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第271話 鎧の力

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「今回は転移を使わず、ゆっくり行く事になりましたよ」

使節団の馬車に乗り込もうとした時、同行する予定のクロウがそんな事を告げてきた。前回の事で懲りたのだろうか、今度は確実に先ぶれが到着してから謁見に望むようだ。ここからアルゴス帝国の王都までは二週間もかからない。だがそれだけの時間何もせずに馬車に揺られ続けるだけなどハッキリ言って退屈で仕方ない。瞬時にそう決断した俺は、彼等と別行動を取る事にした。

「なら今から一週間後、アルゴス帝国の王都で落ち合いましょう。俺は一番値段の高い宿に部屋を取っておきますんで、すぐに合流出来るはずです」
「解りました。ならそれまでは別行動と言う事で。一応護衛も何人かついてくれていますし、エスト殿の手を煩わせる事は無いでしょう」

別行動を申し出た途端、クロウの機嫌が良くなったような気がする。彼は俺に苦手意識を持っているようだし、俺もそんな人と一緒に居るのは極力避けたい。これはお互いの精神的安定のために必要な措置だった。

出発していく馬車を見送り俺は一人息を吐く。突然一週間も暇になってしまった。特に用事も無いのでどうしたものかと考えて、バリエの鎧の性能テストをしていない事を思い出した。となればどこかのダンジョンに籠る必要があるのでクレア達を誘おうと思ったのだが、彼女達はここ最近自分達の仕事や趣味に忙しいようだし、突然声をかけて予定を変更させるのも悪い気がした。なので俺だけちょっと行って、さっさと帰ってくる事にしよう。

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ガルシア王国にあるダンジョンの地下14階。ここは以前サイクロプスとの死闘を繰り広げた事のある階層だ。相変わらず殺風景な場所で、草の一本も生えていない荒野が広がっている。前回のようにサイクロプスに追い立てられた魔物達が殺し合いをしている様子も無く、敵の反応はまばらだった。これなら鎧の性能テストにちょうどいいだろう。俺はまず手近にいる数匹の魔物を目指して歩き出した。

マップスキルに反応した敵の数は3。反応からしてそれほど大型の魔物では無いようだ。点滅する赤い光点に段々近づいて行くと、次第に魔物達の姿がはっきりと見えてきた。外見はゴブリンそのものだが肌の色がどす黒く、身に着けている装備も一般的なゴブリンと違い薄汚れた鎧や盾、そして少し刃が欠けた剣だ。ステータスを確認してみれば、やはり普通のゴブリンではなかった。

ハイ・ゴブリン レベル:50

名前から察するに、ゴブリンの上位種ってところだろう。3匹とも似たような格好をしているので腕試しにはちょうど言い相手かも知れない。剣を抜き放って近寄っていく俺に気がついたのか、ゴブリン達が警戒の声を上げて武器を構え始めた。このまま正面から斬り合っても負けない自信はあるものの、今回の目的はあくまでも鎧の性能を確かめる事だ。その為にはある程度の攻撃を受けてみないと話にならない。

「グキャー!」

3匹居たゴブリン達の内の2匹が奇声を上げながら武器を振りかざし突進してくる。2匹の持っている武器は何の変哲も無い剣だ。向かって左にいるゴブリンの攻撃を盾で受け止め、右に居るゴブリンの一撃を剣で滑らせワザと胴体で受け止める。剣が直撃した事でギャリリと不快な音が鳴るが、装備している俺に怪我はおろか何の衝撃も伝わってこなかった。ふむ、では次だ。

「グゲーッ!」

ゴブリン達が再び攻撃してくる。今度は籠手と胴体で受け止めてみたが結果はさっきと全く同じ。籠手や鎧には傷一つ付いていないし俺にもダメージは無い。仮にもレベル50に達する魔物の攻撃が弱いはずが無いので、これは鎧の防御力が飛び抜けて高いと言う事の証明だろう。取りあえず物理攻撃に関する検証はこれで十分かと思い、目の前のゴブリン達の首を刎ね飛ばす。残りの一匹も片付けるかと思ったその時、最後のゴブリンが居る方向から火炎球が飛んできた。

