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第273話 築城
しおりを挟む初めて転移を経験した人は大体同じ反応をするのか、新しく領地の一員となった奴隷達は驚きのあまり声も出ないようだった。
「これは…転移?昔師匠の師匠が使っているのを見た事がある」
「実際に使える人初めて見たよ」
特に驚いていたのが魔法使いの二人で、彼女達は尊敬の眼差しで俺の事を見ていた。だが悪いな。これはアイテムの力を借りてるだけで俺本来の能力じゃないんだよ。
魔法使いの二人の内一人は俺と同じぐらいの歳の少女で、もう一人が俺より少し上ぐらいの女の子だ。名前はドロシーとノア。ドロシーは現在17歳で、美しい銀髪をショートヘアーにしている。少し目つきが鋭く不愛想な感じを受けた。体つきは華奢で、どっちが前か後か解らなくなるほど胸が無い。ちょっと可哀想な体形の子だ。
もう一人のノアは現在19歳。ウェーブがかった明るい金髪を腰まで伸ばし、整った顔立ちをしていた。奴隷生活をしていた割には元気そうで、新しく訪れた土地が気になるのかしきりに周囲を観察している。こちらはドロシーと違って大変スタイルが良く、俺と同じぐらい身長があった。
「こいつは驚いた。話には聞いた事あるけど、本当に便利な魔法なんだね」
今発言したのは元ゴールドランクの冒険者だった例の大女だ。彼女は他の奴隷と違って物怖じする事なく堂々としている。改めてその姿を観察すると、クレアよりも赤い髪を肩まで伸ばし、ディアベルとは言わないまでも褐色の肌をしている。おそらく南方の出身なのだろう。美人ではないが愛嬌のある顔をしていて、不思議と頼りたくなるような人柄に思えた。
その時、ルシノアがパンパンと手を叩いて騒がしくなってきた奴隷達を静かにさせる。
「はいみなさん、注目してください。これからこの領地の主であるエスト様からお話があります」
突然だな。そんな予定はなかったんだが…まあ挨拶ぐらいしておいた方がいいし、彼女達にこれからどう言った仕事をさせるのか説明しておいた方が良いかも知れない。
「えーと、俺がこの領地を治めるエストだ。よろしく頼む。君達にはこれからこの領地で仕事をしてもらう事になる。そっちの四人は家の家事全般。残りの者は領内の治安維持と防衛を行ってもらう。君達は奴隷としてこの地に来たが、給料はちゃんと払うし休暇も取らせる。衣食住についてはタダだ。一定期間勤め上げれば奴隷から解放し、希望者はそのままここで働き続ける事も出来る。以上だ。何か質問はあるか?」
俺の出した条件に、奴隷達が一気に騒がしくなった。当然だろう。本来奴隷とは使い潰すものであり、決して給金や休みなど与えない存在なのだ。これからどんな過酷な未来が待っているのか不安になっている所に正反対の好条件を提示されれば、興奮するのも無理はないだろう。ブラック企業に無理矢理就職させられたと思ったら、実はホワイト企業だったようなものだ。
「あ、あの!奴隷から解放してくれると言うのは本当でしょうか!?」
メイド候補の奴隷の少女が声を上げる。それに答えようとした俺を遮り、先にルシノアが口を開いた。
「本当です。エスト様の領地では、一般的な基準より少し多めに給金が支払われます。その上衣食住にお金がかからないのですから、実質他の地域の倍近くはあると思って良いでしょう。なので借金奴隷として契約している者は、かなり早く解放される事になります」
ルシノアの答えに奴隷達がワッと湧く。みんな自分達の信じられない幸運に興奮して抱き合っているし、中には涙を流して喜んでいる者まで居た。喜んでいる所悪いんだが、注意事項も教えておかないとな。横に立つルシノアに目線で合図をすると、心得たとばかりに彼女が声を張り上げる。
「静かに!エスト様の話はまだ終わっていません。ではエスト様、続きをどうぞ」
「うん。俺から細かい事はあまりごちゃごちゃ言わないが、一つだけ守ってもらう約束事がある。仲間を裏切るな!俺がこの世で最も嫌いなのは裏切り行為だ。裏切って仲間を傷つけた者に俺は容赦しないし、男女関係なく地の底まで追いかけて必ず報いを受けさせる。それだけ肝に銘じてくれ」
シーンとその場が静まり返った。さっきまで盛り上がっていた奴隷達は口を開かず、冷や汗を垂らしている。…少し脅しすぎたか?
