なのか聞かせてもらっていい?」
「勇者エスト様をご存じないのですか?勇者様の活躍は、この国のクロノワール皇女様を手助けした事から始まり、グリトニルの偽教皇討伐やリオグランド闘技会での活躍、それにファータとシーティオを圧政から解放した事で、今や知らぬ者は居ない程の有名人ですよ。出身はどこかは解りませんが、グリトニルの一地方に領地を持っているとかなんとか」
頭が痛くなってきた。完全に俺の事じゃないか。明らかに偽者が俺の名を騙っているぞ。しかし妙だな…ステータスを確認すれば偽名を名乗ってもバレると思うんだが。
「それはその…ステータスでもエストって名前だったの?」
「当然確認はしますとも。確かにエストと言う名の人物です。レベルも50と出ていましたし、お連れの方々も近い実力者ばかりです。あれだけの実力者揃いなら間違いなく本物です!」
いや、偽者なんだが。アミル当たりの名を騙っているなら面白いから放っておくが、俺達パーティーの名を騙って利益を得ているなら見過ごす事は出来ん。懲らしめてやらないとな。
「あのさ、エストってのは俺の事だから。今宿に泊まってるのは偽者だぞ?」
「何を馬鹿な事を。言いがかりをつけようと言うなら、警備兵を呼んで…」
「いいから俺のステータスを確認してみろ」
頭から否定しようとする歩哨二人を睨み付けて黙らせる。こちらの迫力に押されて不承不承ステータスの確認を始めた彼等の顔が、疑いから驚愕の表情に変わるまで五秒とかからなかった。
「え!…いや、でも…あれ?」
「レ、レベル…きゅうじゅうさん…!?」
「解った?じゃあ偽者の所に案内してくれ。ぶちのめすから」
二人を押しのけて宿の中に入ってみると、そこには頭が痛くなりそうな調度品が所狭しと並べられているホールが広がっていた。一階から四階までは吹き抜けになっていて、この世界では見た事が無い造りだ。入口近くにはカウンターがあり、何人かの店員が突然入ってきた俺の姿を唖然と見ている。俺はそんな彼等を無視して取りあえず上を目指そうと階段に向かって歩いて行く。すると歩哨の二人が慌てて追いかけて来て、俺の前に立ちはだかった。
「ちょっ、ちょっと待ってください!今確認しますので、どうかお待ちを!」
「待たない。案内しないならせめて邪魔しないでもらえる?巻き添え食らいたくないでしょ?」
俺達が押し問答をしていると、不審者が入り込んだと勘違いした店員達がわらわらと集まってきた。鬱陶しくはあるが彼等が悪い訳では無いので、力ずくで排除するのも躊躇われる。どうしたものかと思案していると、騒ぎを聞きつけたらしい何者かが割って入ってきた。
「何事だ騒々しい!勇者様がお休み中だと言うのに、静かにする事も出来んのか?ん、なんだそいつは?」
見れば、30~40歳ぐらいの犬の獣人がこちらに近寄ってきた。女だ。そして何と言うか…不細工だ。一瞬男かと見間違えるぐらいに不細工だ。その獣人の女は革の鎧に身を包み、腰に二つの短剣を差している。レベルは48とまあまあ高かった。こいつが偽勇者の一味に違いない。
「お前はなんだ?ははーん、さてはエスト様に一目会いたいと押し掛けてきた輩だな?最近は多いんだそう言うのが。だが駄目だ。あの方は度重なる戦いの疲れを癒しておられる最中でな。今日の所は引き返すがいい」
いきなり高圧的な物言いをされたので、カチンときた。しかもそれを言ったのが不細工なので尚の事神経を逆なでされる。…取りあえず人違いだったら殴った時に問題になるので、先にこいつの名前ぐらい聞いておこう。
「あの、あなたはどちら様で?」
「私か?ふふふ、聞いて驚け!私はエスト様の側近中の側近。双剣使いのシャリーだ!」
よし殺そう。俺は躊躇なくそう決断した。
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