「うわっ!」

身に着けている装備からてっきり全部のゴブリンが物理攻撃しか使えないものだとばかり思っていた俺は、飛んできた火炎球をまともに喰らう事になった。と言っても顔面は盾で守っていたので深刻なダメージは無い。だが鎧の方は撒き散らされた炎に炙られてしまった。しかし熱さを感じない。それは関節の継ぎ目にある魔石で出来た鎖帷子も同様で、火炎球の熱を完全に遮断していた。

「凄いなこれ…」

前に着けていたドラゴンの鱗の鎧も熱や冷気に強かったが、これほどでは無かった。これだけでも新調した価値があったと言う物だ。検証も済んだのでさっさと残りの一匹を斬り殺そうとしたその時、ふとある事を思いつく。グラン・ソラスは魔力を流すと切れ味が増し、アイギスの盾は光の障壁を展開できる。ならこの鎧にも何か特別な効果があるのではないだろうか?試してみる価値はあるので、さっそく実験してみる事にする。剣や盾と違い手に持っている装備を意識するのではなく、体全体に魔力を通わせるようなイメージを練り上げていく。すると思った通り鎧に変化が訪れた。

「おおっ!」

白っぽい色だったバリエの鎧は、鮮やかな赤一色にその姿を変化させている。鎧の形状とこの色、これではまるで赤備えだ。武田や真田、井伊と言った猛将達と肩を並べた様な気がして、ちょっとテンションが上がってしまう。しかし、魔力を流した影響がただ色が変化するだけとは思えない。具体的な効果は後で検証する事にして、先に目の前のゴブリンを始末しよう。俺はいつものようにゴブリンに対して駆け出したものの、予想以上の速さが出て目標の横を通り過ぎてしまった。

「なんだこりゃ!?」

速い。普段通り動いたつもりなのに移動した距離は普段の倍以上はあった。もしかしてと思いその場で跳躍してみると、普段より大分高く跳び上がってしまった。間違いない。これは…

「身体能力を底上げする性能があるのか?」

俄かには信じられない性能だ。移動した距離や跳躍した高さを考えると、普段の状態の倍は向上している様に思える。これ、もう物理攻撃で戦う分には負ける事は無いんじゃないのか?凄い装備を手に入れた事で調子に乗った俺は、ゴブリンに対して勢いよく踏み出す。地を抉り爆発したような衝撃を放ち残像すら残りそうな勢いでゴブリンに肉薄すると、すれ違いざまに胴を一刀両断しながら駆け抜ける。ゴブリンはこちらの速度に碌な反応も出来ずに即死したのだった。

「凄いなこれは…こんなの着けてたら無敵じゃ…うっ!?」

突然体の力が抜けていくような感覚がして、膝から地面に崩れ落ちる。剣と盾を放り出して四つん這いになりながら荒い息を吐き、気絶しそうになるのを歯を食いしばって耐える。魔力のコントロールが出来なくなった事で鎧が通常の状態に戻ると、急に体が楽になってきた。

「なんだったんだ今のは…」

念のためにステータスを確認してみたら、そこには信じられない表示がされていたのだ。

HP 4660/4660
MP 124/4190

レベルやスキルに変化はないが、魔力があり得ない程減少していた。ほとんど空になるまで使っている状態じゃないか。魔法も使ってないのに一体何故…と一瞬考えたが、原因は一つしか思いつかない。このバリエの鎧だ。恐らくこの鎧は大量の魔力と引き換えに、装備している人間の身体能力を倍近く底上げする能力があるのだろう。

「しかし5分と戦っていないのに、四千ぐらい消費するのか…使いどころが難しいな」

素晴らしい性能を誇る鎧だが、その真の力を解放出来るのはほんの一瞬だけだ。間違っても雑魚相手にこの能力を使ってはいけない。消耗したところを四天王クラスの相手に狙われれば命が無いだろうからな。

「これは確かに俺専用だ。他の人間なら一瞬で昏倒しちまう」

腕の立つ魔法使いなら使用には耐えられるかも知れない。だがそれ程の魔法使いなら、そもそも接近戦を挑むより遠距離から魔法攻撃してくるだろうから、この鎧は無用の長物と化してしまう。かと言って普通の戦士がこれを身に着けても真の能力は発揮できない。結果、これを使えるのは俺だけと言う事になる。

「予想外に疲れたけど、事前に知れて良かったな。ぶっつけ本番で使ってたらどうなってたか…」

とにかくこれで検証は終わった。今日のところは領地に帰って、さっさと休む事にしよう。
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