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第265話 準備作業

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バリエの体内から出て来た魔石の大きさは、以前領地でダンジョンを造るのに用いたサイクロプスの魔石よりは少し小さいぐらいだった。それでも滅多にお目にかかれない程の大きさで、これだけあれば鎧の一つや二つは余裕で作れるだろう。魔石を抱えて崖の上まで転移すると、ちょうど三人組が崖下を覗き込んでいる所だった。

「戻りましたかエスト。バリエの討伐には成功したようですね」
「お陰様で」
「エスト殿!」

こちらに気がついて慌てて駆けてくる三人組の表情は喜びに満ち溢れていた。俺の無事を喜ぶと言うより、魔石が手に入った事が嬉しくてしょうがないようだ。その証拠に、彼等の目は俺の抱えている魔石に釘づけだった。

「これで作れそうですか?」
「もちろんです!これだけの純度の魔石なら、この世に二つとない鎧が完成するでしょう!」
「姫様、さっそく帰って製作に取り掛かりましょう!」
「そうです!これで陛下を納得させる事が出来ます!」

鍛冶の専門家である彼女達がそう言うのなら間違いはないんだろう。今すぐにでも王都に帰って作業に取り掛かりたい勢いの彼女達は、帰還は今か今かと俺を見上げている。俺としてもいつまでもこんなゴツゴツした岩山に居たくは無かったので、帰るのには賛成だ。

「では目的も達成したので、これで帰ります」
「ええ。また何かあったら来なさい」

ファフニルに別れを告げて三人組をがっしりと抱き寄せ、転移でバックスの王都まで戻る。初めて転移を体験した三人組は、ファフニルの背に乗っている時より驚いていたようだ。

「一瞬で王都まで…凄い!」
「姫様、愚図愚図してはいられませんぞ。すぐに王城に戻りましょう」
「ええ、そうね。ではエスト殿、申し訳ないのですけど、ついて来てもらえますか?」
「あ、はい」

せっかく手に入れた魔石だったが、彼等が運ぶのは無理がある。魔石は彼等の身長より大きいし、何より凄まじく重いのだ。俺だから持ち運べているのであって、普通なら転がすか馬で引きずるかしないと運べそうにない。ここまで付き合ったのだから石を運ぶぐらい手伝うべきだろう。

スフィリを先頭に城門をくぐり城の奥へ奥へと足を運んで行くと、城内の一角にいくつもの炉が並ぶ大きな部屋に辿り着いた。そこでは多くのドワーフが槌を振るいながら、様々な武器や防具、生活用品などを作っている。そのために部屋の中はまるでサウナに居る様な熱気に包まれていた。

スフィリ達三人は空いている炉に取りつき、すぐに作業の準備に取り掛かる。ドワーフ二人がふいごや鋏などの道具を集め、スフィリは作業しやすいような格好に着替え始めた。突然の事で面食らったのは俺だけのようで、本人も周りもそんな事は日常茶飯事なのか誰も気にしていないようだ。

「エスト殿、火炎魔法は使えますか?」

魔石を下ろした後、やる事も無くぼーっと彼等の作業を見ているだけの俺にスフィリが話しかけてきた。

「えっ?ああ、使えますよ」
「良かった。では炉に火を入れるために、範囲は極小で高温な火炎球をこの穴の中に放り込んでくれますか?」

彼女達がこれから使おうとしている炉は、俺の想像していた物よりかなり小さめだった。テレビなどにたまに映る製鉄所とは言わないが、てっきりあれの規模縮小版を使うだろうと予想していたのだ。すなわち、溶かした金属を鋳型に流し込んで冷ますものだとばかり思っていた。だがこれから実際に使われるのは刀鍛冶などに使われる小さな炉で、鎧も一つ一つの部品をいくつか組み合わせて作るつもりらしい事が解った。

言われた通り魔力を練り上げ極小の火炎球を作りだした俺は、スフィリが指定した炉の中にそれを放り込んだ。すると炎が一瞬で燃え上がり、炉の中の色が紅蓮に染まる。その間魔石をハンマーでバラバラに砕いていたスフィリ達が、木炭と共に魔石の欠片を炉の中に入れた。ワクワクしながら炉を見つめていたスフィリ達だったが、次第にその表情が曇っていく。何か問題でもあったのか?

「おかしいな…炉の温度が上がらない。普通ならこれで石が熱されるはずなのに…」
「魔石は…変化が無いですね。温度が足りないのでしょうか?」
「もっと木炭を投入してみますか?」

彼女達は問題を解決しようと試行錯誤していたが、無駄に木炭を消費するばかりで魔石には一向に変化が訪れなかった。…これは失敗なのだろうか。専門外の事なので手伝う事も出来ない俺には、ただ彼女達を見守る事しか出来ない。すると、ああでもないこうでもないと悩んでいたスフィリが俺を見て何か閃いたように表情を明るくしたのだが、俺にはその笑顔が悪魔の笑みにしか見えなかった。

「エスト殿!力を貸してください!」
「…今度はなんですか?」

心底嫌そうな態度の俺には一切構わず、スフィリは自分の要望だけを伝えてくる。だがその内容を聞いている内に、俺は今すぐこの場から逃げ出したい心境になった。

「…ですから、さっきの威力の火炎球を定期的に炉の中に放り込んで欲しいのです。そうすれば炉の温度は高温のまま維持されて、魔石も溶け出すはずです!」
「簡単に言いますけど、それってどのぐらいの間維持しなくちゃならないんですか?」
「10分間隔で丸三日。それだけあれば鎧を作る為に必要な材料が全て出来上がるでしょう」

冗談じゃない。このサウナみたいな部屋で、風呂にも入らず三日も徹夜しろってのか?考えただけでもゾッとする。確かに今の魔力量や回復力なら問題なく出来る範囲だが、その間の食事や排泄はどうすりゃいいんだ。それに何日も留守にしたら使節団の面々が何かあったのかと騒ぎになる場合も考えられる。魔石は採ってきたのだし、王女への義理は十分に果たしたはずだ。今回は断ろうと口を開きかけたが、そんな空気を察したのかスフィリは地面に膝をついて懇願してきた。

「お願いします!もうエスト殿を頼る以外に無いのです!魔石を溶かすほどの魔法の使い手を探すのには時間がかかりすぎます!その間に私は父上に無理矢理結婚させられてしまいます!どうか、どうか助けて下さい!」
『お願いします!スフィリ様を助けてあげてください!』

彼女達は必死の形相で俺に助けを求める。うむむむむ…何でこんな事になるんだろうな。俺は面倒な事はやりたくないのに。でも、ここでスフィリを見捨てては後味が良くないのも確かだ。本当に嫌なんだが、ここは助けておくか…。

「わかりましたよ…その代り、仲間達に一度話に行かせてください。何日も留守にすると心配させてしまう」
「あ、ありがとうございます!」
『ありがとうございます!』

まったく…。実質年上とは言え、見た目小さな女の子に涙ながらに頼まれては流石に断れないぞ。俺は頭を掻きながら、クレア達や使節団の面々に事情を話すために転移でその場を後にした。
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