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第257話 虎兄妹
しおりを挟むリオグランドの正門前は闘技会の受付でごった返していた頃とは違い、視界に入るのは門番ぐらいで人通りも少なく閑散としていた。一人歩哨に立つ門番にフォルザへの取り次ぎを頼み、しばしその場で待機する。城を出入りする兵士の中には俺に気づいて挨拶してくる者も居て、待っている間も暇では無かった。
戻って来た門番から聞いた話では、フォルザは現在妹のティグレと共に城内で執務中なのだとか。案内してくれる門番の後に続いて執務室に辿り着くと、中ではフォルザとティグレの二人が書類の山と格闘していた。
「おお、エストか。久しぶりだな」
「エスト君、元気にしてた?」
「ご無沙汰してます」
仕事の手を止めて顔を上げる二人に挨拶を返す。ティグレはともかく、見た目タイガー○スクのフォルザが役所の職員の様に腕カバーを着けているのはシュールな光景で、思わず吹き出しそうになってしまった。お付きのメイドにお茶の支度を命じてテーブルに場所を移し、再開の挨拶もそこそこに本題を切り出す。
「わざわざ訪ねて来たのだ。何か用件があるのだろう?」
「はい。それなんですが、実は…」
グリトニル聖王国でリムリック王子に話した事情を改めて二人にも説明すると、やはり二人とも非常に驚いて声も無い様子だった。グリトニル聖王国もリオグランドも、魔族による陰謀で受けた被害は尋常では無く、尚且つ闘技会決勝での襲撃騒ぎが記憶に新しい彼等からすれば、その脅威の受け止め方はリムリック王子以上と思えた。
「それと、これをご覧ください」
未だに固まっている二人に対して、出発前に王子から渡された書状を差し出す。文面を呼んだフォルザは難しい顔をして手に持った書状をティグレにも渡すと、彼女もその愛嬌のある顔を曇らせた。
「会議に参加するのに異存は無いのだが、要塞線の構築か…」
「リオグランドじゃ厳しかもね」
「…何か問題でも?」
俺の問いかけに二人は顔を見合わせる。彼等が問題にするぐらいだから、やはり資金面か…と思ったがそうでもなかった。
「お前も知っているだろうが、リオグランドは国民のほとんどが獣人で構成されている。俺を含めて獣人と言う奴はどんな種族でも生まれつき魔力が低くてな…」
「つまり、土魔法どころか、魔法自体使えるような人材が全くと言っていいほど居ないのよ」
…これは盲点だった。言われてみれば、クレアやシャリーもレベルの割りには魔力量が少ない。俺やディアベルに比べれば何分の一あるかないかだろう。
「資金面では協力できるが、人材面では役に立たないだろうな。いかに獣人の身体能力が優れているとは言え、人力で要塞線を造るなどハッキリ言って無理だ」
うむむ、残念だがリオグランドは資金のみの協力だけで手を打っておくか…と、そこまで考えて、一つの抜け穴がある事に思い至った。そうだよ、自前が無理なら得意としている所から手を貸してもらえばいいんだよ。
「ではファータの人材を雇い入れましょう。あの国なら土魔法の使い手は山ほど居ます」
「でもファータは復興中でしょう?引き抜いたりして大丈夫かしら?」
「どの道リオグランドが落ちたらファータもタダでは済まないのですから、ここは無理にでも協力してもらいましょう。現在ファータを率いるレベリオ殿とは顔馴染ですので、私から話を通しておきます」
確かにファータは復興途中で人手を必要としているが、それよりも要塞線を構築する方が先だ。現在ファータの海路は制限されているし、あの国に要塞線は必要ない。ならば建築など人力で出来るところは職人を雇って貰い、その分土魔法の使い手をこちらに回してもらおう。
「ふむ、ならばしばらく待ってくれ。リムリック王子ではないが、俺もお前に書状を託そう」
「兄貴?」
「以前奴隷を大量に売却して得た資金がこんなところで役に立つとは思わなかったな」
ファータ王城を落とした時に出た大量の捕虜の事か。そう言えばあの時レベリオ達は随分とフォルザに感謝していたから、今回の事も断られる事は無いだろう。再び机に向かって作業を始めたフォルザをよそに、ティグレは俺の横に腰を掛けるとニヤニヤしながら話しかけてきた。
「そう言えばエスト君、聞いてるよ」
「…何をですか?」
体を寄せてくるティグレからじりじりと距離を取る。止してくれたまえ。美人にあまり近くに寄られるとムラムラしてしまうじゃないか。紳士な俺だからこの場で押し倒さない理性があるのであって、普通の男なら裸にひん剝かれているぞ。
「シーティオの王城が陥落した話。一人でやっちゃったんだって?闘技会の時も強かったけど、もう兄貴じゃ手も足も出ないんじゃないの?」
ニヤけるティグレの一言に、フォルザは手を止めてムッとした表情を浮かべる。止めてくれ。絶対変なスイッチが入って話がややこしくなるじゃないか。
「…確かに今の段階では大きく差が開いているが、必ず追いついてみせるとも。エスト、再戦の約束はまだ有効なのだろう?」
「はい、それはまあ…ただ、この騒動が終わってからと言う事で」
「それは当然だ。俺とて時と場所ぐらいは選ぶ」
今すぐ戦えとか言い出されたらどうしようかと思っていたので、ホッと胸を撫でおろす。横のティグレを見れば、してやったりとばかりに笑いをこらえていた。この人は…解ってて言い出したんだな。
「よし出来た。エスト、悪いがこれをレベリオ殿に渡してくれ。要塞線構築のための人材を借り受けたい旨と、こちらから職人を無償で提供したいと書いてある。まあ、悪い返事は来ないと思うがな」
同感だな。ファータは今のところリオグランドしか商売の窓口が無いので、断って関係を悪化させるより積極的に協力して互いに依存度を高めた方が良い。経済で強く結びついていれば将来多少仲が悪くなっても直接戦いになる事は無いだろうし。
「確かにお預かりしました。では私は一度リムリック王子の下に戻り報告してきます。ファータはその後すぐにでも」
「頼んだぞ」
「よろしくね」
フォルザから預かった書状を大事に懐にしまい込む。これで二つ無事に協力を取りつける事に成功した。このまま順調にいけば良いのだが。俺はフォルザ達に別れを告げて、すぐさまリムリック王子の下に転移する。もはや勇者と言うより郵便配達員の様になっている気もするが、今は考えないようにしよう。
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