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連載
第270話 新しい鎧
しおりを挟む翌日、昼過ぎまで寝ていた俺は腹が減った事でようやく起き出し、リーリエが用意してくれた昼食を摂る。クレア達は冒険者学校や買い物に行ったり、庭で野菜の世話などをして留守にしている。彼女達も随分領地での暮らしに慣れてきたようで、最近は積極的に出歩くようになっていた。
「ごちそうさま。出かけてくるよ」
「はい、お粗末様です。今夜のお帰りは遅くなりそうですか?」
「場合によっては帰って来れない事もあるから、俺の事は気にせずに食べちゃっていいよ。買い食いするかも知れないから作り置きもいらないし」
「承知しました。いってらっしゃいませ、旦那様」
ペコリと頭を下げるリーリエに手を振り、俺はバックスの王城まで転移する。彼女はすっかりこの家のメイドとして風格が出て来たな。家の家事一切を一人でこなせる程優秀だし、リーリエと知り合えて本当に良かったと思う。
いきなり鍛冶場に出て来るのもどうかと思ったので正門前に転移し、門番をしていた兵士にスフィリ王女への取り次ぎを頼む。しばらく待っていると、中から一人のメイドが小走りにこちらに向かって駆けてくるのが見えた。誰かと思えば昨日王子と王女がお茶している時側に控えていたメイドの子だ。
「お待たせして申し訳ありません。王女が中でお待ちですので、案内させていただきます」
そう言って彼女はこちらに背を向け歩き出した。リムリック王子ではないが、見た目小さな女の子が無理して大人の真似をしているようで見てて微笑ましい気分になる。もっともそれは外見だけの話で、実際の年齢は俺よりずっと上なのだろう。今日案内された先は鍛冶場ではなく、城内の奥にある一室だった。どうやらスフィリの私室らしい。
「姫様、エスト様をお連れしました」
「入ってもらって」
部屋の中には昨日までの薄汚れた作業着姿と違い、綺麗ではあるが動きやすい格好に着替えたスフィリが鎧の細部をチェックしている所だった。
「エスト殿、いらっしゃい」
「こんにちはスフィリ様」
「ではさっそくですけど鎧の調整をしましょうか。実際体に合わせてみないと不都合が出るかも知れませんしね」
いよいよだ。俺は今着ているドラゴンの鱗で作られた鎧を脱ぎ捨て、スフィリの手によって作られた新たな鎧を装備する。
「これは…!」
装備してみて初めて解った事なのだが、この新しい鎧はその分厚い外見とは裏腹に驚くほど軽い。まるで布の服でも身に着けているかのような軽さだ。そして肩の部分を覆っている袖、大袖とも呼ばれるその部分は不思議な事に他の部分と擦れても音がしない。まったくの無音と言う訳では無いのだが、注意して聞かなければまるで気がつかない程音がしないのだ。そして籠手や脛当ても同様に軽く、体の動きを阻害する事が一切なかった。
「凄いな…軽いし動きやすいし、その上何年も使っていたみたいに体に馴染んでる」
「ふむふむ…よし!自分で言うのもなんだけど、完璧に合ってますね。これで調整は終了です。後は名前をつけるだけですね」
「名前…?」
「そうですよ。エスト殿が持っている剣の様に、それはこの世に二つとない鎧。なら名前をつけるのが当然じゃないですか」
そんなものなんだろうか?俺にはよく解らない感覚だが、鍛冶の専門家であるスフィリが言うならそれが常識なのだろう。それにしても名前か…
「やっぱりエスト殿の名前を取って、エストの鎧にしますか?それなら後世にも貴方の名が伝わるでしょうし、鎧の価値も高まると言う物です。それとも別の名前にします?グリトニル神の名前をいただいてグリトニルの鎧とか?他にも色々ありますね。そうそう、こんな名前もあるんですけど…」
盛り上がっているスフィリには悪いが、鎧の名前ならもう決まっている。と言うか、これ以外思いつかなかった。後世に自分の名前を残すよりも、彼の名を残してもらった方が俺としては嬉しい。
「スフィリ様、この鎧の名前は『バリエの鎧』にしようと思います」
「バリエって………なるほど、解りました。確かにそれが一番かも知れませんね」
俺の告げたその名前に、スフィリが苦笑する。狂竜バリエ。この鎧を作る為に俺が殺したドラゴンの名前だ。身勝手な感傷だと解っているが、この鎧の為にバリエと言う名のドラゴンが命を散らしたんだと、誰かに知ってもらいたかった。
これでひとまずバックスでの用件は片付いた。次に来るのは実際に要塞線の構築が始まる時かも知れない。スフィリに礼を言ってバックスを後にした俺は、次の仕事の為にリムリック王子の下に向かった。
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諜報機関本部に顔を出してみたら、久しぶりに顔を見たブライが王子は私室に居ると教えてくれた。なのでそのまま城内にある王子の私室に向かう。するとちょうど入口で見覚えのある顔とばったり出会った。誰あろう、昨日死人の様にやつれていたクロウ達使節団の面々だった。
「エスト殿…ここに居ると言う事はまさか…」
「まだ王子とは話してませんけど、クロウさんが呼ばれたと言う事は今回も同行するみたいですね。よろしくお願いします」
「………」
にこやかに挨拶した俺とは対照的に、クロウの顔色が昨日同様悪くなった気がした。これは単に俺が嫌われているだけなのか、それとも昨日の一件がトラウマになっているのか、それともその両方か。いずれにせよ仕事なら嫌でも同行するしかない。覚悟を決めてもらおう。
扉をノックして中に入ると、中では王子が相変わらず書類仕事に忙殺されていた。次々と文官達の持ってくる書類の山を右から左へと捌いていくその様は、まるでわんこ蕎麦でも食べているかのようだ。…久しぶりに食べたいな、蕎麦。
「エスト、それにクロウ。揃ったな。さっそくだが次の仕事だ。君達にはこれからアルゴス帝国に向かってもらう。そして次期皇帝であるクロノワール皇女にこれを渡してくれ」
そう言うと、王子は用意してあった書状をクロウに渡した。それにしてもアルゴス帝国か。あの国を後にしてからそんなに月日は経っていないはずなのに、色々あり過ぎてもう何年も経っているかのような感覚になってしまう。
「現皇帝が半ば引退した状態なので、皇女クロノワールは現在政務を一手に引き受けておられる。今後の事は彼女と直接交渉するのが早いだろう。頼んだぞ二人とも。それとエスト、今回ばかりは本当に暴れないでくれよ。バックスと同じノリで行けば確実に失敗するからな!」
「任せてください。俺だって空気は読めます」
自信満々で言い切った俺を、全然信じてない顔で王子とクロウが凝視していた。失礼な話だ。彼等の信頼を回復するためにも、今回は大人の対応でいってやろうじゃないか。俺は密かに決意を固めるのだった。
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