ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉

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第259話 計算違い

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翌朝、王城前には既に使節を務める文官と彼の随伴の人間が数名、豪華な馬車の前に待機していた。転移で移動するから馬車は必要ないのではとも思ったが、そう言う訳にもいかないらしい。俺がいい加減なだけで普通国の出入りはもっと手間がかかるし、まして一国の使節が他国に無断で侵入する訳にはいかないのだとか。それを聞いて昨日までの行動を振り返ってみると、自分の行動はかなりフリーダムだったなと反省する。そうか…さっさと事が運べばいいと思っていたのだが、そんな点も注意しなければならなかったのか。

「まあ、馬車での移動はそんなにしなくていいよ。昨日の内に使節が訪問すると先ぶれを出しているし、国境までの転移と、国境からバックスの王都まで転移してもらえばそれでいい。時間はなるべく節約したいし、形だけ整えれば先方も文句は言うまい」

そう言うと、リムリック王子は自分の傍らに立つ文官を紹介してくれた。

「彼が今回使節を務めてくれるクロウだ。文官なんで戦いに関する事はからっきしだが、その交渉力は確かだよ。今回もきっと上手く話しをまとめてくれるだろう」
「クロウです。よろしくお願いしますエスト殿」
「こちらこそ」

時間も惜しいのでさっさと出発する事にして、全員馬車に乗り込み始めた。今回使う馬車は一台だけだが随分大きく、人が乗り込む部分の後方が荷室になっている。そこにはバックス王リギンに対する土産が大量に積まれていて、馬車の車輪が少し沈み込むほどだ。どんな土産か中身が気になって見ている俺に、向かい側に座るクロウが教えてくれた。

「これは我が国から集められた銘酒の数々ですよ。ドワーフに対する土産など、酒以外にあり得ないでしょう?」

なるほどね。確かにドワーフのイメージは酒樽の側で大騒ぎしているのが定番だし、土産には打って付けかも知れないな。全員乗り込んだことが確認できたので、クロウが小窓を開けて外に居る王子に挨拶をする。

「では行ってまいります王子」
「うむ。頼んだぞ。それとエスト、絶対に暴れたりしないようにな!」
「…わかってますよ」

子供か俺は!少しは信用して欲しい物だ。腕輪に魔力を流し瞬時に転移すると、以前訪れた事のあるグリトニル聖王国とバックスの国境線に移動していた。相変わらず国境に添って壁が存在しているが、警備の兵は前ほど数も多くなく、対応も穏やかになっていた。国の方針が変わったので彼等の物腰も自然と穏やかなものになったのだろう。

「これはクロウ様、そして勇者エスト殿。リムリック王子から知らせは届いています。どうぞお通り下さい」
「ありがとう。ご苦労様」

丁寧な対応で出迎えてくれた彼等の前を何事も無く通り過ぎようとしたその時、兵士の一人が放った言葉に俺達使節団は混乱する事になった。

「それにしても随分お早いお着きですが、このままでは先ぶれまで追い越してしまうかもしれませんな。あっはっは」
『!』

笑顔を浮かべる兵士の顔を、俺達使節団は愕然として見ている。あれ…?そう言えば出発前に王子は何と言ってたっけ?昨日の内に先ぶれを出したとか言ってたな。確か以前バックス側からこの国境線まで移動した時は一週間はかかったはず。行きも帰りも同じぐらい時間がかかるのだとしたら、俺達は先ぶれが到着する一週間も前に王都に到着する事になってしまう計算だ。これはまずい…なんで誰も気がつかなかったんだ?国の看板背負ってる使節がいきなり訪問する訳にも行かないだろうし、どこかで暇つぶしするしかないのか?

「エ、エスト殿…どうしましょうか?」
「どうするって…今更王都に戻っても王子に何か言われそうだし…馬車だけ俺の領地に置いて、先ぶれが来るまでバックスで待ってます?」
「そう…ですね。それがいいでしょう」

急遽予定を変更した俺達は領地に転移して、領主館の脇に馬車を停めておく事にした。見慣れない馬車の登場に館を出てきたクレア達に管理を頼むと、休む暇も無くバックスの王都に移動する。今回泊まるのは、もちろん以前も泊まった事のあるバックス唯一人間が経営している宿だ。おっさんと同室などご免だったので、当然部屋は別々だ。取りあえず一週間借りて、先ぶれが来なければその都度延長する方針だった。もともとそんなに大きくない宿の部屋は、俺達使節団の貸し切り状態になってしまった。

親睦会と謁見時の打ち合わせも兼ねて一階で食事を摂る事にし、全員で同じテーブルにつく。流石はドワーフの国と言うか、出された料理は全て質より量と言った感じだ。酒も上質なものではなく、安酒を浴びるように飲むのがこの国の流儀らしい。宿の一階は酒場も兼ねているので客は俺達だけではなく、仕事終わりかサボってる最中なのか解らないドワーフ達が杯を酌み交わしながら大騒ぎしていた。当然そんな騒ぎに混じれない俺達は隅の方に追いやられ、肩身の狭い思いをする事になる。

「…うるさいですね、周りが」
「そうですね」
「ここに一週間以上も居たら、頭が痛くなりそうです…」

使節団のテンションは地を這うように低い。そう言えば前世の飲み会ではいつもこんな感じだったっけ…。

「あ、そう言えば」
「はい?」

気になっていた事を聞くのを忘れていた。国境からバックスの王都までは大体一週間ぐらいかかるが、グリトニルの王都から国境までの道のりを計算に入れてなかったのだ。確か同じぐらいの時間がかかったと思うんだが、ひょっとして更に時間がかかるって事はないんだろうか?俺が疑問を口にすると、クロウは何だそんな事かと説明してくれる。

「グリトニル国内の伝令は速いですよ。昼間なら基本各種色のついた狼煙を次々に上げて国内に情報を届けますし、雨天の時は魔法の腕の立つ者に使い魔で知らせてもらいます。夜は夜で魔法の光を利用して連絡を取りますね。だから昨日の内に王子が手配すると言ったのなら、夜の内には先ぶれが国境から出発しているはずです」

なるほどね。夜間の発光信号は解るが、狼煙で連絡って武田信玄みたいだな。転移が無くても工夫次第で伝達速度を上げられるのは素直に感心出来る。

「バックスでもそれぐらい早ければいいんですけどね…ここに後一週間か…。耐えられるかな」
「まあ休暇でも貰ったと思って観光しましょうよ。そう思わないとやってられない」
「そうですね…」

恨めしそうに周りで騒ぐドワーフ達を見る使節団の面々。普段グリトニルでお上品な生活に慣れてている彼等にとって、随分とカルチャーショックを感じているだろう。だがこれも仕事だ。宮仕えの辛さと割り切ってもらいたい。

その後解散して各自の部屋に引っ込んだ後、俺は一人で領主館に戻っていた。しばらく留守にすると告げていた俺が急に帰って来たものだから、リーリエが不思議そうな顔で出迎えてくれる。

「旦那様、お早いお帰り…で?」
「夜だけは帰ってくる事にしたよ。おっさん達の近くに居るより、自分の家で寝泊まりする方が良いし」

クロウには悪いが、俺はこっちで羽を伸ばす事にした。街を見て回り生の情報を仕入れるのも彼等の仕事だ。そのへんはプロに任せておこう。そう割り切った俺はさっさと自室のベッドに潜り込み、寝息を立て始めたのだった。
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