「脅すような事を言ってすまない。しかし普通にしていれば何も問題ないんだ。俺達は奴隷という形で知り合ったんだが、俺は皆の事を仲間だと思っている。君達が困っていれば手を貸すし、助けを求めていれば駆けつけよう。だから、自分と仲間を大事に思ってくれ。俺から言いたいのはそれだけだ」
今ので真意は伝わっただろうか?ざわざわと騒めく奴隷達は皆困惑しているようだ。奴隷に普通以上の待遇を与えたり、仲間だと言い切る自分達の主に違和感を感じているのかも知れない。
「以上です。では割り振りを考えねばなりませんね…エスト様は屋敷に戻られますか?」
「俺は…そうだな。人も増えたし皆の住める家を建てようかな?…いや、この際城を建てよう。魔族達の侵攻まで時間も無いし、業者任せにしてる余裕も無くなった。ルシノア、まだ新しい屋敷は依頼してないんだろ?」
「はい。その件はまだ取り掛かっておりません。資金も手付かずです」
「なら良かった」
俺は一人、新たに屋敷を建てる予定だった村の小高い丘に歩いて行く。今からするのはファータ王城を水攻めした時の応用だ。土魔法を使って城を建てる。各国にある王城ほど大きくする必要は無いが、先の事を考えると砦ぐらいの規模は必要だろう。それに新たにレベルアップした土魔法の威力も確認しておきたい。
丘の頂上まで辿り着き地面に四つん這いになると、意識を集中し始める。イメージするのは小さな熊本城だが細部はまるで違う。まず丘全体を隆起させて敵の足を鈍くする為の坂を造る。そして10メートル以上はある城壁を迷路状に配置し、迷った敵を四方八方から攻撃出来るようにしておく。もちろん造るのはただの城壁ではない。要塞線で使う予定のミニサイズなので、城壁の中は自由に移動出来る様になっている。
そうやって周囲を作り終えた後、いよいよ本丸だ。三層からなる本丸は、日本の城によく似ているが形が違った。空からの攻撃や兵の降下に対処する必要があるので屋根が丸く、掴まる所が皆無なのだ。外から見るとまるで屋根が溶けたかのように見える不細工な外見だが、攻撃に対しては十分な効果を発揮するだろう。城内には多くの村人が立て籠もれるように、大広間や井戸、食糧庫なども同時に造っておく。それと同時に俺達パーティーやルシノア達の部屋も用意する。防御拠点ではあるものの、ここはあくまでも俺達の家なのだから。
城や城壁の強度も出来るだけ上げておく。以前の土魔法では鉄と同じぐらいの固さが限界だったが、今は鋼よりも強度を持っていた。生半可な攻撃ではビクともしないだろう。そして隆起した丘と外界を遮断するように深い堀を作り、架け橋を作れば完成だ。架け橋だけはこの世界の城によく似たヨーロッパの物を参考にさせてもらった。日本のは固定式が多いからな。
「よし…これでどうだ!」
固めたイメージを魔力に乗せ。一気に放出する。それだけの巨大な建築物を一気に造り上げるためには膨大な魔力が必要で、全身の力と言う力が抜けていく。冷や汗を流し荒い息を吐きながら、歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。俺が耐えている間、土から出来た城はイメージ通りの姿を形作っていった。
「な、ななな!」
「嘘でしょ…こんな魔法見た事無い…」
「あれ、領主様がやってるの!?」
突然目の前に見慣れない巨大な城が現れた事で、奴隷達は半ばパニック状態に陥っていた。俺の力を知っているルシノアでさえ、あまりに規格外な出来事に口を大きく開けて固まっている。
「はあっ…はあっ………あー、死ぬかと思った…」
あまりの疲労にその場に大の字になって倒れ込んでしまった。ファータで同じ事をした時より随分レベルアップしていたのに、規模が大きすぎたせいか消費する魔力がけた違いに多かった。だがその甲斐あってか、目の前には満足いく出来の城が姿を現した。この規模なら村人全員を収容しても、まだまだ余裕があるだろう。将来的に奴隷をもっと増やすとしても、この城なら何の問題も無く受け入れられるはずだ。
「え、エスト様…大丈夫ですか?」
倒れたまま動かない俺を心配したルシノアが、わざわざ丘の上まで見に来てくれた。
「…大丈夫。ちょっと疲れただけだから。それよりルシノア、とりあえず引っ越しは明日からにするとして、これが俺達の新しい家だ。他の子達にも言っといてくれ」
「かしこまりました。エスト様、お屋敷に戻らないのですか?」
「俺はもう少しここで寝てるよ。疲れたから」
事実、今は指先を動かすのもだるい状態だ。ここで敵の襲撃など受けたらひとたまりも無くやられてしまうだろう。だが、今だけは全部忘れて休むとしよう。これだけ頑張ったのだ、たまには外で昼寝しても問題あるまい。俺はそう決め、あっさり意識を手放すのだった。
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