ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第262話 素材

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「バックス王の娘?それがどうしてこんな所に居るのです?」
「そ、それは…」

ファフニルに敵意は無いのだろうが、見上げるほど巨大なドラゴンに詰問されたスフィリはタジタジだ。お付きのドワーフ達は彼女を守るつもりなのか、前に立って精一杯背を逸らしているが、悲しい事に傍から見ると子供が背伸びをしている様にしか見えない。このまま彼女達に任せて置いたら埒が明かないので、代わりに俺が説明する事にする。さっき聞いたばかりの彼女達の事情を説明すると、ファフニルは「ふむ」とだけ呟いて突然姿を消した。

『消えた!』

いや、正確には消えたのではなく、人間形体に変身したのだ。巨大なドラゴンから突然人間のサイズに変われば消えたと錯覚するのも無理はない。驚くドワーフ達をよそに、ファフニルは静かな足取りでこちらに近寄ってきた。

「だ、誰?」
「もしかして…」
「今のドラゴン?」
「お察しの通り、彼女はファフニルさんですよ」

ドワーフ達はさっきから驚きっぱなしで可哀想に思えてきた。普段ファフニルやレヴィアの変身で慣れている俺には当たり前の事だが、ドラゴンが人間に変身できると言う知識は一般的ではないのかも知れない。

「ドワーフ達の事情は理解しました。それで、エスト。あなたがここに居る理由は何ですか?」
「俺は鎧の補修のために鱗を拾いに来ただけですよ。そしたら王女様達がドラゴンゾンビに襲われていたので、成り行きで助けただけです」
「…そう言えば先の戦いで攻撃を受けていましたね。私はてっきり、あなたが原因で問題でも起こしたのかと思いましたよ」

…リムリック王子と言いファフニルと言い、俺を知っている偉い人はどうして人の事を問題児扱いするのだろうか。渋い顔をしている俺に構わず、ファフニルはスフィリ達に向き直り思いがけない事を口にする。

「あなた方の言っている伝説の鉱石とやらには心当たりがあります。本当なら協力したりしませんが、今後エストの力になると言うなら何処にあるか教えてあげましょう」
「本当ですか!?」
「おお、まさか実在するとは!」
「こんなあっさり…」

突然の申し出に大喜びするスフィリ達。ファフニルが協力してくれるなら心強いが、その理由が引っかかる。俺の力になるとはどう言う意味だろうか?

「その鉱石とはグラン・ソラスやアイギスの盾と元を同じくする物。理性を失い狂ったドラゴンの魔石の事です。アイギスの盾程の性能は望めませんが、それでも魔力を流すと並大抵の鎧より防御力があるでしょう。鎧が完成した暁にはそれをエストに与えると約束なさい」
『え!』

俺とスフィリ達の驚きは意味が違う。スフィリ達の場合はせっかく作る鎧を手放す事に対してだが、俺にはそれより神の力を宿す装備の素材が解った方に驚いた。まさか魔石を素材に使っているとは思わなかった。言われてみれば、なるほどと納得出来る事だ。魔石と言うだけあってあれも一応石なのだし、それを鍛冶の素材に使ったとしても何ら不思議は無いのだろう。

「完成したらエスト殿に差し上げるのですか…」
「何を悩むのです?武具とは飾っておくより使ってこそ価値のある物。魔族との戦いが始まれば一番危険な場所に飛び込むエストに使わせる事こそ、鍛冶師名利に尽きると言う物でしょう?」
「魔族…?戦い…?あの、話が見えないのですが…」

そう言えば、彼女達はまだ魔族が侵攻してくると言う情報を知らないんだった。戸惑う彼女達に事情を説明すると、今日何度目か解らない驚きに絶句していた。

「魔族が…そんな…このままではバックスは…」
「安心なさい。その為にエストが各国を奔走しているのですから」

取り乱すスフィリ達をファフニルがなだめる。そこで俺を出しに使わないで欲しいんだがな…。ファフニルの言葉にハッとした表情になったスフィリ達は、まじまじと俺を観察し始めた。俺に対してどんな噂を聞いていたのか知らないが、その目には若干の怯えが見える。

「異常に強いと思っていたら、あなたがあの・・勇者エスト殿だったのですね!?」
「逆らう者には容赦せず、勝手に家に上がり込んではタンスや壺をあさると言う…」
「狂犬のエスト!」
「ちょっと待て!」

誰が狂犬だ誰が。確かに勇者と呼ばれる人種は人の家に上がり込んでは住人の前で家探ししたり、鶏を剣で突き回して反撃されたりと残念な人々ではあるが、俺は未だかつてそんな事を一度だってした事が無い。風評被害もいいとこだ。

「あなたがあの勇者エストなら、鎧を差し上げるのに異存はありません。むしろ勇者が着用していたと話が広まれば、それを制作した者の名も上がると言う物です!」

今泣いたカラスがもう笑った。急にやる気が出てきたのか、スフィリは拳を握りしめてやる気に満ちている。彼女の頭の中では鎧が完成した後の事で幸せな未来を描いているのだろうが、肝心な事を忘れてやしないか?まだ鎧を作るどころか素材の入手さえしていないのだぞ。

「どうやら異存はないようですね。では今から案内します。私の背に乗りなさい」

バラ色の未来を思い描くスフィリの返事を待たず再びドラゴンの姿に戻ったファフニルは、俺達が乗りやすいように地面に腹ばいになる。必死でよじ登る彼女達を下から押し上げ最後に俺が飛び乗ると、ファフニルはその巨大な体をググッと起こし、大きく羽ばたき始めた。

「何処に向かうんですか!?」

風圧に負けないように踏ん張りながら、大きく声を張り上げる。

「今から向かうのは光竜連峰にあるバリエの渓谷。そこは理性と片翼を無くしたドラゴン、バリエが住処としている場所です。あの者を倒し、見事その魔石を手に入れて見なさい」

そう言うと、ファフニルはその巨大に似合わぬ圧倒的な速度で空を滑り始めた。
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