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第256話 対策会議
しおりを挟む王子に案内された部屋は、以前も立ち寄った事のある諜報機関の本部だ。どうやら副局長のブレイは席を外しているようで見当たらない。今この部屋に居るのは俺とリムリック王子の二人だけだった。王子の対面に腰かけると、さっそく話をするように促される。
「では結論から話しますね。今から早くて一年、遅くても数年以内に魔族が侵攻を開始します」
「!………それはまた…事実なのか?」
「はい。これは光竜連峰の長、ファフニル殿も明言している事です」
「むぅ………」
衝撃的な事実を聞かされて、王子は驚愕に顔を歪めると真剣な表情で黙り込んでしまった。王子からはもう、さっきまでのおちゃらけた雰囲気など微塵も感じない。切り替えの早い彼の事だ、今頭の中では事が起こった時にどう対処するべきかを必死で考えている事だろう。
「原因はこの際置いておくとして、問題は奴等をどう迎え撃つかだ」
「はい。これから各国を回って協力をお願いするつもりでいますが、特に注意が必要なのが光竜連峰に面するバックス、グリトニル聖王国、リオグランドの三カ国です。開戦前に土魔法の使い手をかき集めて、要塞線を構築してはどうでしょうか?」
俺が考えたのはフランスが築いたマジノ線と万里の長城を組み合わせた物を造ろうと言うアイデアだ。マジノ線の様に塹壕型にするのではなく万里の長城のように城壁を築き、城壁の上半分を半円にしてしまう。そして攻撃するための穴を城壁の壁に開ければ完成だ。簡単に言えば見た目万里の長城で中身はマジノ線だな。強固な城壁の中を動き回れるために兵の損耗率も下げられるし、城壁の上に取りついて攻撃される心配も無くなる。欠点としては膨大な兵力を必要とする事だが、何もすべてに兵を配置する必要はない。迎撃できる箇所を限定して兵の配置を行い、後は本当に強固な壁だけにしてしまう手もある。それにこの世界には魔法と言う便利な物もあるし、やり方次第でどうにでもなるだろう。もちろん本物のマジノ線のように迂回されて背後を奇襲されたら意味が無いので、要塞線を築くのは正面だけで終わらせる気はない。海に面しているバックスとリオグランドの海岸線も固めておかなければならない。
「発想は面白いが…問題は時間と金だな」
「…ですね」
危機が迫っていると説いたところで実際に働く人々にも生活と言う物がある。給料も無し、もしくは低賃金でこき使えばやる気も無くなるだろうし、最悪逃亡される恐れもあった。そうなっては元も子もないので、賃金を弾む必要が出て来る。だがそうなれば財政が圧迫されて中途半端な防壁が出来るのみだろう。人力では完成まで何十年もかかるだろうし、やはり土魔法の熟練者を雇う以外に無い。財政を預かる者としては頭が痛い難題だった。
「ところで、その間君はどうするのだ?」
「俺は…開戦して魔族達が押し寄せて来たら、魔族領に侵入して魔族達を強化している元凶を取り除いてきます」
「…元凶?」
「はい…実は…」
自分の失態だが黙っている訳にもいかず、黒の指輪が奪われた経緯を全て話す。非難されるのを覚悟していたのだがそんな事は無く、王子はむしろホッとしたような表情を浮かべていた。
「なるほど、そう言う事情だったか。ならば仕方が無いだろう」
「…お怒りではないのですか?」
「怒ってないよ。むしろ君達もちゃんと失敗する人間なのだと確認出来て安心した…かな?最近の君達の活躍は常軌を逸してるからね。伝え聞いた話だけなら、まるで神か悪魔の化身のようだ。それに君達が出し抜かれるぐらいなのだ、他の誰でも結果は同じか、もっとひどい状況になっただろう。それに四天王の一人を倒した事だし、戦果としては十分だ」
やはり今までやった来た事が噂になって、尾ひれがついて広まっているんだな。一体何を言われているのか聞いてみたい気もするが、聞いたら落ち込みそうだからやめておこう。自分の噂話なんて精神衛生上聞かない方が良い。
「だがまぁ、既に終わった事よりこれからどうするかが重要だ。金や人材の事は私達国の上層部が考えるので君は気にしなくていい。各国を回った後にその要塞線とやらの話を詳しく聞かせて欲しい。…そうだ、せっかくだから一度全員と顔を合わせておきたいな。直接意見のすり合わせが出来るなら、そっちの方が確実だ」
そう言うと王子は机から羊皮紙を取り出し、急いで何かをしたため始めた。そしてインクが渇くのを待ち蝋で封をすると、その羊皮紙を俺に差し出してくる。
「…あの?」
「君には悪いが、手紙の配達役をお願いしたい。君の口から今回の経緯と今後の対策を説明して、その後でこれを国の責任者に見せてくれ。国防の責任者を集めて会議を開きたいと言う内容の書状だ。取りあえずリオグランドのフォルザ殿宛てだから、次はリオグランドに行ってくれ」
なるほど。俺一人が説得するより、リムリック王子の書状の方が説得力があるだう。細かいすり合わせなどは専門の人間にしか解らないだろうし、それらを緊密にやり取り出来るなら配達役ぐらい喜んでやってやろう。
「わかりました。お預かりします。では今からリオグランドに向かいます」
「頼む。その間に私は他の書状を用意しておこう」
「…ちなみに、なぜ国王ではなくフォルザ王子なのですか?」
「もうリオグランドの国王は引退間近なのだろう?ならば次期国王に最も近いフォルザ殿に話をつけた方が早いじゃないか。それに、各国の情報は逐一集めさせているよ。シーティオのフォルティス公爵が国内を平定した話や、ミレーニアの国王が君から何をされたか…とかね」
王子直属の諜報機関は優秀なようだ。いたずらっぽく笑う王子に乾いた笑いしか返せない。全部バレてるじゃないか。
「ははは…では…失礼します」
急に居心地が悪くなったので逃げる様にその場を後にする。やはりあの王子は切れ者だ。敵に回したくないものだ。俺はその場で転移を使い、次の瞬間リオグランドの王城前に移動していた。
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