ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第269話 現実逃避

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「…と言う訳で、現在王子は理想の相手と巡り合えて浮かれている最中です。今ならお咎めなしで済むかもしれませんよ?」
「いつの間にそんな事に…と言うか、また勝手に動いてるし…」
「ですがクロウ様、エスト殿の言う通りなら、顔を合わせるのは今のうちですぞ」

彼等は深刻に考えているようだが、実のところ普段の状態の王子であっても今回の事で彼等を咎めるとは考えにくい。あの王子は誰に責任があって誰が悪いのかよく解っているし、罰する相手を間違えたりはしない人物だ。だから今回何か言われる事はあっても、直接罰を受けるのは俺だけになるだろう。

「ところで皆さん、会見が終わったと言う事はもう本国に戻っても問題ないんですか?」
「ええまあ…後は帰るだけですね。エスト殿、手間をかけさせて申し訳ないが…」
「解ってます。では馬車まで戻ったらグリトニルまで戻りましょう」

彼等の移動をしている間ぐらいは王子と王女に話す時間をあげてもいいはずだ。俺達は馬車まで戻ると城を出て、転移を使いグリトニルに戻って来た。

「帰って来た…なぜだろうか、物凄く長い間留守にしていた気がする…」
「同感です…」
「今度は暴力沙汰のない交渉がいいですね…」

使節団の面々には少なからずトラウマを与える事になったようだ。だが今回のバックス行き、良いように考えれば常識を打ち破り、精神を鍛え直す事が出来た素晴らしい旅になったのではないだろうか?もし次回以降も彼等と同行する事になるなら、ちょっとやそっとの事では動じない成長した彼等の姿を見れるに違いない。足を引きずりながら城内に消えていく彼等の背を見ながら、俺はそんな事を考えていた。

------

バックスの王都に戻り露店で買い食いなどして時間を潰した後、改めて城内に戻ってみれば、そこにはテラスで仲睦まじく談笑している王子と王女の姿があった。出会ったばかりのスフィリの事はあまり解らないが、少なくともリムリック王子は普段見せないような笑顔で彼女と楽しげに話している。その姿を見ていると、まるで長年連れ添っている夫婦の様にも見えた。

「あ、エスト」
「エスト殿、貴方もこちらに来てお茶でもいかがですか?」
「…そうですね、では失礼して」

二人の邪魔になるかと思ったが、本人達が言うなら遠慮するのも失礼だろう。勧められるままに席に着くと、スフィリと同じように幼い容姿のメイドが俺の前に淹れたてのお茶を差し出してくれた。…やはりメイドもロリなのだな。

「エスト、君には感謝しなくてはならないな。君の強引さが無ければスフィーに出会う事も無かった」
「私も感謝しています。貴方のおかげでリックに会えたんですから」
「…どう…いたしまして」

スフィー?リック?なんだその呼び方は?愛称か?もう愛称で呼び合っているのか?あんた達さっき出会ったばかりじゃないか。ちょっと浮かれ過ぎじゃありませんか?だが俺の戸惑いなどお構いなしに、テンションの上がった二人はそのバカップルぶりをみせつけてくる。

「聞いてくれエスト。スフィーはこんな小さな体で鍛冶もこなすし料理の腕前も店で出せる程らしいぞ。正に理想の花嫁だとは思わないか?」
「やだもう…リックったら!」
「…………」

帰りたい。こんな奴等は放っておいて、家に帰ってリーリエの作った料理をみんなで一緒に食べるんだ。それはきっと楽しい事だし、ご飯もいつも以上に美味しく感じるはずだ。魔族とか神様とかややこしい事は一切忘れて、平和な毎日を過ごすんだ。そうだ、クレア達を誘って海にでも行こう。こっちの世界で海水浴とかしたことないし、きっと盛り上がるはずだ。そうそう、その時は麺類をどっかで調達して焼きそば作りに挑戦してみようかな。俺がたまに披露する前世の料理は好評だし、きっとみんな喜んでくれて………

「……ト!…おいエスト!」
「へっ!?」
「大丈夫か?さっきから白目をむいて硬直していたが…具合でも悪いのか?」
「…いえ、大丈夫です。ちょっと疲れが出たんでしょう」

目の前の辛い現実が受け入れられず、思わず別の世界へ意識を手放していたらしい。心配そうに顔を覗き込む二人に手を振って平気だと伝えると、二人は安心した様にホッと息を吐いた。

「君は色々と忙しく動き回っているからな。疲れるのも無理はない。スフィー、申し訳ないが今日のところはこれで失礼するよ。エストを休ませてやりたいし、城での仕事も残っている」
「残念ですが仕方ありませんね。私も仕事がありますし…。そうだ、エスト殿。いつでも良いので完成した鎧を引き取りに来てくださいね。もう父上へのお披露目も済みましたし、飾っておくだけでは勿体ないので」
「解りました。では明日にでも一度立ち寄らせていただきます」

俺の肩に手を置いたリムリック王子は転移の前にスフィリを見つめると、強い意志の籠められた声で宣言した。

「スフィー、君と一緒になるためには色々と困難が待っているだろうが、必ず乗り越えて見せる。待っててくれるかい?」
「はい。私はいつまでもお待ちしています。リック」

…さっきまでの浮かれた態度と違い、なんか格好いいな王子。そうか。もう二人の心は決まっているんだな。ならこの王子の事だ。どんな手を使ってでも目的を達成するだろう。もしもその時俺で力になれる事があるのなら喜んで手を貸そうじゃないか。

名残惜しそうに手を振るスフィリに一礼して、俺と王子はグリトニルに転移した。ここはさっき王子を連れ出した諜報機関の本部だ。

「エスト、今日は本当にありがとう。君には色々と振り回されてるけど、今日ほど感謝した事は無いよ」
「いえ。それより本当にスフィリ王女との結婚を?」
「ああ、必ず実現させるさ、何年かかってもね。その為にはまず目の前の脅威から排除しなければな。君の次の行き先も決めているし、先ぶれも既に出してある。疲れが取れたらまた出向いてくれ」
「わかりました」

遅れを取り戻す様に仕事に取り掛かった王子に別れを告げ、その場を後にする。次の目的地か…。予想ではアルゴス帝国かガルシア王国の可能性が高いな。シーティオやエレーミアは距離的に遠いし、後回しにしても問題ないはずだ。ガルシアだとアミルやレレーナに会えるかも知れないし、アルゴスなら皇女クロノワールと面会する事になるだろう。そう言えば彼女は今も皇女のままなのだろうか?権利は得ているのだし、今は皇帝になっているかも知れないな。どちらにせよ、今から楽しみだ。
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